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第26話
虚空からの情熱を、いっぱいに受け止め、茉希は震えていた。
肉体の快楽からだけでは、ない。
その精神、心までもいっぱいに満たされていた。
「ぅう、ふぅ……ぅん。う、う。はぁ、はぁ、あぁ……」
次々に打ち寄せる、余韻。
茉希は、しっかりと虚空の背に腕をまわし、無意識のうちに爪を立てていた。
体から、心から、あふれ出そうな充足感を味わっていた。
「茉希」
そのうち、ぽつりと虚空がこぼした。
「何ですか?」
返事はしたが、それは自分の声ではないように、かすれて遠くに聞こえた。
「中に……すまない。もし妊娠したら、すぐに式を挙げよう」
「もう……バカ……」
僕は、こんなにフワフワしてるのに。
虚空さまは、やけにリアルなことを言うんだから!
仕返しに、指に力を入れた。
虚空は、茉希の立てる爪の甘い痛みを味わった。
互いの体を拭き清め合い、寝着を整え、虚空と茉希は改めて抱き合った。
温かな安らぎを、交わし合った。
「さっきまで、アジラ氏と飲んでいたんだ」
「アジラさんと?」
「いろいろと、ためになった。彼は、伊達に年を重ねてはいないんだな」
「はい。アジラさんは、人間的にも立派な人です」
それで、と虚空は茉希に一番伝えたかったことを、ようやく口にした。
「彼に、採寸をしてもらったよ」
「えっ」
「茉希のプレゼントを、喜んで受け取りたい。いいか?」
鼻を甘く鳴らし、茉希は虚空をぎゅうと抱きしめた。
「ありがとう! 嬉しい! 僕、嬉しい!」
「そして。そのスーツが仕立て上がったら、な」
「はい」
「それを着て……君とデートをしたい」
「えぇっ!?」
あまりに意外な、虚空の言葉だった。
茉希の驚いた声に、虚空が逆に驚いた。
「そ、そんなに驚かなくても」
「あ、ご、ごめんなさい。あんまり、唐突だったから」
「私だって、君をエスコートするくらい、できるぞ?」
「してくれるんですか? デート」
「したい。君と、デート」
茉希は、ぎゅっと目をつむった。
両手で頬を覆い、声を上げた。
「うわぁ……」
虚空さまと、デート。
「デート!」
パッと開いた瞳は、キラキラと輝いている。
そして、ピロートークの割には弾んだ声で、元気に身を乗り出した。
虚空の顔にグッと近づき、勢い込んで早口で訊ねた。
「どこ? どこへ、連れて行ってくれるんですか?」
「そ、そうだな。茉希はグリーンが好きだから、植物園なんかどうだ?」
「素敵! その後は?」
「カフェで、お茶でも飲もう」
「その先は?」
「何か欲しいものは、あるか? ショッピングで、スーツのお礼がしたい」
「ぅわぁ! どうしよう。何にしようかな、迷っちゃうな!」
はしゃぐ茉希は、初めて虚空の目に、年相応の少年に映った。
(思いきって誘ってみて、良かったな)
彼の頭を抱き寄せ、その額に優しくキスをする虚空だ。
この数百年の間、こんなことなど無かった。
誰かを愛し、人並みにデートをする。
それを忘れてしまうほど、虚空の人生はただ血塗られて来たのだ。
「茉希?」
「……虚空さんと、デート……」
「眠ってしまったか」
茉希は、しっかりと虚空の体に両腕をまわして、寝息を立てている。
「待て。君は今、私を『虚空さん』と呼んだぞ?」
嬉しい!
人目が無いので、虚空は思いきり顔を赤くし、熱い息を吐き、喜びを噛みしめた。
茉希との距離が、また一歩近づいた気がしていた。
翌日、朝食の席で亜貴はそっと唇を噛んでいた。
虚空の隣で食事を摂る茉希が、やけに朗らかに感じられたからだ。
(茉希ったら、何か浮かれてる? 良いことでもあった?)
あるとすれば、それは虚空との間に、だろう。
鍵と錠前の関係を、さらに越えた何かが。
(生意気! 茉希のくせに!)
もちろん茉希は、大げさに明るく振舞っているわけではない。
虚空と言う強い味方はできたが、家族とはまだ冷たい関係なのだ。
自分を嫌い、疎んじている者の前で、浮かれて見せるわけにはいかない。
だが、双子の亜貴には、茉希の微妙な変化が解ってしまった。
「あ、そっか」
「何だ? 亜貴、どうかした?」
「ううん、何でもない。ユーリ、午後はヒマ?」
「ごめん。ちょっと、用事が……」
今度、必ず埋め合わせをするから、と謝るユーリの声は、亜貴にはもう聞こえない。
(ちょっと用事、って何だよ! やましいコトじゃないなら、ハッキリ言いなよ!)
ユーリがいつもこんな感じなので、亜貴はストレスが溜まっていた。
(ストレス発散にも、ちょうどいいや。茉希のこと、イジメようっと!)
将を射んとする者はまず馬を射よ。
虚空を墜とすために、亜貴は茉希を傷めつける計画を立て始めてしまった。
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