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第40話
開始線に立った虚空は、そこに待っていたユーリの様子に、軽く驚いた。
あれだけ、ダメージを与えたはずなのに。
這いながら、セーフティーエリアへ戻ったはずなのに。
彼は、背筋を伸ばして立っているのだ。
余裕の表情で、こちらを見ているのだ。
「遅かったな。待ちくたびれたぜ」
こんな憎まれ口まで、叩いて見せるユーリ。
虚空は、彼のセコンドの様子を、横目でうかがった。
「君のセコンドは、優れた回復魔術の使い手らしいな」
「あんなかすり傷、舐めれば治るぜ」
何かを隠しているような、企んでいるような、ユーリの表情だ。
アービターが登場したので、二人はお喋りをやめた。
彼は、虚空とユーリが共に戦えるか体調を診た後に、少し言いにくそうに注意をした。
「虚空さんは、あまり強大な魔術は控えてください。ユーリさんが、命を落としかねません」
「承知した」
「ユーリさんは、命の危険を感じたら、すぐにギブアップすること。いいですか?」
返事の代わりに、ユーリは地面に唾を吐いた。
「そんな不名誉なこと、できるかよ!」
それに、とすぐに言葉を継いだ。
「それに、命の危険を感じるのは、虚空の方だ!」
好戦的なユーリの態度に、アービターは身をすくめ、それから第二ラウンドの開始を宣言した。
『瞬殺できずに、第二ラウンドへ持ち越されたら。その時は、虚空さまは、どう戦いますか?』
虚空の耳には、まだ茉希の言葉が残っていた。
「慎重に、ではダメだったな。茉希」
『ラッシュをかけるんです。極大魔法を繰り出して、ガンガン行きましょう!』
名セコンド・茉希の作戦通り、虚空はすぐに呪文の詠唱を始めた。
「シェル・ルーブガヴ・リヤンクルア。焼き尽くせ、地獄の業火よ。ガム・ジャック!」
瞬く間に、轟炎の火球が虚空の元に現れた。
「ユーリの防御壁を貫け!」
思いきり攻撃をかける虚空に、アービターは警告する暇もない。
慌てて魔法壁を展開し、自分の身を守ることで精一杯だ。
観覧者たちも、息を飲んだ。
虚空の技は、まさに地獄の業火。
次の瞬間には、ユーリが燃え尽きるのでは、と呼吸を止めた。
だがしかし。
「そっくりそのまま、お返しするぜ! 消えろ!」
ユーリが、虚空の魔術を跳ね返したのだ。
「な、何ッ!?」
あまりにも想定外なユーリの反撃に、虚空は戸惑った。
自らが放った火球に襲われ、灼熱の打撃を受けていた。
「虚空さま!」
業火に包まれる虚空を見て、茉希は思わず叫んでいた。
がくがくと、足が震える。
「茉希、大丈夫だよ。虚空さまは、きっと無事だよ!」
「う……あぁ、あ……」
あまりのショックで、茉希は言葉を話せなくなっている。
こぶしを握りしめ、ただ虚空の生存を祈るしかない。
そこへ、あの声が響き渡った。
まだ、会ってから半年も経っていないのに、耳慣れた優しい声が。
「なるべく早く帰るようにする。茉希のために」
火球の炎は、ギリギリのところで防がれていた。
もちろん、虚空は無事だ。
彼を守る特殊な魔法陣は、周囲を驚かせた。
仕留めそこない悔しくはあったが、ユーリですら目を見張った。
「あれは……積層型球形立体魔法陣!?」
魔法陣を、球形になるまで幾重にも重ねた、鉄壁の防御壁だ。
それを見た会場の全員が、感嘆の声を上げていた。
古い魔導書でしか見たことのない、特殊な魔法陣。
それを実際に展開できる人間が、この世に存在したなんて!
観衆は声を上げ、拍手をし、虚空を称えた。
『すごいぞ、虚空!』
『いやぁ、勉強になります!』
『素敵ぃ! 惚れちゃうわぁ!』
観衆を味方につけた虚空だが、喜ぶどころか嫌な汗をかいていた。
「私の魔術を、そのまま跳ね返すということは……ユーリ、まさか!?」
「ふん。その面だと、大体の見当は付いてるようだな」
顔を上げ、虚空に対して嘲るように笑った後、ユーリは声を張った。
「珍しい魔法陣くらいで、喜ぶんじゃない! 虚空が、なぜこんなに強い魔力を手に入れたか、教えてやる!」
盛り上がり、騒いでいた観客は、ユーリが何か言っていることに気づいた。
そして、次の言葉に静まり返ることとなった。
「こいつは、悪魔と契約したんだ! だから、こんなにも強い魔力で凄い魔術を使えるんだ!」
ユーリの暴いた、虚空の秘密。
周囲に、恐怖のさざ波が広がっていった。
「虚空は、悪魔と契約した! だから、悪魔そのものなんだ!」
ユーリの言葉は、様々な考えを産んでいった。
『悪魔って、ホントにいるのか?』
『なんにせよ、恐ろしいことだわ!』
『卑怯じゃないか。悪魔の魔力で、人間と戦うなんて!』
困惑や恐怖、侮蔑の感情が渦巻く中、虚空だけは落ち着いていた。
いや、ユーリに対する覚悟が決まった。
「その、悪魔の魔力を跳ね返す力。ユーリ、君は天使と契約した。そうだな?」
「さすが、虚空。よく解っているな!」
ユーリは、ゆっくりと右腕を上げた。
その動作に併せて、純白の翼が現れる。
ただし、右側だけ。
「片翼の天使……ユーリよ、そちらの方が外道だな。殺した天使は、どう供養した?」
「供養? 知ったことじゃないな。翼を一枚もぎ取っただけで、死んじまうなんて。とんだ役立たずだ」
悪魔と対極を成す、天使の魔力。
それを手に入れたユーリは、勝ち誇った笑みを浮かべている。
虚空は、それを冷ややかに見つめた。
そしてユーリ側の謎のセコンドは、傍らに置いていた剣を掴んで立ち上がっていた。
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