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第22話

『スーツを一着、仕立てて欲しいんです』  この茉希からの願いに、一流のテーラーであるアジラは答えた。 「面白そうな仕事だ。第一に、あの無口で近寄りがたい男のスーツを、仕立てる。これが面白い」  確かにそうだ、と周囲の使用人たちは頷き合った。 「あの魔導士が笑ってるところを、見たことが無いぞ」 「怖い感じの人、だよね」 「採寸とか、させてくれるのかしら?」  こんな声が上がる中、アジラは続けた。 「第二に、茉希さまが注文に来なさった。これも面白い」 「僕が面白いんですか?」 「いや、そうじゃない。いつも陰に隠れて、びくびくしていた茉希さまが、ようやく動き始めたなぁ、と思ってな」  アジラは、それ以上の余談はしなかった。  ただ、きっぱりと。  椅子から腰を上げて、言った。 「茉希さまの依頼、お受けしましょう。このアジラ、最高のスーツを仕立てましょう!」 「ありがとうございます!」  使用人たちは、自然と拍手でこの二人を包んでいた。  その日一日、屋敷の使用人たちの間では、茉希の噂で持ちきりだった。 『一人で堂々と、あのアジラ先生と渡り合ったんだって!』 『先生、茉希坊ちゃまの依頼を、快く引き受けたんだぜ!?』 『茉希さん、なかなかやるわねぇ。見直しちゃった!』  虚空のスーツを仕立てて欲しい、という茉希の願いを、アジラは請け負った。  ぴったりお似合いの服を、テーラーの誇りを掛けて作って見せる。  そう、茉希に約束してくれたのだ。  みんな驚いたが、茉希がそれだけ虚空を大切に想っているのかと、微笑ましい気分になった。  だがしかし。 「茉希ったら。この僕を差し置いて、抜け駆けするつもり!?」  噂を耳にした亜希が、不穏な思考を巡らせ始めてしまったのだ。 「ユーリとは確かに婚約してるけど。虚空さまも、素敵だもん」  亜貴の心は、ユーリから虚空へと大きく傾きつつあった。  元はと言えば、茉希をいじめてやろうと、虚空へ近づいたのだ。 『錠前』の茉希が召喚した『鍵』の虚空。  二人は、運命的に引き合ったはずだ。 「だのに、茉希ったら。速攻、気絶して。情けないよね」  茉希はその時、極度の栄養障害だったので仕方がない。  だが亜貴は、それをいいことに虚空へと近づいた。  茉希から彼を取り上げて、笑ってやるつもりだった。 「でも虚空さまは、カッコ良過ぎたぁ……」  まず、一目見たら忘れられないほどの、ルックス。  虚空が、モブ並みの顔立ちだったら、亜貴もこれほど執着しなかった。  だからこそ、彼の部屋にまで入ったのだ。  ベッドの上まで、ついて行ったのだ。 「エッチも、巧かったし!」  もし、茉希も虚空さまに抱かれたとしても……。 「僕の方が、一足早かったんだもんね」  だから、彼は僕のもの。 「僕の方に、虚空さまを手にする権利があるんだから!」  自分ルールで、すでに虚空を我が物にしたつもりの、亜貴だった。  亜貴の悪だくみも知らずに、茉希は弾む足取りで、虚空のいるゲストルームへ向かった。  ノックをすると、愛しい彼が顔を出してくれる。  茉希は、戸口で虚空にプレゼントの話を打ち明けた。  部屋に入るまで、待てなかったのだ。 「僕、虚空さまに新しいスーツをプレゼントしたいんです!」 「スーツ?」 「すごく腕のいいテーラーが、引き受けてくれました。だから今度、採寸を……」 「待ってくれ、茉希。せっかくだが、私にスーツは無用だ」 「えっ?」  まさかの、拒絶だ。  驚いて返事のできない茉希に、虚空は説明した。 「どうせすぐに、魔人の返り血で汚れるんだ。新しい、高価な服は必要ないんだよ」 「そ、そうですか……そうなんですね……」 「部屋に入るか?」  自分が茉希を深く傷つけたことに気付かず、虚空は簡単に話題を変えてしまう。  そんな彼に、茉希はようやく一言だけ告げた。 「いいえ、用はそれだけでしたから」  振り向き、早足でその場を去った。  でないと、涙を見られてしまうから。 「バカだな、僕。僕は、ホントにバカ……!」  そうやって、自分を責めるしかなかった。  茉希がうつむき、こぼれる涙をぬぐいながら歩いていると、大きな声がした。 「茉希さま! 虚空さんの採寸の件、どうなったかね!?」  見ると、アジラが向かってくる。  茉希は涙に濡れた顔を慌てて整えたが、すぐにバレてしまった。 「どうしなさった? なぜ、泣いてるんです?」 「あ、いえ。目にゴミが入って、それで」 「見え透いた嘘は、よしてもらおうかね?」  さすがに、この古老には見え透いた嘘は通じない。  仕方なく茉希は、新しいスーツなどいらない、と虚空が拒否した話を打ち明けた。 「そいつは、さらに面白くなってきた!」 「えっ?」 「採寸もせずに、ピッタリとあつらえた服を、無理やり贈りましょうや!」 「で、でも」 「そうすれば虚空さんも、茉希さまがどれほど心を込めてプレゼントしたかが、解るってもんだ」  叩かれてもくじけない、アジラの強いメンタルに、茉希は感心した。 (僕に足りないものを、この人は持っているんだ)  縮こまった茉希の心が、再び息を吹き返してくる。 「俺ほどの腕前になると、姿を眺めただけで、大体の寸法は解るよ」 「僕も、少しなら解ります! 腕の長さは、これくらいで。胴回りは、これくらいで!」  自分の腕や体を使って、虚空の寸法を説明する茉希に、アジラはニヤリと笑った。 「茉希さまは、虚空さんとすでに……アレだな。情を交わした、ってことだな」 「え!? あ! い、いえ! 違うんです、これは、つまり!」  慌てる茉希の姿に、声を立ててアジラは笑った。  からりとした明るい笑い声に、茉希の心も晴れていった。

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