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第19話

「まったく。この世界の価値観は、どうかしている」  提供されたゲストルームで、虚空は朝食を頬張りながら怒っている。 「能力など、生まれる時にくっついてきたオマケだ。それを、大げさに騒ぐ必要はないんだ」  嫌味の限りを尽くされた茉希を、虚空は彼なりに慰めているのだ。 「でも。僕は初めて、無能力も良いものだな、って思いました」 「ぅん? なぜだ?」 「虚空さまが……かばってくれたから。守ってくださったから」  頬を淡く染め、茉希は手にした果物をいじっている。  そんな彼に、虚空は笑顔で応えた。 「私が君を守るのは、当たり前だ。婚約者なのだから」 「あの。それって、正式なものでしょうか」  茉希は、不安だった。  ユーリの登場で、滅茶苦茶になってしまった、二人の婚約話だ。  ちゃんと、家族の了承を得られるのか。  結婚を前提とした交際が、できるのか。  それを、茉希は恐れていた。  不安げな茉希の顔を、虚空はのぞきこんだ。 「あの若い魔導士の言葉を、気にしているのか。それなら、心配するな」 「なぜですか? 大丈夫なんでしょうか」 「近いうちに、あの小僧がほざくことなど、誰も耳を貸さなくなる」  は、と茉希は気付いた。 (虚空さまは、ユーリ様と模擬戦をするんだったっけ)  しかも、首都から国王までが観覧にやって来るのだ。  そんな晴れ舞台で、ユーリが惨めな負け方をしたら、国王はもちろん観衆全員が彼を蔑むだろう。  茉希の胸には、別の心配事が生まれてしまった。 「虚空さま。ユーリ様に、手加減してあげてくださいね?」 「えっ?」 「僕、絶対に虚空さまが勝つと信じてます。でも、ユーリ様の名誉が傷つかないよう……」 「ストップだ、茉希」  虚空は、茉希の唇に指先を当てた。  虚空は、茉希の優しさや思いやりの深さに、呆れていた。 「あんなに酷い目に遭いながら、よくもそんなことが言えるな」  そして、たしなめた。 「君は、誰より優しく清い心を持っている。だがそれは、悪党どもには効かないんだ」 「でも、みんな家族ですから」 「あれが家族か? 全員、茉希をいじめている。そんな奴らは、家族でもなんでもない」 「……実は、僕たちは半分ずつしか家族じゃないんです。だから、なおさら努力しないと一つの家族にはなれないんです」  半分ずつしか、家族ではない。  茉希の言葉は、虚空を驚かせた。  同時に、彼の頭は謎に包まれた。 「何だろうか。その、半分だけ家族、とは?」 「今のお母様は、お父様の三人目の伴侶なんです。僕と亜貴を産んだお母様は、亡くなりました」  茉希の話では、将臣の最初の妻が、長兄・芳雅を産み、彼女の死後に二番目の妻が、亜貴と茉希を産んだ。 「でも、双子を胎内で育てて出産するには、お母様の体力が持たなかったんです」  出産後、しばらくして茉希の母は亡くなり、三番目の玲美が由比家に嫁いできたのだ。  茉希の語る複雑な家庭環境に、虚空は聞き入っていた。 「では、今の母上は、茉希の生みの親ではないのだな?」 「はい。お父様は、母親がいないと子どもの情操に良くないだろうと思って、再婚されたのです」 「ふむ……」  それはどうかな、と虚空は考えていた。 (ここ数週間で、街の人間から得た情報によると、茉希の父上は惚れっぽい性格だ)  二人も妻を失って嘆いているところへ、玲美が優しく接した、と聞いている。  悲しみに暮れている大神官は、その心の傷を癒してくれる玲美に、コロリと参ってしまったのだ。 「茉希、君には残酷なようだが。今の母上は、名門の由比家に入りたいから父上に近づいたのではないか?」 「……」  茉希の沈黙は、今それに気づいた、というより、かねてから知っていた、と答えるようなものだった。 「でも、僕は。少しでも信じたいんです。みんなで、いつか本当の家族になれるんじゃないか、って」 「茉希、君は……」  馬鹿正直すぎる、と吐き捨て、笑い飛ばすには、茉希の祈りは真摯なものだった。 「解った。茉希の気持ちは、よく解った」 「虚空さま」 「では、私は。君が本当の家族を得るまで、あらゆる苦難を弾き飛ばす盾になろう」 (全力で、君を守り通す。それが、この世界での私の使命だ)  虚空は、胸の内でそう誓っていた。 「とりあえずは、あの生意気な小僧との戦いでは、手加減を考えるよ」 「ありがとうございます! でも……」 「まだ、何か?」 「さっきからユーリ様のことを、若い、とか、小僧、とか。年齢は虚空さまと、あまり変わらないでしょう?」  ユーリは23歳で、虚空も20代前半の外見を持っている  同世代の男を、小僧呼ばわりする虚空を、茉希は不思議に感じていた。 「ああ、まだ話して無かったか。私はもう、数百年の時を生きているんだよ」 「えぇっ!?」  まだまだ謎を秘めている虚空に、茉希は驚きを隠せなかった。

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