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第31話

 ユーリの浮気現場に居合わせてしまった、茉希。   『なぁ、茉希。亜貴には黙ってろよ。いいな!?』 『ら、乱暴な言葉では、僕は退きません!』  毅然とした態度で臨んだが、思いがけない事実を知ることになった。  亜貴も浮気をした、とユーリが開き直ったのだ。  しかも相手は、虚空だという。  それは、彼との初夜の時に打ち明けられていた。  だがしかし。 『その様子だと、知らないんだな。お相手は、虚空だ。これまで何度も‥‥‥』 (虚空さま……何度も!?)  ショックを受けた茉希の前に、その虚空本人と、亜貴まで現れた。  場は、混沌とした空気に包まれた。 「何を、僕には黙ってろ、だって?」 「あ、亜貴!?」 「茉希、大丈夫か?」 「虚空さま!」  ユーリが見え透いた言い訳をし、亜貴が詰め寄っている。  その様子を茉希は見守り、虚空は茉希を見守った。 「亜貴が! 亜貴が悪いんだぜ! 俺という者がありながら、浮気なんかするから!」 「今に始まったことじゃないじゃん! これまでも浮気して見せたのに、ユーリはいっつも見て見ぬふりで!」  亜貴には、解っていた。  ユーリが自分との結婚を決めたのは、その社会的地位と財産目当てだ、と。  先程さんざん泣いたので、亜貴の涙腺は緩くなっていた。  再び、ぽろぽろと涙がこぼれ始めたのだ。 「えぇい! 泣きたいわけじゃないのに、何で涙が出るのさ!」  その涙を弱気と見て、ユーリは攻勢を強めた。 「大体なぁ!? その浮気相手の中には……」 「茉希、ごめん! 僕、虚空さまと一回だけエッチしたんだ!」  まさか、亜貴が自白するとは思っていなかったので、ユーリは言葉を失った。  そして、それに驚いたのは彼だけではない。  茉希も、虚空も驚いていた。 「詳しいことは後で話すけど、ごめん! ごめんね、茉希!」 「亜貴……」 「許して、なんて言えないけど。僕、軽はずみだった。後悔してる。それだけは、解って」  亜貴は、いつものシニカルな表情ではなかった。  心から悔い、弟に、しかも見下していた茉希に、謝っているのだ。  その姿に、茉希の哀しさは踏みとどまった。  絶望せずに、踏みとどまった。 「解ったよ、亜貴。後で、説明して。ただ……一発だけ殴らせて!」 「えっ!?」  茉希らしくない攻撃的なセリフに、その場の全員が声を上げた。  そして次の瞬間、グーでぶん殴られていたのは、虚空だった。 「ぐぁッ!」 「虚空さまの、バカぁ!」  あまりの珍事に、ユーリも亜貴も目を円くした。  あの浮気相手は、いつのまにか逃げている。  茉希の一撃は、その場を鎮める絶大な効果を持っていた。 「ふ、不意打ちとは……」 「殴られるような事をした、虚空さまが悪いんです!」 「つ、強くなったな、茉希……」 「そうですか? 僕はいつも通りですが」 「私は、嬉しいぞ……」 「殴られて喜ぶなんて、マゾヒストですか?」  虚空が何を言っても、茉希はツンと澄ましている。  その様子に、亜貴が笑い出してしまった。 「ッぷ! あっはは! 虚空さま、大魔導士も形無しだね!」  何となく、明るい方向へ空気が動き出したので、ユーリは気味の悪い色気声を出した。 「亜貴……俺のこと、許してくれるよな?」  許してくれ、ではなく、許してくれるよな、と来た。  亜貴がユーリを許すことが、当然のように聞こえる響きだ。  だが亜貴は、差し伸べられたユーリの手を取らず、ぴしゃりと叩いた。 「調子に乗らないでよ、バーカ!」 「あ、亜貴?」 「許して欲しかったら、そうだなぁ……今度の模擬戦で、虚空さまに勝って見せてよ」  勝ったら、浮気をお父様やお母様に、内緒にしてあげる。  こんな具合に、亜貴は逆にユーリを脅した。  由比家の当主夫妻の名を出され、ユーリは冷や汗をかいた。  確かに、そうなると大変だ。 (由比夫婦は、亜貴を溺愛してる。バラされると、俺は国外追放になるかも!?)  芳雅亡き後、由比家の時期当主は亜貴だ。  そのパートナーに治まれば、地位も名誉も財産も! (この手に握れると思っていたのに!)  ユーリは心から焦っていたが、顔には出さずにクルリと背を向けた。 「虚空に、そこで尻もちをついている大魔導士様に、勝てばいいんだな? 俺にとっては、簡単だぜ」  強がりを言い残し、ユーリは去って行った。 「ちぇっ。相変わらず、きざな奴!」  その後ろ姿に舌を出した後、亜貴は改めて茉希に向き直った。 「あの、その、茉希。僕、話がしたいんだけど……いいかな?」 「いいよ、亜貴」  茉希は、自然と柔らかな笑みをたたえていた。  亜貴の顔は、懐かしい表情に戻っていたのだ。 (まだ小さかった頃。芳雅兄さまが元気だった頃の、亜貴みたい)  それは素直な、自分を飾らない顔。 「ちょうど、私の屋敷で食事会をしようと思っていたんだ」 「虚空さまは、もうしばらく黙っててください」  茉希にぴしゃりと叱られ、大魔導士はうなだれた。  世界一の魔法使いでも、恋した人の怒りには、かなわなかった。

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