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第14話
虚空は、とまどっていた。
キッチンで美味しいレコアをいただいて、その後。
茉希に案内され、彼の部屋へと逆戻りした。
そして。
「お風呂、一緒に入りましょう」
「えっ?」
意外と、いや、予想のはるか斜め上を行く、積極的な茉希の言動。
すでに彼は、衣服をさらさらと脱ぎ始めているのだ。
呆然と立ち尽くす虚空に、茉希は不思議そうな顔を向けた。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
この世界では、茉希の世界の常識では、共に入浴することが当たり前なのかもしれない。
もともと茉希の『おもてなし』を受けるつもりだった虚空は、身にまとうものを脱ぎ捨てた。
「しかし、君は私の体が嫌になるかもしれないぞ」
「そんな。どういう意味……あっ!?」
茉希は、虚空の裸身に息を飲んだ。
その体には、無数の傷が遺されていたのだ。
「こんなに、傷が。どうして……」
「まだ未熟な頃に、できたものだ。今からでは、治せない」
悪魔・サルガタナスと契約し、けた外れの魔力を得た後に作った傷なら、すぐに治癒魔術でふさぐ。
しかし、それ以前にできた傷は、死ぬまで抱えて生きるのだ。
「ずいぶんと、無茶をなさったんですね」
「ああ。ただひたすらに、強くなりたかった」
シャワーを浴びながら、二人はそんな会話を交わした。
そして、広いバスタブに浸かると、茉希は虚空の向かい合わせに落ち着いた。
「この傷は、樹海で負ったものですか?」
「そうだ。野獣や下位悪魔が、見境なしに攻撃して来たからな」
虚空の口調は、変わらず穏やかだ。
しかし、だからこそ茉希は、彼の心の傷を感じた。
(辛いことは、感情に任せて話すと軽くなるのに。だのに虚空さまは、決してそうしない)
それは、感情が失せてしまうほどの、深い深い心の傷がそうさせているに違いない。
(弟さんを失った、過去の記憶。虚空さまは、それに耐えて……ぅんッ!?)
考え込んでいた茉希は、急に甘い刺激を捉えて首を跳ね上げた。
「あ……ダメです! ぃやッ!」
虚空のイタズラな指先が、茉希のささやかな乳首をツンツンと突っつき始めたのだ。
「目の前の私を放っておいて、別のことを思っているのか?」
「違います! 虚空さまのことを、考えていたんです!」
とにかく、と茉希は虚空の腕を取って、自分の胸から引きはがした。
「お風呂で、こんなことを……いけません!」
「一緒にバスを使おうと言ったのは、君だぞ」
「これは、儀式! 一種の儀式だからです!」
茉希が言うには、同衾する前には共に身を清め合うことが、この世界での習慣らしかった。
「すばらしい習わしだ。そうじゃないか?」
「あくまでも、儀式です。行為に及んではいけません!」
再び腕を伸ばす虚空から、茉希は湯飛沫を立てながら逃げ回った。
「ほら、捕まえるぞ!」
「ぅわぁ! ダメだってばぁ!」
時々捕まっては、いたずらされる。
逃げ出しては、追いかけっこをする。
そんな遊びを繰り返しながら、二人はそれぞれの大切な人を思い出していた。
思い出してしまった。
虚空は、弟を。
茉希は、兄を。
肉親と交わした温かな記憶に、いつしか二人は静かになっていった。
「弟とも、こうやって一緒にバスルームで遊んだものだ」
「僕も、芳雅兄さまに洗ってもらいました」
「茉希の兄上も、こんなことをしたのか?」
虚空はまた、茉希の胸に触れた。
小さな粒をつまんだが、茉希は逃げようとはしなかった。
「しませんよ、そんなこと……虚空さまの、バカ……」
でも、と茉希は首を右に傾けた。
「して欲しい、と思ってました。僕、いけない子ですね」
「茉希は、兄上のことを?」
「愛していました。母が違う兄弟なので、いつかチャンスがあるかも、なんて考えて……バカです、僕は」
茉希の涙は、湯煙に溶けて見えない。
それでも、心の傷口から流れる涙を、虚空はハッキリと見た。
「私も、弟を愛していた……兄弟の壁を越えて、恋愛対象として見つめるようになっていた」
「虚空さまも?」
「弟が無残に命を散らしたのは、きっと私のせいだ。私が邪な愛情を抱いたから、天罰が……」
そこから先は、喋れなかった。
茉希が腕を伸ばし、虚空の頭を胸にしっかりと抱いたからだ。
「そんなこと、ありません。虚空さまのせい、じゃない!」
しっとりと濡れた虚空の黒髪を、茉希は撫でた。
何度も撫でて、彼を慰め続けた。
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