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第7話

 虚空が茉希のためにとこっそり持ってきたフルーツは、ひとつではなかった。 「これは果汁が多い。喉を潤せる」 「ありがとうございます!」 「こっちは、ひどく甘かった。疲れが取れる」 「ありがとうございます」 「こいつは種が多いので、気をつけるように」 「ありがとうございます?」 「あぁ、それは皮を剥こう。貸してみろ」 「ありがとうございます……」  ようやく虚空は、茉希の視線に気づいた。 「ずいぶん、たくさん……」 「く、果物ならば、食べやすいかと思ってだな!」  慌てて身をひるがえした虚空のマントから、さらに多くのフルーツが転がり出した。 「あ、待て! こら!」  ばらばらと床を転がる果物を、焦って追いかける虚空。  その姿に、茉希は初めて声を漏らして笑った。 「ふふっ、ぁははっ。虚空さまったら!」 「お前の笑う声を、初めて聞いたな」  虚空の言葉に、茉希は急いで口を閉ざした。 「僕ったら……僕は、笑ったりしては、いけない人間なのに」 「あまり自分を責めるな」  手にした果物を茉希に渡しながら、虚空は静かに言った。 「お前のことを、知りたい」 「僕のこと、ですか?」 「ああ。色々と、聞きたい」 「僕の背負った業について……ですか?」  それには、緩やかに首を横に振る、虚空だ。 「とりあえず今は、食べたいフルーツを知りたい」  彼の優しい返事に、茉希は頬を染めた。  掛布をきゅっと握りしめ、小さい声で答えた。 「この、赤紫の果物を」 「こいつか?」 「はい。良かったら、虚空さまもご一緒に」 「では、ご馳走になろう」 (茉希が、この果物を一緒に食べようと誘ったのは、好意からだと思っていたが……)  虚空は、赤紫色の皮を持つ小さな果実に、振り回されていた。 「虚空さま、今度の味はいかがでしたか?」 「ハズレだ。かなり酸っぱい」 「じゃあ次は、僕の番です」  茉希は、果実の房から一粒、選んで摘んだ。 「……どうだ?」 「大当たりです! すっごく甘いです!」 「くっ……! 今度こそ、当たりを引いて見せる!」 「がんばって、虚空さま!」  そんな遊びを交えながら果物を口にし、終わる頃には茉希の顔つきはずいぶん和らいでいた。  虚空も茉希の様子に安心し、今度こそ去ろうと立ち上がった。  だが、彼のマントを、茉希の手がしっかりと掴んでいた。 「待って、虚空さま」 「どうした」 「虚空さまは、この世界に召喚されても、取り乱した様子ではありませんでしたね?」 「よくあること、なのでな」  茉希は、驚いた。  よくあること、とは?  虚空は、たびたび異世界に召喚されている、ということか?  混乱し、瞳が揺れた茉希の手を、虚空は両手で包んだ。 「この世界は、他の世界とも繋がっている。そして、どの世界にも魔人はいる」 「どの世界にも?」 「そうだ。私は強い魔力を身につけて、あらゆる世界の魔人を滅ぼすことにしたんだ」 「一体、なぜ……」  その問いに答える時、虚空は茉希の手を離した。  顔を背け、ぽつりとつぶやいた。 「弟を、魔人に食い殺された」 「……!」  そむけた顔は、きっと辛い表情だったに違いない。  茉希は、彼をそこまで追い詰めた自分を恥じた。 「ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃ……」 「気にするな」  するりと、茉希の手からマントの裾がいなくなってしまった。 「ごめんなさい。ごめん、な、さ……」  後悔の言葉が、涙とともに零れ落ちる。  だが、その涙は虚空からの言葉で、止まった。 「また、来る」  は、と顔を上げた先には、もう彼の姿は無い。  それでも、ささやかな明るい未来は、春の日差しのように茉希の心を照らしていた。  また来る、とは言ったが。  虚空は、リハビリ病床の茉希に、また来る、とは言ったが。 「まさか、毎日来てくださるなんて。僕、嬉しいです」 「邪魔でなければいいが」 「邪魔だなんて、そんな! ……いつでも、どうぞ」  日に一回程度ではなく、一日の内に何度でも、虚空は茉希を訪ねた。  適当な都合をつけては、彼を見守っていた。 「なにせ茉希は、実の家族から邪険に扱われているからな」  放っておけば、また栄養失調になりかねない。  見舞いには、美味しい果物やスウィーツを持って行くようになった、虚空。  それらを買うための金は、国から支給されている。  地方領主ではなく、国王からの賜りものだ。 『虚空は、我が国の救世主となる可能性を持つ魔導士だ』  国王が、そう認めたのだ。  茉希はそれを、名誉なことだと喜んだ。  まるで自分のことのように喜ぶ彼を、虚空は微笑ましく見ていた。

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