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第23話

 茉希が、屋敷で最も腕の立つテーラー・アジラに、虚空のための服を依頼した。  この噂に、亜貴は対抗心を燃やした。 「僕の方が、虚空さまに相応しいんだ、って見せつけてやる!」  もともと、負けず嫌いの気質だ。  燃え上がる心のまま、虚空へ直球勝負に出た。 「虚空さま。ちょっと、街まで付き合って欲しいんだけど?」 「別に構わないが、長い時間は割けないぞ」 「うん、すぐに終わるから。さぁ、車に乗って!」  運転手付きの高級車に虚空を押し込み、亜貴は車中で語った。 「今から、オーダーメイドのテーラーに行くから。虚空さまに、素敵な仕立てをプレゼントするよ!」 「私に服をあげるのが、流行ってるのか?」 「え? あ、そ、そうなのかな?」  虚空は、溜息をついて亜貴を見た。 「私は、高価なスーツなど要らないぞ。魔人との戦いで、すぐダメになるからな」  虚空は茉希に返した返事と同じ言葉を、亜貴に投げた。  しかし亜貴の反応は、茉希とは違っていた。 「残念でした。僕はね、スーツじゃなくって、マントを虚空さまに作ってあげたいんだ」 「マント? マントか……」  すぐに否定せず、考え込む虚空の姿に、亜貴はほくそ笑んだ。 (茉希がスーツをプレゼントしようとして、拒否られたこと、知ってるもんね) 「軽くて、丈夫で、肌触りのいいマント。色は、虚空さまの好きな黒でどう?」 「そうだなぁ」  虚空は、茉希の顔を思い描いていた。  彼をマントで包み込んで守ることが多い、今日この頃だ。 (茉希のために、ここはお言葉に甘えておくか) 「解った。亜貴に任せる」 「やったね!」  打たれ弱い茉希より、押しの強い亜貴が、虚空を動かしていた。  マントとは言え、フルオーダーで作るのだ。  虚空は街のテーラーで、じっくりと採寸されて疲れていた。 「意外に、時間がかかったな」  まずはゲストルームでくつろごうと、手にキッチンからもらったハムと酒を抱えて歩く、虚空だ。  ところが、ゲストルームのドアの前に誰かが仁王立ちしている。 「誰だ? 疲れているから、茉希以外なら追い返そう」  虚空の帰りを待っていたのは、名前は知るがまだ会ったことのない男だ。 「ようやく、お帰りかぃ? 噂の大魔導士さん!」 「誰だ、お前は」 「俺の名は、アジラ・伸二。しがない仕立て屋の、年寄りさ」  にぃっ、と笑って、アジラは手にした酒瓶を掲げて見せた。 「あんたと、一杯やりたくなってな」  他ならぬアジラが、茉希に代わって虚空に勝負を掛けてきたのだ。  茉希からも、その名を聞いていたが、アジラは気持ちのいい男だった。  虚空が寄こした厚切りのハムに喜んでかぶりつき、秘蔵の酒を振舞った。 「こいつは特別な酒で、度数が80以上ある。飲んで口から火を吐きな!」 「それは嬉しい。この世界の酒は、ひどく弱いからな」  アジラの持参した酒は、本当に虚空を喜ばせた。 (私がなじんだ世界の酒で言うと、40度くらいだ。これは美味い)  ご機嫌で、杯を交わし合う二人だ。 「お前さんの噂は聞いていたが、茉希さまが惚れるくらいだ。想像以上のナイスガイだな!」 「私も、あなたのことは茉希から聞いている。腕のいいテーラーだ、と」  自分で言っておいて、虚空はあることに気付いた。 『僕、虚空さまに新しいスーツをプレゼントしたいんです!」 『スーツ?」 『すごく腕のいいテーラーが、引き受けてくれました。だから今度、採寸を……」 『待ってくれ、茉希。せっかくだが、私にスーツは無用だ」 『えっ?」 『どうせすぐに、魔人の返り血で汚れるんだ。新しい、高価な服は必要ないんだよ」 (私はあの時、茉希に対してあまりにも塩対応だったのでは……?)  ふと考え込んだ虚空に、アジラが思いがけない話を始めた。 「あんた、茉希さまからの贈りものを、きっぱり断ったそうだな」  まるで、こちらの心を読んだかのような、アジラの言葉だ。  虚空は軽く驚いたが、酔ってはいても考えて返事をした。 「私は今、その件について反省していたのだ。あまりに、突っぱね過ぎた、と」  茉希の代わりに、責めるなら責めろ、と虚空は苦笑いだ。  だがアジラは、首を横に振った。 「その逆だ。その場で断ったと聞いて、嬉しくなった」 「嬉しい? なぜだ」 「愛想の良い返事をして、喜んだふりをして受け取って。だけど一度も袖を通さない。そんな奴には、もうウンザリなんだよ」 「なるほど、一理ある」  だがな、とそこでアジラは声を張った。 「だからこそ、俺はあんたの服を作りたい。そしてそれは、茉希さまの真心でもあるからだ!」  ボトルは、まだ半分ほど残っている。 (これは、全て飲み干すまでは解放してもらえないな)  虚空は杯を傾け、アジラに夜通し付き合うことに決めた。

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