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第47話
「まいったな。シーツが、ぐちゃぐちゃだ」
虚空は精にまみれた寝具を手にして、わざとらしく言った。
横目でチラリと茉希を見ると、真っ赤な顔をしてうつむき震えている。
「誰かさんの、せいだな」
「僕のせいじゃ、ありません!」
「そうかな?」
「こ、虚空さまのも、混ざってるはずです!」
「私のは、ほら。全部、茉希のナカに出したから……」
「も、もうっ! いいかげんにしてください!」
枕を手に、茉希は虚空をバンバン叩いた。
彼は、それを腕で防ぎながら笑う。
微笑ましい、ピロートークの真っ最中に、異質な声が響いた。
「ずいぶん朗らかに笑えるようになったな、虚空よ」
その声に、虚空は一瞬にして緊張した。
(魔術の使えない今、私は戦えるのか?)
解らないまま、彼は手近にあった果物ナイフを構えた。
「誰だ!」
虚空はベッドから飛び降り、茉希の前へと立った。
茉希だけは、絶対に守る。
そんな強い気持ちで、彼をかばった。
「私を忘れてしまったのか? まぁ、数百年も昔に会ったきりだから、仕方が無いか」
喉で小さく笑いながら、声の主は何もない空間から現れた。
すっきりとした顔立ちの、美しい男性だ。
背の高い引き締まった体を、華やかな宮廷衣装が包んでいる。
俳優のような男だが、ひとつだけ人間とは大きく異なる特徴があった。
一目で、人外と解る特徴が。
そのため、彼を見た茉希は思わず声を漏らしていた。
「つ、角が! あの人は、まさか……」
「そうだ、茉希。彼の名は、サルガタナス。私と契約した、悪魔だよ」
程よくねじれる、立派な三本の角を持つ男。
声の主がサルガタナスと解ると、虚空はナイフの構えを解いた。
サルガタナスの異形の姿に、茉希は怯えていた。
(平気。あの人は、虚空さまの知り合いなんだから)
頭では解っていても、無意識のうちに恐怖が生まれてしまう。
そんな茉希の背を、虚空は優しくなだめるように、さすった。
「大丈夫だ。彼は、むやみに人を襲ったりしない」
「まるで野獣でも紹介するような、言い草だな」
サルガタナスは、笑い方すら紳士だ。
少し安心した茉希は、彼に椅子を勧めた。
「あの、こちらに掛けませんか? 僕、果物を用意しますから」
「ふむ。まるで病室とは思えない空間だな。五つ星ホテルの一室のようだ」
ずいぶん出世したのだな、とサルガタナスはソファに腰を下ろした。
虚空も彼の正面に座り、茉希は彼から受け取ったナイフで、果物の皮をむいた。
もてなしの準備を整えながら、耳をすませて虚空の話声を拾う、茉希だ。
その内容は、彼の運命にも関わるものだった。
「私は、あなたから授かった魔力を、全て失ってしまった。どうすれば良い?」
「虚空は、どうしたいんだ。また、強大な魔力を手にしたいのか?」
「それは……」
茉希が、フルーツを盛った皿を運んできたので、会話は中断された。
「どうぞ。ラククです」
「ありがとう。瑞々しくて、美味しそうだ」
サルガタナスも、無理に話を進めようとはしなかった。
茉希の出した果物を口にして、笑顔を見せた。
「これは美味い。魔界でも栽培したいくらいだ」
「あ、でも。ブランドの品質を守るため、苗を国外に持ち出すことは、禁止されてます」
すみません、と頭を下げる茉希に、サルガタナスは声を立てて笑った。
「ホントに素直な子だ! 名前は、茉希、だったかな? 虚空が、本気で惚れるわけだ!」
「サルガタナス! 本題に戻ろう!」
虚空も、茉希と同じくらい顔を赤くしていた。
ラククの果肉をすくう手を止め、サルガタナスはうなずいた。
「虚空が、私の与えた魔力を全て失った。これが、上司にバレてね」
「上司?」
「アスタロト様だ。美しいが、厳しい御方だ」
茉希も話の席に座ることを許され、ため息交じりに語るサルガタナスの顔を見ていた。
(たしか虚空さまは、全世界の魔人を消すために、サルガタナスさんと契約したんだ)
魔人以上の魔力を、サルガタナスから得た、虚空。
見返りに、全ての魔人を葬った後は、サルガタナスの部下になる。
それが、虚空が悪魔と交わした契約内容だ。
(自分以外の世界までも放浪し、虚空さまは戦い続けて来たんだ……」
茉希の思いに沿うように、サルガタナスは続けた。
「だが、虚空は魔力を失った。そして、彼が手を下していないのに、全魔人が消えた。魔力を失った魔人は、もう魔人とは呼ばないからな」
契約内容とは違う方法で、魔人が全て消えたのだ。
「これが、私の不手際だと、アスタロト様にガッツリ怒られたのだよ」
サルガタナスの契約違反により、虚空の運命は宙ぶらりんになってしまっていた。
「私も、人間となった魔人を探してまで、殺めようとは思わない」
「では、契約は中途解約、ということで良いか?」
「それが一番だろうな」
二人の会話を聞いていた茉希は、大声を上げていた。
「じゃあ、虚空さまは! 悪魔の従僕にならなくても、いいんですね!?」
大きな声は、喜びの色に染まっている。
サルガタナスは驚いたが、心から嬉しそうな茉希の姿に、目を細めた。
彼はソファから立ち上がって、両腕を天井に突き上げてまでいるのだ。
「安心しなさい。私はアスタロト様に、さんざん叱られたが、契約は白紙に戻った」
「良かった! 虚空さま、ずっと僕と、一緒……に……」
「どうしたんだ、茉希」
爆発したように喜んでいた茉希が、今度はしくしく泣き出したのだ。
「僕、嬉しくって。虚空さま、が、悪魔にならなくて。嬉し……い……」
涙を流し、しゃくり上げて喜ぶ茉希を、虚空はそっと抱きしめた。
「ありがとう、茉希。君は、そこまで考えていたのか。そこまで、心配してくれていたのか」
いつの間にか、サルガタナスの姿は消えていた。
再び二人きりになった病室は、甘いラククの香りと愛の匂いで、いっぱいだった。
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