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第10話

 虚空は、茉希にだけ自分の秘密を打ち明ける、と言った。 「私がなぜ、こんなに強い魔力を持っているか。そして、なぜ異様に魔人を憎んでいるか」  茉希は息を詰めたが、秘密の割には虚空の口調や表情は、淡々としていた。  そして、語る言葉は簡潔だった。 「前に、弟を魔人に殺された、と話したが」 「はい」  魔人に弟を食い殺された、と虚空は言ったのだ。  その凄惨さに、茉希は恐怖した。  この世界の魔人は、ヒトを殺めて魂を奪う。  得た魂の数が多ければ多いほど、魔力が高まるのだ。 (だけど、命さえ奪えばいいんだ。それを、虚空さまの弟さんは……) 「私が元居た世界の魔人は、ヒトを食うことで魔力を増やす。だから弟は食われたのだ」 「……」  返答することもできず、茉希はただ虚空を見守っていた。 「あの頃の私は、無力だった。魔力も魔術も、弟を襲った魔人に到底かなわなかった」  そう言って、虚空はゆっくり瞬きをした。  古い記憶だ。  だが、昨日のことのように思い出される。 (二人がかりで凌辱され、その後で生きたまま喰われていった……)  虚空は、弟の名を声の限りに叫んだ。  魔人を呪う言葉など、いくらでも湧いて出た。 「無力だったんだ、私は」  魔法陣に囚われ、手も足も出なかった。  ただ、命尽きていく弟を、見ていることしかできなかった。  そして、愛する弟の最期は、静かだった。 (痛みをこらえ、悲鳴も上げず。私に見せた表情は、微笑みだった) しかし、その愛らしい顔すら、魔人の胃袋へと消えて行った。 「そして私は魔人に復讐するため、樹海へ入った」 「樹海へ!?」  樹海の中は、悪魔の住処と言い伝えられている。 (まさか、虚空さまは本当に悪魔と契約を!?)  茉希の恐れは、的中した。  虚空は、まるで他人事のようにそれを打ち明けたのだ。 「悪魔と契約するために、樹海に籠った」 「そんな……」 「私の世界には、悪魔が現実に存在する。私は強い魔力を得るために、悪魔と契約したんだ」  魔力欲しさに悪魔と契約しようと、樹海へ踏み込む人間は多い。  しかし、最初は勇んで樹海に入っても、日が経つうちに後悔する。  水が欲しい、何か食べたい。  ここから出たい、帰りたい。  死にたくない、死ぬのは嫌だ。  そのようなことを願う人間の元には、下位悪魔しか現れない。  だが虚空が望むものは、この世で一番強力な魔術を得ることだ。  それくらい広大な野望を抱く人間の元には、上位の悪魔がやって来る。  何日も、何週間も、何か月も樹海をさまよう虚空の元に、その悪魔は現れた。 『強靭な精神と身体を持つ、人間よ。お前が、そこまで樹海に居続ける理由は?』 『全世界の魔人を殺す。そのために、この世で最も強力な魔力が欲しい』 『面白い。では、私と契約してみるか?』 『悪魔、お前の名は?』 『サルガタナス。大公爵・アスタロト様に仕える、少将だ。これでは不足か?』 『いいだろう』 「そんな……そんな恐ろしいことを……」  我知らず、茉希は震えていた。  鏡の前に立つと、きっと青ざめているだろう。  それでも虚空は、ぼんやりと唇だけを動かした。 「魔力を得る対価は、私が本懐を成し遂げた後に、サルガタナスの従僕となることだ」 「虚空さま!」  思わず、茉希はその腕に縋りついた。  嫌だ。  信じたくない。 (虚空さまが、悪魔と契約した人だなんて!)  ほとんど悲鳴のように、茉希は虚空に訴えた。 「その悪魔に、この世から魔人を全て消してもらえばいいのでは!?」 「なるほど。そんな手もあったか」 「虚空さまが罪を犯してまで、手を汚す必要はありません!」  罪、か。  悪魔と契約することは、罪。  そうかもしれない。  虚空は、やはり気怠い思考に囚われていた。 「魔人はこの手で八つ裂きにして、絶望の死を与えなければ気が済まないんだ」 「虚空さま……!」  そのまま、時間が過ぎた。  数秒だったか、数分だったか。  数時間にも、数日にも思われた。  そして虚空は、手の甲に温かな感じを捉えた。 「……茉希?」  それは、茉希の涙。  虚空の腕にすがり、瞳からぽろぽろと涙をこぼしているのだ。 「虚空さまは、悲しすぎます……辛すぎます……」 「ありがとう、茉希」  私のために、泣いてくれるのか。  茉希の涙は、乾いた虚空の心に滲み入って行った。

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