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第6話
『ユーリ様と虚空さまが戦ったら、どちらが勝つのだろうか?』
こんな命題を得てざわつく神官らだが、話の中心にいるはずの虚空は無関心だ。
ただ目の前に並んだ料理を食い、酒を干すだけ。
そんな彼に、大神官が酔った赤い顔を向けた。
「虚空さま、いかがです? ユーリ様と、模擬戦をしてみては!?」
「……私は、そのユーリとやらに、会ったこともないのだが」
「実に素晴らしい青年でして! 私の息子・亜貴との婚約を許しました!」
「それは、もう聞いた」
その時人垣が割れて、誰かがこちらへ向かって近づいて来た。
一人は、亜貴。
そして、彼が腕を組んでいる青年がいる。
「虚空さま! 僕の婚約者・ユーリだよぉ! 虚空さまより、強いんだから!」
亜貴の能天気な紹介と共に、噂のユーリが現れたのだ。
亜貴とユーリが席に着くタイミングで、虚空は立ち上がった。
「ちょっと、どこ行くの? せっかく僕が、ユーリを連れて来たのに!」
「彼も異世界から召喚された魔導士で、お前の婚約者。それで合ってるな?」
「正解! 僕が召喚した、凄腕の魔導士でーす! 戦績はね……」
「それだけ知っていれば、充分だろう」
虚空は脱いでいたマントを手にすると、短い呪文を唱えた。
「ラァーン」
瞬時に彼の頭上に小さな魔法陣が開き、虚空はその中に吸い込まれるように消えた。
「何だ、あいつ。失礼な奴だな!」
「ねぇ、ユーリと虚空さま、どっちが強いかなぁ?」
「俺に決まってるだろ!」
「わぁ、カッコいい!」
まだまだ青臭いユーリは、亜貴の挑発に簡単に乗ってしまった。
彼の勇ましい返答に、いずれは義父になる大神官は、上機嫌だ。
そして、高らかに宣言した。
「近日中に、ユーリ様と虚空さまの模擬戦を行う!」
一同は、沸き上がった。
「どっちが勝つと思う? 私は、虚空さま!」
「僕は、ユーリ様と思うよ!」
盛り上がる周囲の反応に、亜貴はニヤリと微笑んだ。
(オッズを立てて、ギャンブルしちゃおうっと)
どちらが勝っても、同元の自分だけは損をしないようにしなくっちゃ。
そんな抜け目のない儲け事を、考えていた。
消えた虚空の行き先は、茉希の眠る病室だった。
彼が発する独特のオーラを、虚空はすでに覚えている。
鍵と錠前の属性を持つ者同士は、ひき合う運命にあった。
「良く寝ている……のか?」
茉希は眉根を寄せて、苦し気な表情なのだ。
「悪夢を見ているようだな」
点滴を受けるために、掛布から出ている茉希の細い腕。
その手を、虚空は軽く握った。
そして、彼の見る夢の中に、忍び込んだ。
茉希の夢には、二人の男がいた。
一人は、彼より年上の男性だ。
白地に金の刺繍が施された、高位の神官が着る法衣を身に着けている。
(おそらく、魔人に殺されたという彼の兄だな)
虚空は、そう判断した。
そして、もう一人。
こちらは、スーツを着た男だ。
街ですれ違っても、すぐに忘れてしまうような、ごく普通の成人男性。
だが異様なことに、その手には鋭い剣が握られていた。
茉希の夢の中に居座る、剣を握ったスーツの男性。
(こいつが、茉希の兄を殺した魔人か?)
魔術を使う魔人のはずが、剣を手にしている。
(獲物をズタズタになぶり殺すタイプ、か……)
おそらくこいつが、茉希の目の前で兄を八つ裂きにしたのだろう。
虚空は、薄く微笑む魔人に近づいた。
「とりあえず、この剣を取り上げておくか」
彼の指が剣の柄を撫でると、そこからどんどん消えて行く。
剣の実体が全て無くなったことを見届け、虚空は茉希の夢から出た。
「効果はあったか?」
病室に戻り、茉希の表情を確認した虚空は、口の端を上げた。
苦し気な顔は、少しだけ和らいでいる。
「良かった」
だが、想定外の出来事が起きた。
茉希が、薄く瞼を開いたのだ。
「うぅ……」
「いや、待て。このタイミングで、起きるのか?」
茉希は、虚空の手のぬくもりを感じ取って、目を覚ました。
その温かな、彼を想うまごころに触れて、目覚めた。
人知れず、茉希に祝福を施して消えようと思っていた、虚空。
だがその計画は、彼の目覚めであっさりと崩れてしまった。
「虚空……さま?」
「め、目が覚めたか?」
(こんなはずでは無かったのに!)
「ずっと、手を握っていてくれたんですか?」
「そ、それはそうだが」
(そんなつもりは無かったのに!)
戸惑い、焦って席を立とうとした虚空だったが、茉希の言葉に座り直した。
「あったかい……」
虚空の手を、指先の力だけで握る茉希の笑顔。
そんな彼を、放って立ち去ることは、できなかった。
しばしの沈黙が流れ、虚空はあることに気付いた。
「もうすぐ、点滴が切れるな」
「あ、ホントですね」
ナースコールを探す茉希の視界に、ふと果実が入って来た。
「あれっ? ラシルの実……」
「この果物は、好きか?」
それは、虚空が宴席のテーブルからいただいてきたものだった。
茉希のためにと持ってきた、見舞いの品だった。
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