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第28話

「おや? あれは……」  務めを終え、屋敷へ帰って来た虚空は、門の前に警備員と、それ以外の人間を見た。  やけに仲良く、話をしている様子だ。 「茉希……ではないな。亜貴か」  警備員ら数名は、笑顔で彼とのお喋りに夢中だ。 「警備員なのに、警備をしてないじゃないか」。  虚空は溜息をついたが、相手が亜貴では仕方がない。 「亜貴は、人を魅了する魔力を持っているからな」  自覚をしているかは解らないが、彼には他人の心を緩くする力がある。  亜貴の前では、つい警戒を解いてしまうのだ。 「私も、初日に彼と関係を持ってしまったし」  その亜貴が、虚空に気が付いた。 「虚空さま! お帰りなさい!」  満面の笑みだ。 「お帰りなさい、か。これは気を付けないと、食われるぞ」  温かな、言葉。  久しぶりに『お帰りなさい』と言われて、虚空は胸が疼いてしまったのだ。  頼みもしないのに虚空のバッグを取り上げ、屋敷の中まで入って来る、亜貴。  そのままプライベートルームまでついて来て、虚空が脱いだマントを受け取った。  そして、ブラシをかけながら訊ねた。 「虚空さま、使用人はいないの?」 「自分でできる事は、自分でやる主義なんだ」  虚空の屋敷には、先程の警備員たちのほかは、数少ない職種の使用人しかいない。  財政管理やスケジュールの確認を行う、バトラーに近い者。  後は、インフォーマ。  つまり、情報屋たちだった。  そのインフォーマの一人に、亜貴に関するネタを聴かされたばかりだったのだが。 「はい、綺麗になったよぉ」  その亜貴は、ご機嫌でブラッシングしたマントを、虚空に渡した。 「どういう風の吹き回しだ? 私を訪ねて来るなんて」 「来ちゃダメ?」 「ダメではないが」 「また虚空さまと、エッチしたいなぁ~」  おねだりモードの亜貴は、虚空の理性をぐらつかせるほど愛らしい。  しかし彼の心には、すでに茉希という存在が、しっかりと根を張っていた。 「お誘いは嬉しいが、私はもう亜貴とは寝ないぞ」 「何で? 茉希がいるから?」 「そうだ」  あっさりと自分を拒絶した虚空に、亜貴は顔色を変えて悪い言葉を吐き始めた。 「茉希なんかより、僕の方が綺麗だよ!? ちゃんと魔力を持ってるし、地位も財産もあるんだ!」 「それでも私は、茉希を選んだんだ。諦めろ」 「イヤだ! 何で、何で茉希ばっかり!」  亜貴の悲鳴に、虚空は引っかかるものがあった。 (茉希ばっかり、とは? 私の他にも、彼に惹かれた人間がいるのか?)  肩で息をするほど興奮している亜貴の目は、らんらんと輝いている。  その迫力に、虚空は異様なエロスを感じ取った。 「やめろ、亜貴。落ち着くんだ」 「僕を抱いて。今すぐ!」 「……ッ!」  オメガのフェロモンが、匂い立つようだ。  亜貴の『魅了』の魔力と、オメガの発情ホルモンとが合わさって、虚空を襲う。 「マズいぞ、これは……マズい」 「さぁ、虚空さま。僕はあなたのものだよ?」  シャツをはだけて白い肌を晒し、腕を開く亜貴。  その胸の中に飛び込んで、むしゃぶりついてしまいたい。 (茉希……茉希!)  虚空は必死で茉希の名を心の中で唱えながら、反撃に出た。 「亜貴。君の婚約者……ユーリが、大変だぞ」 「ユーリが? どうして?」 「君に内緒で、浮気をしている」  インフォーマから得たばかりの、情報だ。 (少し意地悪だが、仕方がない!)  さすがに、亜貴の雰囲気が変わった。 「ユーリが、浮気を?」 「そうだ。亜貴も、私に関わっている暇があったら、彼の心を引き戻せ」 「そっか。だから今日の午後は、用事がある、なんて言ったんだね……」  亜貴の気が緩んだ隙に、虚空は魔術で防御壁を展開した。  オメガフェロモンに有効かどうかは解らないが、何もないよりはマシだろう。  しかし、亜貴の様子は妙だった。  その場にくずおれ膝をつき、ぽろぽろと涙をこぼし始めたのだ。 「別に、平気だもん。僕だって、虚空さまと浮気してるんだから!」 「おい、待ってくれ。あれは一夜限りのことだろう」 「ヤッたのは、昼間だった!」 「いや、そういう意味じゃなく!」 「茉希が好きになったから、僕は要らなくなったんだね!?」  虚空は、亜貴の言葉に頭を抱えた。 (確かに、そう思われても仕方がない!)  亜貴はとうとう、床に突っ伏して泣き出した。 「ユーリも! 虚空さまも! 芳雅兄さまも! みんな、僕から離れていっちゃうんだ!」  亜貴の背中を撫でてあげながら、虚空は先ほどの言葉を思い出した。 『イヤだ! 何で、何で茉希ばっかり!』 (茉希ばっかり、と、芳雅兄さまも、と来たら。これは、ひょっとして……)  茉希をかばって死んだ、芳雅という兄は。 (もしかして、茉希に想いを寄せていたのか……?)  虚空がまだ知らない茉希の秘密が、明かされようとしていた。

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