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第37話
凛々しいテノール歌手が、朗々と独唱で国歌を披露する。
スタンドの観客も、彼に併せて歌う。
フィールドに立つユーリは背を伸ばし顔を上げ、国王を真っ直ぐに見ながら歌う。
だが虚空は少しうつむき、王族のための特別席を視界に入れないようにしていた。
そちらを見ると、嫌でも遥斗が目に入る。
亡き弟にそっくりの、王子が。
(今ここで、心を乱すわけにはいかない)
それに、すぐ傍には茉希がいる。
虚空が頼んで、セコンドに入ってもらった茉希が。
(今ここで、彼を哀しませるわけにはいかない)
しかし、うつむき加減の虚空の心は、茉希に筒抜けだった。
(虚空さま、僕に気を遣ってますね?)
そんなこと、しなくてもいいのに。
時と場所が許さないので、茉希はため息をつくことは我慢した。
あくまで模擬戦なので、いくつかのルールが決められている。
虚空もユーリも、事前に教えられてはいたが、試合直前に最後の注意を改めて受けた。
まず、観覧者が余波を受けるような、広範囲に影響のある魔術は禁止。
次に、対戦相手を死亡させたり、重傷を負わせたりする魔術は禁止。
また、脳に働きかけて、相手の精神に深刻なダメージを与える魔術は禁止。
それから……。
真面目な顔をして、一つひとつに頷きながらも、ユーリは心の中で冷笑していた。
(禁止、禁止、禁止ばかりだ。そんなことだから、この世界の魔術は進歩しないんだよ)
彼がここへ召喚される前にいた世界では、戦争や内乱、紛争やテロなどが日常的だった。
そしてユーリは、そんな世界で傭兵として生きていたのだ。
常に、死と隣り合わせの、危険な職業。
そのような環境の中、魔力と魔術を実戦で鍛え上げてきた自信が、彼にはあった。
「相変わらずのポーカーフェイスだな、虚空は」
「これが地だ。気にするな」
注意が終わり、二人の魔導士は、試合前の短い会話を交わしていた。
「俺が勝つぜ。噂は、聞いてるだろ?」
「特訓やら修行やら、忙しかったようだな」
その通り、とユーリはニヤリと口の端を上げた
「ただ、努力や根性で強くなったわけじゃない。高い魔力は、もっとスマートに掴まなくっちゃ」
軽薄な彼らしいことだ、と虚空は呆れたが、彼が最後に言い残した言葉は不吉だった。
「……あんたみたいに、ね」
虚空は、返事をしなかった。
ただ、心の中で返していた。
(ユーリは、私の過去を知っているのか?)
悪魔と契約し、世界随一の魔力を手に入れたことを。
嫌な感じはしたが、セーフティーエリアへ戻り、茉希の顔を見ると落ち着いた。
「ユーリ様と、何か話したんですか?」
「彼は、何か隠している。私が悪魔と契約したことを、知っている風だった」
虚空は知らず知らずのうちに、眉間に皺を寄せていた。
虚空は、かつて悪魔と契約して、強い魔力を得た。
そして、そのことを知っているような素振りを見せた、ユーリだ。
(だが、知ったとしても、どうするつもりだ。彼に、何の得が……)
眉根を寄せて、深い皺を作って考える。
何かあると、すぐに眉間に皺を作る癖が、虚空にはあった。
ふと、そこへ、白い指先が触れてきた。
「また、しかめっ面してる。皺が消えなくなりますよ?」
茉希だ。
茉希が、虚空の立て皺を、指先で伸ばして戻しているのだ。
「そうだな。ありがとう、茉希」
「そろそろ、第一ラウンドです。どんな風に、開始しますか?」
虚空は、うなずいた。
ようやく、頭がスッキリした思いだ。
肝心の試合前に、いろいろと出来事が多かったが、茉希の一言で目が覚めた。
(戦う本人の私より、茉希の方がずっと真剣に考えている)
恥ずかしい。
恥だ、これは。
虚空は、戦術を茉希に提案した。
優秀なセコンドに、相談し始めた。
「ユーリは、何かを企んでいるようだ。ここは慎重に、セオリー通りに行こうと思う」
「例えば?」
「ロングレンジから、複数の火球を飛ばして、反応を見る」
ボクシングで言えば、基本の左ジャブから、と言ったところだ。
茉希は、軽く首を傾けた。
「それから?」
「うん。もし、ユーリが火球を打ち落としたら、その隙を狙って第二弾、第三弾と連続攻撃を……」
「それじゃダメです!」
「だ、ダメ!?」
まさかのダメ出しを喰らい、虚空は後ろへ仰け反った。
「そんな気の長いことじゃ、日が暮れてしまいます!」
「で、では、どうすれば良い?」
「多分ユーリ様も、初めて手合わせする虚空さまを、警戒してきます」
「そうか」
「同じように、様子をうかがうために軽く攻撃してくるでしょう」
「そうだな」
淡々と説明していた茉希が、突然クワッと目を見開いた。
「そこを、不意打ちで速攻!」
「え!?」
「驚いた相手が体勢を整える前に、連続攻撃!」
「ええっ!?」
「成功すれば、ノックアウトで即・試合終了です!」
「茉希……それでは、模擬戦の意味が無いのでは……?」
茉希の、意外に好戦的な一面を見た、虚空だった。
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