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第8話
「虚空さま、凄いです! 王様に、期待されてらっしゃるんですね!」
「王だのなんだの、面倒なだけだ」
おかげで一日6時間は、若い魔導士たちの指導をしなければならなくなった。
そう、虚空はぼやいた。
茉希と会う時間が、極端に削られたのだ。
全く、ありがた迷惑なことだった。
「それはそうと。僕、もうすぐ退院できそうなんです」
「本当か? 良かった」
「全部……虚空さまのおかげです」
茉希には、解っていた。
虚空は裏で、医師や看護師にリベートを渡したのだ。
きちんと茉希の健康を管理するよう、念を押したのだ。
入院費も上乗せし、良い部屋に良い食事、良い療法を茉希に与えたのだ。
(お父様も亜貴も、最後までお見舞いに来てくれなかったな……)
でも、と茉希は首を横に振った。
(虚空さまが、毎日来てくださったから)
いつしか彼は、家族以上の存在として、茉希の心に育ち始めていた。
「まさか虚空さまが、国王陛下の魔導士になるなんて……ッ!」
逃がした魚は大きかった、と亜貴は悔しがっていた。
婚約者のユーリは、確かに優秀な魔導士だ。
しかし、領主から給金をもらうだけの、いわば地方魔導士。
地位も名誉も、もちろん収入も、虚空には遠く及ばない。
「でも今度の模擬戦で、ユーリが虚空さまに勝てば、逆転できるかも?」
模擬戦は、王族も観覧に来る予定だ。
その晴れやかな場で、婚約者が期待の魔導士を打ち負かす。
亜貴は、そういった妄想にウットリと浸った。
「そしたら、ユーリを召喚した僕の地位も、グンと跳ね上がるよね!」
では、どうしたら、そのユーリが虚空に勝てるのか。
「確実に、は難しいとしても、せめて勝率が上がるよう手を打たなきゃ」
亜貴は忙しく頭を働かせ、悪知恵をしぼり始めていた。
「えっ? 茉希は今日、退院だったのか?」
「虚空さま、ご存じなかったんですか?」
これは失敗した、と虚空は頭を掻いた。
「知っていたら、祝いの花でも持ってきたのに」
「ありがとうございます。その、お気持ちだけで充分です」
その代わり看護師一同から、退院祝いのブーケが茉希に手渡された。
医師も、忙しい合間を縫って、来てくれた。
「退院おめでとう!」
「リハビリ、よく頑張ったね!」
「なるべく、医者の世話にならないようにしなさい!」
最初は、虚空からのリベートが利いて、熱心に茉希を看ていた人間たちだ。
しかし、彼の人間性に惹かれるには、さほど時間はかからなかった。
心優しく、ひたむきで。
気配り上手で、ウィットに富んでいる。
そんな茉希のことを、みんな大好きになったのだ。
『由比さまにお聞きした印象と、違うよねぇ?』
『陰キャで礼儀知らずだ、って、亜貴さんは言ってたけど』
『わざと悪く言ってるんじゃない? 昔、あの事件があったから……』
退院間際には、こんな噂が囁かれるようになっていた。
「皆さん、ありがとうございました!」
「世話になったな」
「……なぜ、虚空さまが、ついてくるのですか?」
「あっ、それもそうだな……」
妙な間合いの二人を、看護師が冷やかした。
「いいじゃない、このまま付き合っちゃえば!?」
「虚空さま、ずいぶん熱心だったものねぇ」
「とりあえず、二人で退院の報告をするといいでしょう」
医師は、虚空が傍に居れば、家族も茉希を邪険にしないと考えたのだ。
病院を離れ、歩道を歩きながら、茉希は改めて虚空に頼んだ。
「虚空さま、良かったら僕の家へお越しになりませんか?」
「えっ」
「退院したことを、お父様に報告した後、おもてなししたいんです」
「お、おもてなし?」
茉希は、いつもお見舞いに来てくれた虚空に、お礼をしたいと言うのだ。
虚空は、じっと茉希を見た。
健康を取り戻し、その美しい姿は亜貴そっくりだ。
(いや。亜貴より茉希の方が、ずっと……)
おもてなし、おもてなし、おもてなし……。
虚空の頭の中は、セクシャルな妄想でいっぱいだ。
そのまま二人は、タクシーに乗って出発した。
魔術で移動できることも忘れて、虚空は車に揺られていた。
「あいにく、由比は勤務で不在ですの」
虚空は、茉希の母親である、由比・ジュドウ・玲美(ゆい・ジュドウ・れみ)のもてなしを受けていた。
「わざわざ茉希を送り届けてくださるなんて。本当に申し訳ございません!」
屋敷のシェフたちに、大急ぎで作らせた料理が、ずらりと並んでいる。
「虚空さまは、お酒にお強いと聞いておりますわ。ささ、どうぞどうぞ!」
「……どうも」
玲美の酌を受けながら、虚空はちらりと茉希の方を見た。
テーブルの隅に追いやられ、小さく体を縮めている。
(この様子だと、母親も茉希にきつく当たっているようだな)
おそらく高価であろう酒を、虚空は一息で干した。
(おもてなしは……母ではなく、茉希にしてもらうはずなのだが)
当てが外れた虚空だったが、すぐに諦めるような男ではなかった。
茉希からのおもてなしを受けようと、いたずら坊主のような目をしていた。
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