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第17話
虚空の呼吸が整っても、茉希はまだ熱い息を荒げていた。
両腕で、しっかりと彼の体にしがみつき、次々と寄せる甘い余韻に耐えていた。
「うぅ……あッ、ふぅ、う。うあぁ……」
「茉希。そろそろ離れないと」
あまり長く繋がったままでいると、引き抜きにくくなる。
(茉希は初めてなのだから、体に負担をかけたくない)
しかし茉希は、きつく虚空を抱きしめたまま、唇を動かした。
虚空が耳を近づけると、彼は頬を擦り付けてささやいた。
「僕は。僕は……」
「どうした?」
「僕は、弟さんの代わりに、なれそうですか? なれますか?」
「茉希」
虚空は、なだめるように茉希の髪を撫でた。
何度も撫でながら、ちゃんと答えた。
「茉希は、私の弟の代わりにはなれないよ」
「えっ」
「私は、君を弟の代わりになんか、しない。茉希は、茉希だ」
短くソフトなキスをして、虚空は茉希の腰に手を掛けた。
「茉希の代わりも、いやしない。私は君を、茉希として愛することを誓う」
「虚空、さま……ッ!」
キスを交わして、茉希が落ち着いたところを見計らい、虚空は彼から離れた。
ペニスを引き抜く時も、茉希はやはり声を上げて見悶えた。
「感じやすい体になってきたなぁ」
「イヤです。そんな言い方やめてください、虚空さま」
「その『虚空さま』は、もうよしてくれ」
「でも」
甘いピロートークで、虚空はもうひとつ茉希に宣言した。
「君はもう、私の想い人なのだから」
「えぇっ!?」
驚くなんて、と虚空は苦笑いした。
「そんなに、ビックリする事か? こうして愛し合ったのに」
「でも、僕が。僕なんかが、虚空さまの想い人だなんて」
とまどう茉希に、虚空は大きな動作で仰向けに転がった。
「あぁあ! 私は一瞬にして、フラれてしまったのか?」
「ち、違います!」
だったら、ともう一度茉希に向き直り、虚空は呪文を唱えるように言った。
「茉希と虚空は恋人同士。いいな?」
「は、はい……」
ふふっ、と微笑む虚空の顔は、これまで見てきた中で一番優しかった。
「じゃあ、恋人らしく振舞う練習をしようか。まず、私を『虚空』と呼んで欲しい」
「いきなり、ハードルが高いですね」
「茉希は、周りに遠慮し過ぎる。もう少し、肩の力を抜いていいのに」
「う……」
茉希は虚空の名を呼び捨てることに、抵抗があった。
確かに彼の言う通り、遠慮も理由の一つだ。
しかし、もうひとつ。
(虚空さまの、本名は何だろう?)
虚しく、空っぽ。
そんな名前は、おそらく愛する弟を失った後に、自分で付けたに違いない。
茉希は、そう考えるようになっていた。
虚空の、本当の名前。
それを訊ねるのは、茉希には怖かった。
怒るかもしれない。
黙ってしまうかもしれない。
彼の過去に深入りすると、パッとここからいなくなってしまうかもしれない。
(でも、できれば知りたい。悲しい響きのお名前じゃなくって、真の名を)
考え込んでしまった茉希の胸の内を知らずに、虚空は彼の髪を指に巻き付けて遊んでいる。
「朝食の席で、二人の仲を君の家族にちゃんと話したい。そうすれば……」
「えっ? 僕は、食事は一人で摂ってます。自分の部屋で」
家族に虐待されている茉希は、共に食事をすることさえ許されていないのだ。
「……そうすれば……君も……」
「虚空さま?」
何だか妙な返事をする虚空を見ると、ウトウトしている。
首をかくんと傾けて、そのまま寝入ってしまった。
「ふふっ。何だか可愛いな」
茉希は、そんな彼に温かな毛布を掛けてやった。
そして自分も彼の手を取り、ゆっくり眠った。
朝食のテーブルに着いた茉希は、虚空が昨夜伝えたかった言葉の意味を知った。
父親、母親、そして兄。
三人の家族に、虚空は真正面から直球を投げたのだ。
「私は、茉希を心から愛している。彼と、結婚を前提とした交際をしたい」
三人は驚き声を上げたが、当の本人である茉希も叫んでいた。
「えぇっ!?」
「茉希まで驚くことはないだろう」
「でも! あまりにも具体的すぎて!」
「具体的な方が、いいんだ。そうすれば、家族も君を粗末に扱えなくなるからな」
そういうことか、と茉希は納得した。
(それは嬉しいことだけど。お父様たちが、賛成してくれるかなぁ?)
茉希は不安になったが、父は、嬉しそうな明るい返事を寄こした。
「こんな茉希で良ければ、何人でも! すぐに式を挙げても結構ですぞ!」
「……何人もは、いらん」
父・将臣は、稀有な魔力を持つ虚空が義理の息子になると、いろいろと利がある、と判断したのだ。
両腕を上げて万歳をする勢いで、賛成した。
(だけど……)
茉希は、母・玲美と、双子の兄・亜貴が、唇を歪めていることに気付いていた。
視線も、冷ややかだ。
(苦難はありそうですよ? 虚空さま)
その時、茉希の手に何かが触れた。
テーブルの下で、虚空が彼の手をそっと握ったのだ。
『大丈夫。私が、傍にいるから」
そんな声が、伝わってくる。
茉希も手を握り返し、応えた。
ありがとう、と胸の内で何度でも繰り返していた。
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