22 / 48
第22話
『スーツを一着、仕立てて欲しいんです』
この茉希からの願いに、一流のテーラーであるアジラは答えた。
「面白そうな仕事だ。第一に、あの無口で近寄りがたい男のスーツを、仕立てる。これが面白い」
確かにそうだ、と周囲の使用人たちは頷き合った。
「あの魔導士が笑ってるところを、見たことが無いぞ」
「怖い感じの人、だよね」
「採寸とか、させてくれるのかしら?」
こんな声が上がる中、アジラは続けた。
「第二に、茉希さまが注文に来なさった。これも面白い」
「僕が面白いんですか?」
「いや、そうじゃない。いつも陰に隠れて、びくびくしていた茉希さまが、ようやく動き始めたなぁ、と思ってな」
アジラは、それ以上の余談はしなかった。
ただ、きっぱりと。
椅子から腰を上げて、言った。
「茉希さまの依頼、お受けしましょう。このアジラ、最高のスーツを仕立てましょう!」
「ありがとうございます!」
使用人たちは、自然と拍手でこの二人を包んでいた。
その日一日、屋敷の使用人たちの間では、茉希の噂で持ちきりだった。
『一人で堂々と、あのアジラ先生と渡り合ったんだって!』
『先生、茉希坊ちゃまの依頼を、快く引き受けたんだぜ!?』
『茉希さん、なかなかやるわねぇ。見直しちゃった!』
虚空のスーツを仕立てて欲しい、という茉希の願いを、アジラは請け負った。
ぴったりお似合いの服を、テーラーの誇りを掛けて作って見せる。
そう、茉希に約束してくれたのだ。
みんな驚いたが、茉希がそれだけ虚空を大切に想っているのかと、微笑ましい気分になった。
だがしかし。
「茉希ったら。この僕を差し置いて、抜け駆けするつもり!?」
噂を耳にした亜希が、不穏な思考を巡らせ始めてしまったのだ。
「ユーリとは確かに婚約してるけど。虚空さまも、素敵だもん」
亜貴の心は、ユーリから虚空へと大きく傾きつつあった。
元はと言えば、茉希をいじめてやろうと、虚空へ近づいたのだ。
『錠前』の茉希が召喚した『鍵』の虚空。
二人は、運命的に引き合ったはずだ。
「だのに、茉希ったら。速攻、気絶して。情けないよね」
茉希はその時、極度の栄養障害だったので仕方がない。
だが亜貴は、それをいいことに虚空へと近づいた。
茉希から彼を取り上げて、笑ってやるつもりだった。
「でも虚空さまは、カッコ良過ぎたぁ……」
まず、一目見たら忘れられないほどの、ルックス。
虚空が、モブ並みの顔立ちだったら、亜貴もこれほど執着しなかった。
だからこそ、彼の部屋にまで入ったのだ。
ベッドの上まで、ついて行ったのだ。
「エッチも、巧かったし!」
もし、茉希も虚空さまに抱かれたとしても……。
「僕の方が、一足早かったんだもんね」
だから、彼は僕のもの。
「僕の方に、虚空さまを手にする権利があるんだから!」
自分ルールで、すでに虚空を我が物にしたつもりの、亜貴だった。
亜貴の悪だくみも知らずに、茉希は弾む足取りで、虚空のいるゲストルームへ向かった。
ノックをすると、愛しい彼が顔を出してくれる。
茉希は、戸口で虚空にプレゼントの話を打ち明けた。
部屋に入るまで、待てなかったのだ。
「僕、虚空さまに新しいスーツをプレゼントしたいんです!」
「スーツ?」
「すごく腕のいいテーラーが、引き受けてくれました。だから今度、採寸を……」
「待ってくれ、茉希。せっかくだが、私にスーツは無用だ」
「えっ?」
まさかの、拒絶だ。
驚いて返事のできない茉希に、虚空は説明した。
「どうせすぐに、魔人の返り血で汚れるんだ。新しい、高価な服は必要ないんだよ」
「そ、そうですか……そうなんですね……」
「部屋に入るか?」
自分が茉希を深く傷つけたことに気付かず、虚空は簡単に話題を変えてしまう。
そんな彼に、茉希はようやく一言だけ告げた。
「いいえ、用はそれだけでしたから」
振り向き、早足でその場を去った。
でないと、涙を見られてしまうから。
「バカだな、僕。僕は、ホントにバカ……!」
そうやって、自分を責めるしかなかった。
茉希がうつむき、こぼれる涙をぬぐいながら歩いていると、大きな声がした。
「茉希さま! 虚空さんの採寸の件、どうなったかね!?」
見ると、アジラが向かってくる。
茉希は涙に濡れた顔を慌てて整えたが、すぐにバレてしまった。
「どうしなさった? なぜ、泣いてるんです?」
「あ、いえ。目にゴミが入って、それで」
「見え透いた嘘は、よしてもらおうかね?」
さすがに、この古老には見え透いた嘘は通じない。
仕方なく茉希は、新しいスーツなどいらない、と虚空が拒否した話を打ち明けた。
「そいつは、さらに面白くなってきた!」
「えっ?」
「採寸もせずに、ピッタリとあつらえた服を、無理やり贈りましょうや!」
「で、でも」
「そうすれば虚空さんも、茉希さまがどれほど心を込めてプレゼントしたかが、解るってもんだ」
叩かれてもくじけない、アジラの強いメンタルに、茉希は感心した。
(僕に足りないものを、この人は持っているんだ)
縮こまった茉希の心が、再び息を吹き返してくる。
「俺ほどの腕前になると、姿を眺めただけで、大体の寸法は解るよ」
「僕も、少しなら解ります! 腕の長さは、これくらいで。胴回りは、これくらいで!」
自分の腕や体を使って、虚空の寸法を説明する茉希に、アジラはニヤリと笑った。
「茉希さまは、虚空さんとすでに……アレだな。情を交わした、ってことだな」
「え!? あ! い、いえ! 違うんです、これは、つまり!」
慌てる茉希の姿に、声を立ててアジラは笑った。
からりとした明るい笑い声に、茉希の心も晴れていった。
ともだちにシェアしよう!

