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第43話

「僕は、虚空さまを守りたい!」 「ま、茉希!? どうしたのさ、茉希ったら!」  一緒にしゃがみ込んでいた亜希の元を離れ、真っ直ぐに背筋を伸ばして立つ、茉希。  そして彼は、まばゆい光を放っている。  背筋と同じく、真っ直ぐな視線の先には、虚空が魔人と対峙していた。  両者とも、高度な攻撃魔法の呪文を詠唱中だ。  魔人は、ユーリから奪った天使の力を、さっそく使っている。 「ヤヌマク・ウル・ハーク。天の光よ……」 「ヌゥグ・ラシュカーム。地の底に眠る同士よ……」  両者とも魔力を高め、後は相手に対して放つだけだ。  特に、魔人を包む光は強かった。  手に入れたばかりの力で、魔術を使うのだ。  彼は、少々張り切っていた。  張り切り過ぎていた。  調子に乗って、フルボリュームの魔力を放出していた。  そこに、茉希が近づいたことも、気付かなかった。  涙をとうとうと流しながらも、しっかりとした意志の光を持ったまなざし。  そんな様子の茉希に、虚空が気付いた。 「クジャルヌ……ま、茉希!?」  詠唱を、あと少しのところで中断してしまったが、虚空は構わず動いた。 「危ない!」  とっさに茉希をかばうように身をひるがえし、彼の前に立った。  虚空が動いたので、魔人は茉希の存在に気付いたが、彼は最後まで呪文を唱えた。  ニヤリと口の端を上げ、小馬鹿にするような仕草を取って。 (その身で茉希を守るつもりか。こいつも所詮、愚か者の一人に過ぎない)  美しく愛らしい茉希を失うのは、少し惜しい。 (だが、もう遅い。二人共々、いや、この闘技場全員みな、塵となって消えるがいい!)  魔人は、最後のスペルを唱えた。 「天の光よ、一切を浄化せよ。パラソ・ヤフ・ジュルゥガ!」  闘技場の人々は、この世の終わりのような光を見た。  誰もが、自分はもう死んでしまうのだと思った。  だが、最後まで諦めない男がいる。  それが、虚空だった。  歯を食いしばり、虚空は魔人の放った光に意識を飛ばされないよう踏ん張った。 (新しく呪文を唱えることはできないが、今展開している防御魔法に魔力を上乗せする!)  熟練の腕を持つ虚空だからできる、高度な技だ。  ギリギリの限界まで魔力を高め、虚空は魔人の術を防ごうとした。  自分とは対極にある属性の魔法攻撃に耐え、全ての魔力を放出し続け、虚空の体は軋んだ。  皮膚の一部が裂け、毛細血管が次々に切れた。  爪が割れ、血が噴き出した。  必死でこらえる虚空に、魔人は愉快そうに語り掛けてきた。 「なぜ、耐える? どうして、そこまでして頑張るんだ?」 「茉希のためだ!」 「だったら、茉希だけを守ればいいじゃないか。他の連中など、見捨ててしまえ」 「話せば長くなる!」 「しかし、お前はもうボロボロ……何だ? この光は?」  自分の魔術で展開された眩い光が、別の光に侵食されてきている。  そしてそれは、たちまちのうちに広がった。 「何だ、これは! あ、うぁ! 私の、力が! 魔力が、抜けていく!」  魔人の体から、泡となっては抜けていく、魔力。  その有様を、虚空は呆然と眺めていた。  体から魔力が抜けていく、奇妙な現象。  それは魔人だけでなく虚空にとっても、謎だ。  答えは、鈴を振るように清らかな声で、告げられた。 『コクウさまを、キズつける。そんなマリョクは、イりません』 「茉希!?」  虚空は、背後に首を捻った。  そこには、温かな光に包まれた、茉希がいる。  しかし、彼の様子はいつもと違っていた。  どこか遠くを見るような目をして、不思議な響きの声で話している。 「大丈夫か、茉希。どうした!?」  虚空が茉希を案じる一方で、魔人は身悶えして苦しんでいる。 「や、やめてくれ! 私から、魔力を、奪わないでくれぇえ!」  彼から抜けた魔力の光は、次々と茉希へ吸い込まれていくのだ。  虚空はただ、それを見守ることしかできなかった。 (茉希が、相手の魔力を奪い取る魔術を使っているのか?)  いや、違う。  もっと別の、強大な意志と力を発している。  そう思わせる、茉希の姿だった。  やがて魔人は全ての魔力を失い、一切の魔術が使えなくなってしまった。  うなだれ、膝をつき、絶望している憐れな男。  それが、今の魔人の姿。  いや、元・魔人の姿だった。 「良かった……」  虚空は安堵の息を吐き、防御壁を解いた。  だが、それで終わりではなかったのだ。  虚空の魔術に守られていた、闘技場の人々からも、魔力が光の泡となって離れ始めた。  そして、それは虚空も同じだった。  彼の莫大な量の魔力と、膨大な数の魔術。  それらも全て、光の泡となって体から離れていく。 「どういうことだ……しかし、妙に心地よい」 (茉希だ。茉希が、何かの力に目覚めたんだ。きっと、そうだ……)  そう思うと、まるで彼に優しく抱かれているように、心安らぐ。  指先で、髪を梳いてもらっているように、心温まる。  やがて虚空から、全ての魔力が茉希へと渡された。  闘技場の人々からも同じように、茉希は魔力を吸い取った。  魔人の攻撃のせいで、ボロボロになった虚空は、急に体が重くなり膝をついた。  激しい痛みも、現れ始めた。  それでも、彼に歩み寄る茉希に向かって、微笑んだ。 「君が魔力を全く持たないのは、無能力というわけじゃなかったんだ」  虚空の呼びかけに、茉希はやはり遠くを見つめたまま答えた。 『ボクはイマ、このセカイすべてのマリョクを、タバねました』 「とんでもない器の大きさだ。もともと魔力を持たなかったのは、今この時のためだったのかな?」  虚空は茉希に、そう呼びかけてみた。  しかし、彼は軽くうなずいて見せただけだった。  すぐに顔を上げ、両手を大きく広げ、詠唱を始めた。 『ラヴァ・ピゥズ。光よ、天に昇り、水に潜り、大地に滲み、緑に溶け……』  長い長い呪文を、虚空は瞼を閉じて聴いていた。  全てを茉希にゆだね、安らかな心地のまま、眠るように聴いていた。 『……全てを還せよ。ユウォク・ミ!』  シャボン玉が、静かにはじけるイメージが、虚空の心には浮かんでいた。 (あぁ、これで。この星の人間すべてが、無能力者になったんだ……) 「私も、全てを失った」 「でも、僕が傍にいます。僕は、僕だけは、ずっと虚空さまの傍にいます」 「茉希か? 良かった……元に戻ったんだな……」  微笑む茉希の顔が、虚空の目には見えなくなってきた。  周りが、どんどん暗くなる。  そのまま、虚空は意識を失っていった。

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