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第8話 初恋はビターテイスト

 今夜の酒の肴を仕込むべく、 拓斗と玲は町に出ていた。  新鮮な食材を豊富に取り揃えた、新しい店ができたらしいと噂の、やや大きな町だ。  あまり足を向けることのないこの町は、ちょっと珍しい。  二人は、買い物を済ませた足でぶらりと散策していた。 「果物も買いたいな。ね、あの店は、どうかな?」 「ああ、いいね」  小綺麗なマーケットに入ろうと進むと、店の周辺には自転車が数台停められていた。  新しい町なので道路は比較的走りやすいし、このところの健康志向から自転車に乗る人間が増えているようだ。  中には、高価そうなロードバイクも停めてあった。 「わぁ、この自転車カッコいい!」 「オプションパーツも多いな。こだわってやがる」  そんな風にお喋りしながら店に入り、果物を選んで出てくると、さっきのロードバイクの回りに数人の少年がいる。 「カッコいい自転車だから興味が……違う。あの子達、何やってるのかな!?」  遠目にちらりと見ただけでは解かりにくいが、自転車からパーツを取り外してはバッグの中に押し込んでいるのだ。 「泥棒!?」  思わず走り出そうとする玲の腕を、拓斗は軽くつかんだ。 「よせよ。あいつらも必要でやってることだ」 「でも!」 「盗ってください、って言わんばかりに放置しとくヤツが、間抜けなんだよ」 「悪いことは、ダメだよ!」  玲は、拓斗の手を振り払った。  駆け足で少年たちに近寄る玲に、拓斗はやれやれと肩をすくめ、タバコに火をつけた。  何やら話している様子の玲だったが、幸い危険な相手ではなかったようだ。  やがて少年たちは、取り外した自転車のパーツをバッグから取り出し、地面に置いて立ち去っていった。 そして、意気揚々と戻ってくる玲だ。 「話せば解かる、良い子たちだったよ!」  玲はご機嫌だが、拓斗は苦笑いしてタバコの灰を落とした。 「なんて言って、やめさせたんだよ?」 「あの子たちの家庭、生活が苦しくて困ってるんだって。一昨日から、何にも食べてないんだって」  だから、僕がお金を渡して泥棒はやめさせたのだ、と胸を張る。  拓斗は喉で笑うと、タバコを携帯灰皿で揉み消した。 「全く、お人よしだな」  それ以上は、何も言わなかった。 (あいつら、明日になったら玲への恩も忘れるぞ。そしてまた、自転車泥棒を繰り返す)  ただ、玲の無邪気な正義感を頭ごなしに否定はしたくない。  だから、それ以上は何も言わなかった。  その晩の宅飲みは玲の部屋で開かれたが、もちろん秋也も合流した。  飲みながらの主な話題は、子どもの頃にやらかしたイタズラについて。  昼間の自転車泥棒の話から、自然に広がっていったものだ。  しかし、悪事といえば拓斗の独壇場。  秋也と玲は、面白おかしく語られる武勇伝の、もっぱら聞き役に回っていた。 「俺だってガキの頃は、しょっちゅう腹すかしてたんだ。自転車泥棒なんか、普通にやってたぜ」 「呆れた!」 「よく今まで、捕まらずに済んだな」  捕まるなんてヘマはしねえ、と拓斗は笑った。  やけに、ご機嫌だ。  だがそこで、お喋りがやんだ。 「いや……一回だけ、捕まったか」 「ほう」 「牢屋に入れられた?」  秋也と玲は、また何か面白いことを拓斗が披露するだろうと、待った。  しかし、今までのような歯切れのいい返事がない。  ぼんやりと、過去を思い起こしているような、拓斗の姿だった。 「拓斗?」 「おい、どうした」  玲と秋也の呼びかけに、拓斗はようやく我に返った。  それでもやはり、返答はない。  彼は軽く首を振ると、グラスを干した。  そして静かにグラスを置くと、上着を手にソファから立ち上がった。 「悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ。後は二人で、ゆっくりやってくれ」  きょとんとしている玲と秋也を置いて、拓斗はさっさと部屋を出て行ってしまった。  後に残された二人は顔を見合わせたが、拓斗の気まぐれは今に始まったことではない。 「女のところにでも、行くんだろう」 「うん。そうだね」  秋也にしてみれば、玲を独り占めする権利を獲得できたのだから、問題はない。  玲は、ぼんやりした拓斗の顔を思い出して、気がかりだ。  だが秋也の言うように、女の子の事を考えていたのなら、それはそれで癪な話だ。  今夜は二人きりで、と考えながら飲み続け、気付くと良い雰囲気になっていた。  どちらからともなく抱き合い、キスをし、夜に蕩けた。 「秋也、ダメだよ。ベッドに、連れてってよ」 「……」  ソファに玲を押し倒し、秋也が慌ただしく服をはだけてくる。  まだ拓斗のタバコの煙がくゆっているリビングで、二人はもつれあった。 「やっ、やッ、あぁ……ッ!」  秋也が動くたびに体がローテーブルに当たり、グラスの氷をカチカチ鳴らす。  充血していく頭の片隅に、やたらと冷たく澄んだその音を聞きながら、玲は熱くなっていった。  秋也と共に、昇りつめていった。  そんな夜の一週間ほど後に、相談がある、と玲に持ちかけられた時、秋也はあまり深く考えなかった。  玲の相談など、たかが知れている。 「どうせまた、些細なことだろう」  社員食堂で出されるオレンジが苦い。  バラの色がおかしい。  髪がうまくまとまらない。  そういう普段と変わらない、他愛のない相談なのだろうと、たかをくくっていた。 「拓斗の様子が、おかしいんだけど」  そう言われて初めて、玲の方をちゃんと見た。 「拓斗が?」 「そう」  二人は休憩室でコーヒーを飲みながら、拓斗について話した。 「昨夜、一緒だったんだけどね」 「む……」 (俺のいないところで、拓斗と玲が二人きり?)  秋也の胸はざわめいたが、それはつい最近自分も味わった幸福だ。  反論できない。 (拓斗が玲を独り占めしたとしても、これでお相子だ)  そんな風に平静を装いつつ、耳を傾けた。  だが、玲の口から出た言葉は、意外なものだった。 「昨夜、拓斗と一緒だったんだけどね。何にも、なかったんだ」 「何もなかった?」 「そう。何も」  詳しく玲に聞けば、キスはした、ということだ。  だが、これからもっと深く……となった時に拓斗は、はぐらかすように去っていったと言う。 「こないだみたいに『悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ』なんて言って」  玲の拓斗の真似は愛嬌があったが、それは確かに妙な話だ。 「本気で好きな子が、できたのかな?」 「それは無いだろう」  そうだったとしても、目の前の据え膳は、皿も残さず平らげる拓斗だ。  しかも、大切な玲を独り寝させるとは思えない。 「確かに、おかしいな」  秋也は、しょんぼりしている玲に、お前より大事な人間ができるとは考えられない、と声をかけて慰めた。 「俺も、拓斗と話をしてみるから」  そう、玲と約束して休憩室を後にした。 「拓斗。よかったら、今夜一緒に出かけないか」 「お前から、お誘いが来るとはね」  秋也の方から誘ってくる、となると。 (これは何かあるな?)  そう感じた、拓斗だ。  酒を飲みながらも難しい顔をして、説教めいた事を垂れてくるに違いない。 (それに、心当たりはあるしなぁ)  玲。  大切な玲を、放ったらかすような真似をしてしまったのだ。  不安に感じた彼が、秋也にそれを打ち明けたのだろう。 (秋也は、その理由を探るために、俺を誘ってきたんだな……)  こんな具合に、拓斗の胸の内は固まった。  そして案の定、向かい合ってグラスを手にしたとたんに、秋也は玲のことを口にした。 「何かあったのか? 玲は、お前を心配してたぞ」 「だろうなぁ。自己嫌悪~」  歌うように一言話して、拓斗はグラスを傾けた。  一気に飲み干し、新しい酒を造る。  そしてまた、飲む。  秋也が言葉を変えながら、どんなに問い詰めてみても、無駄だった。  のらりくらりとかわしては、拓斗は酒をあおっている。 (拓斗がこんな行動をとる時は、冷静さを欠いたら負けだ)  秋也は、これまでの経験から彼の気質を充分解かっていた。  だから、それに付き合い酒を飲んだ。  飲みながら秋也もまた玲と同じく、拓斗の異常に気づいた。 (ペースが速い。早すぎるぞ、拓斗)  いつもなら、味わい愛おしむように酒を飲む拓斗が、今夜は何かに追い立てられるように飲んでいる。  いや、飲むと言うより、酒に飲まれてしまっている。  終いには酔い潰れ、テーブルに突っ伏してしまった拓斗の肩を抱え上げ、秋也は店を出た。  夜風を受けて気持ちが戻った拓斗は、今度はやたら騒ぎ始めた。 「秋也クン! 今夜はパアッといこう!」 「もう充分、パアッとやってるじゃないか」 「女の子! 女の子と遊ぼう! ね、秋也クン!」 「女か……」  もうこうなったら、とことん付き合う覚悟を、秋也は固めた。  そして拓斗の足の向くまま、華やかな照明の店の前にやってきた。  だがしかし。 「やっぱ、やめよう……」 「何!?」  遊び好きの拓斗が、ここまできて、やっぱりやめよう、とは! 「拓斗。お前は、やっぱり何かおかしいぞ」 「うん、解かってる」 「自分でも解かっているなら、なぜ相談しない。玲や俺に!」  秋也の言葉が身に染みたのか、拓斗は場所を変えて飲もう、と言ってきた。  のろのろとやってきたのは、マンション。  確かに自分の部屋でなら、弱音も吐きやすいだろう。  酒瓶に、直に口をつけようとする拓斗をなだめ、秋也はグラスに酒を注いだ。  ぼんやりとそれを眺めていた拓斗だったが、渡されるなり一気に干した。  そして、たん、と音を立ててテーブルにグラスを置くと、ようやく重い口を開き始めた。 「実は俺……勃たなくなっちまって」 「それは、今現在お前は不能、ということか?」 「ああ、そうだ。お前のそのクソ真面目さに、今現在は感謝するぜ」  ただ冷静に、拓斗の告白を受け止めた、秋也だ。  そんな彼の、筋の通った性格に、拓斗の気持ちは少しだけ軽くなった。 「笑い飛ばしていいんだぜ? 不能野郎、ってさ」 「笑い飛ばす場合じゃないだろう……」  その夜は、二人でただ酒を飲んだ。  静かに、夜更けまで飲んだ。 「勃たなくなった!?」 「しッ! 声が大きい!」  玲と秋也は休憩室でコーヒーを飲みながら、拓斗について話した。 「その、つまり。エッチができなくなっちゃった、ってこと?」 「そういうことだ」  聞けば、病院で診てもらっても体には何も異常は見当たらなかったらしい。  遊ぶ時には絶対にスキンを付ける拓斗なので、確かにそれはないだろう。  考えられる原因と言えば……。 「……精神的なもの、だろうな」  精神的なもの、と玲は秋也の言葉を繰り返した。 「何か、ショックな出来事でもあったのかな」 「抱えきれないほどの不安が、あるのかもしれないな」 「それって、何だろう」 「俺にも解からん」  いくら訊いても、その理由に思い当たる話は拓斗の口から聞けなかった、と秋也はため息をついた。  二人であれこれ考えていると、玲が記憶を手繰るように、ぽつりぽつりと話し始めた。 「先週三人で飲んだ時には、まだ大丈夫だったってことだよね。だって、あの後は……」  そう。飲んだ後には、三人で睦み合うつもりでいたのだから。 「それを断って消えてから、おかしくなったというわけか」 「あの時のこと……といえば」  あの時は確か、拓斗の昔話を聞いていた。 「そういえば、一度自転車泥棒で捕まった、と言っていたな」 「あ、そうだった!」  そして何やら考え込むようなそぶりを見せ、消えたのだ。  一度自転車泥棒で捕まった、と話した後、何やら考え込むようなそぶりを見せた、拓斗。  その後、秋也と玲の前から消えて、性的不能に陥ってしまったのだ。 「もしかすると、捕まって警官にひどい目に合わされた、とか」 「それを思い出して、勃たなくなったってこと?」 「ああ、そうだ」  そう考えればつじつまが合う、と二人はうなずきあった。 「拓斗、可哀想だよ。何とか治してあげられないかな」 「うん……」 (少しくらいは良い薬になる、とも考えたが)  そんな思いが、秋也にはあった。  しかし、自分に置き換えてみると、笑って済ませられない。  秋也は知恵をしぼって、玲にある提案を持ちかけた。 「お前の協力があれば、治せるかもしれないぞ」 「僕、何でもやるよ! 教えて!」  休憩室の二人の周りに誰もいないことを確認し、秋也は玲に耳打ちした。  途端に、玲は大声を上げた。 「……秋也! それって、秋也の趣味なだけなんじゃない!?」 「ちちち、違う!」  真っ赤になる玲をなだめ、秋也は説得に必死になった。 「拓斗を、何とかしてあげたいんだろう!?」 「それは、そうだけど」 「今、考えられる最善策なんだ!」 「まぁ、確かに……」 「他に、玲のアイデアがあるなら言ってみろ!」 「思いつかないよ、僕には……」  いろいろと問答を繰り返し、秋也は数分後に玲の了解を得た。 「でも、準備が大変なんじゃないかな。そんなものって、どうすれば手に入るんだろ?」 「それは、俺に任せてくれ」 「やっぱり……秋也の趣味って……」 「違う!」  ちょっぴり秋也に不審を覚えながらも、玲はその後に拓斗を誘う段取りをつけた。  数日後、三人は秋也の部屋に集まった。  拓斗は気乗りがしない風だったが、玲に誘われれば嫌とは言えない。  先日、彼に悲しい思いをさせたこともあって、重い腰を上げた。  秋也、玲、そして拓斗の三人で、一応乾杯はした。  しかし、その時からすでに拓斗の心は、この飲み会から抜け出す方に向いていた。  さらに、秋也と玲もそれを薄々感じ取っていた。  ぎこちないながらも、飲んで食べて、ようやく盛り上がってきたのだが、拓斗は上着を手にするとソファから立ち上がった。 「悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ。後は二人でゆっくりやってくれ」 「まあ、待て」 「ちょ、何だよ。離せよ」 「いいから、座れ」  秋也は拓斗の腕を引き、玲はなぜかリビングから出ていった。  無理やりグラスを渡しながら、秋也は拓斗が逃げられないよう肩に腕を回し、囁いた。 「今夜はおもしろい趣向がある。もう少し、付き合え」 「おもしろい趣向?」 「玲がな、ウフフだぞ!」 「う、うふふ?」  真面目な秋也が、変なことを言っている。 「お前、酔ってやがるな」  拓斗はグラスを置いて逃げようとするが、秋也がそれを許さない。 「いいから、あと3分待て!」 「何なんだ!? 放しやがれ!」 「玲が、玲がな。ウフフ……ッ!」 「キモイ!」  嫌がる拓斗の腕をつかんだまま、秋也は無理やり彼を寝室へと引っ張っていった。  寝室のドアを開けると、ベッドの上に玲が腰掛けている。  オレンジ色のダウンライトで、その姿はハッキリと解らない。 「よく見ろ、拓斗!」 「はぁ? 見ろ、って……?」  そこで玲は、照明を明るくした。  ぱあっと両手を広げて、朗らかな声をあげてきた。 「じゃ~ん! 拓斗、いらっしゃ~い!」 「玲! お前、そッその格好は!?」  警察官の制服を着た玲が、ベッドの上から誘っているのだ! 「こ、これは!? 一体、何のおふざけだ!?」 「ふっふっふ。拓斗、お前を捕まえた警察官に、今夜はたっぷり仕返しをしてやれ」 「秋也! お前の声、妙にいやらしいぞ!?」  驚いて立ちすくんでいる拓斗を置いて、秋也は玲に近寄った。  そして、ベッドサイドに隠してあった手錠を取り出した。 「待って、秋也」 「何だい? 玲」 「まさか、その手錠で僕を」 「当たり前だろ? 他に誰がいる?」 「聞いてない! そこまでやる、って聞いてないからぁ!」  叫びも空しく、玲は後ろ手に手錠で拘束されてしまった。 「さあ! 拓斗、遠慮するな! 存分に可愛がってやれ!」 「拓斗! 秋也が、何だか怖いよ!」  そんな二人の茶番を、ぽかんと眺めていた拓斗だったが、やがて弾けたように笑い始めた。 「まったく二人とも、おバカなことしやがる!」  しかし、この趣向は完全に的外れではない。  拓斗は、ここは甘えて乗ってみることにした。  拓斗は、指を蠢かせながら、ベッドの上に転がされた制服姿の玲に迫った。 「会いたかったぜぇ、ナオミ。可愛がってやっからなぁ!」 「やっぱりダメ! やっぱりやめる!」 「ウフフ。いくら叫んでも、助けは来ないぞ」 「秋也のバカぁ!」  そうするうちに、玲の上に拓斗が跨ってきた。  後ろ手に、手錠をかけられているのだ。 (乱暴にされると、きっと痛いよぉ……)  想像した玲は、固く目をつむった。  しかし拓斗は、驚くほど紳士的だった。  ゆっくり唇を重ね、慈しむようについばんでくる。  それを、繰り返すだけ。  不思議に感じた玲は、自分から舌を伸ばしてみた。  すると拓斗は、ためらうように、そっと触れてきた。  そんな優しいキスの後、彼は小さくささやいたのだ。 「ナオミ。俺の名前、呼んでくれないか?」 「……拓斗」 「もっと」 「拓斗……拓斗……」  後はただ、優しく優しく制服の上から体を撫でるだけ。  せっせと制服を脱がせるのは、専ら秋也だ。 (拓斗、どうしたのかな。それに、ナオミ、って誰だろう……?)  玲が考え込む間、拓斗はひたすら甘い甘いキスを続けた。   「秋也……僕の、この格好は何かな?」 「警官らしさが残っていた方が、イイだろうと思って」 「呆れた! 僕、イヤだよ! こんな格好!」  秋也のエロい思いつきで、玲は上半身ははだけた制服、下半身はすっかり裸という姿になっていた。 「こんな、いやらしい格好! よく思いつくよね、秋也!」 「いや、これは我ながら良いアイデアだ!」  言い争う二人だが、拓斗だけは自分の意識に入り込んでいる。  そして、彼に優しいキスをもらいながらも、玲は心配だった。 (拓斗、ちゃんと感じてるかな)  腕が、せめて前で拘束されていれば、彼に触れることもできるのだが。 (秋也のせいだよ、もう!)  今更ながら、コスプレフェチの秋也を恨んだ。  そんな玲の心の声が通じたのか、拓斗がささやいた。 「何か、勃ってきたみたいだ」 「本当!?」  ちゅ、と軽く音を立てて可愛いキスをし、拓斗は玲から離れた。  そして、その体を抱えて起こし、ベッドの上へ座らせた。 「ナオミ、とは誰だ?」  秋也がローションを準備しながら、さりげなく訊いてきた。  おそらくは、拓斗と因縁のある警官の名前なのだろうが。  玲も、軽い緊張の中、拓斗の返事を待った。 「ガキの頃、俺を一度だけ捕まえた警官だよ」 「自転車泥棒の時?」 「そう」  拓斗は玲の頬に手を伸ばし、親指でその形のよい唇を撫でた。  そうしながら、話を続けた。 「腹が減ってるから盗みをやるんだ、って屁理屈こねた俺に、パンとか買って逃がしてくれたんだ」  その時の光景は、拓斗の胸に今でもしっかりと残っていた。   『その自転車、私と一緒に元の場所へ返しにいこうよ。ね?』 『ちぇっ、それじゃ商売にならねぇだろ!』 『どうして、こんなことするの?』 『腹が減ってるからだよ! 何か盗んで金に換えて、食うためにやってんだ!』  俺が悪いんじゃない、こんな社会がおかしいんだ。  そう喚き散らす拓斗の手を引いて、ナオミはコンビニへと連れて行った。 『じゃあ、今回は私のおごり! 何でも好きなもの買って!』 『な、何だよ。変なポリスだな……』 『大サービスするからさ! 食べ物以外でも、欲しいもの全部!』 『ま、マジかよ……?』  半信半疑で、パンやおむすびを買っていた拓斗だったが、次第にナオミと打ち解けていった。  一緒に雑誌を選んだり、くじでカッコいいフィギュアを当てたり。  彼は生まれて初めて、楽しい買い物を経験したのだ。  ぼんやりと、懐かしい思い出を語る拓斗に、玲はそっとキスをした。  秋也も、うなずいている。 「良い話だな……でも、なぜそれが不能の原因になるんだ?」  うん、と拓斗は髪をかき上げた。 「こないだ、そのこと思い出してさ。ナオミに、急に会いたくなったんだ」  彼女は別れ際に、名刺をくれた。  お腹がすいたら、いつでも連絡するように、と。  拓斗は心を入れ替えて、ちゃんと施設で暮らすようになった。  勉強もしたし、進学もした。  秋也と玲という親友に恵まれ、真面目な企業で働くようになった。 「俺も一人前になったことだし、ちゃんと御礼を言いたかったんだよ」  名刺の勤務地には、すでにナオミはいなかった。  警官という職業では、転勤はよくあることだ。  それでも、拓斗は彼女がすぐに見つかると思っていた。  警官を、続けてさえいれば。  だがしかし。 「いろんな所へ電話して、ナオミを探してみたんだよ。そしたら……」  拓斗の声は、どんどん小さくなっていく。  そして、振り絞るように言った。 「新婚旅行先で、爆破テロに巻き込まれて死んでたんだ」  拓斗は、玲の胸にすがりついて慟哭した。 「俺みたいなヤツが! 俺が、殺したようなもんだ! 屁理屈言って、自分を正当化するヤツに……!」  胸の中で震える拓斗の髪を、玲はその顎で撫でた。 「可哀想な拓斗」  それを気に病んで、彼は不能にまでなったのだ。 「僕に何かできることがあれば……」  そう言いかけた玲の後膣に、突然冷たいローションが塗りつけられた。 「ひゃッ!」 「拓斗、気にするな。お前は悪くない」  秋也が、ただ黙々と玲の後ろを慣らしてくる。 「ちょっと秋也、こんな時にエッチだなんて!」 「こんな時だからこそ、だ。拓斗、思いきり玲を抱け。そして、乗り越えろ」  秋也の言葉に、拓斗はわずかに顔を上げた。    拓斗をそっと慰めていた玲だったが、秋也のいたずらに悲鳴を上げた。 「やっ、あ。秋也ッ!」  玲の体を弄りながら、秋也は淡々と語る。 「拓斗。お前は、テロリストとは違う。自分の正義を振りかざして、他人に押し付けるような奴じゃない」  玲の胸に埋めていた拓斗の顔が、浮いた。 「決して、お前がナオミさんを殺めたわけじゃないんだ」 「秋也……」  拓斗だけでなく、玲も秋也の言葉を噛みしめた。  そして、つぶやいた。 「秋也。言うことはカッコいいけど、やってることは恥ずかしいよ?」 「そッ、それが人間というものだ!」 「バカだね、もう!」  玲は、拓斗を前にして膝立ちした。 「拓斗、僕にさせてよ」 「いいのか?」 「うん、やりたい。してあげたいんだ」  おずおずと差し出された拓斗のペニスに、玲は心を込めてキスをした。  舌でていねいに舐め上げ、先端に吸い付いた。 「……っふ」  拓斗は、息を吐いた。  首を仰け反らせ、玲に身を任せて瞼を閉じた。  拓斗の耳には、秋也が立てるローションの音が聞こえている。  玲の体内に入っている、その指を想像した。  激しくはないが、絶え間なく聞こえてくる。  静かな水音に、玲が口を使う唾液の音が混じる。  その中に、カチャリ、と金属音が響いた。  は、と拓斗は目を開いた。 (そうだった。玲は、手錠をかけられたままなんだ) 「んぁ……ぁん、あっ」  そこに、玲の悩ましい喘ぎが漏れる。  耳だけでなく、目で彼を確認すると、はだけた制服に裸の下半身だ。 (後ろ手に拘束で、中いじられながらフェラとか、どんだけエロいんだよ!)  どんどん昂ぶっていく心地を、拓斗は久々に感じていた。 「玲、動いてみてもいいか?」 「いいよ、来て!」  柔らかく温かい玲の喉奥まで突き入れながら、拓斗はすっかり自分を取り戻していた。  拓斗の視線の先には、眉をひそめて睫毛を濡らしている玲がいる。 「ん、んッ、んんぅ……」 「あっ、しまった。俺としたことが!」  フェラは巧い玲なのでむせる事はないが、それでもやはりディープスロートは苦しいのだろう。  腰をやる激しさを緩めると、彼はホッとしたように息をついた。  玲の口から再び現れた時、拓斗のものは猛々しく勃っている。  それを見た玲は、にっこり笑った。 「良かったね、拓斗」 「ありがとな、玲」  微笑み合う二人の間に、突然に秋也が割って入って来た。 「交代だ、拓斗」 「お、おう」 「充分慣らしといた。後は、思いっきり可愛がってやれ!」 「秋也。その喋り方、もうやめてくれないかな! 怖いよ!?」  これもいいかげん外して欲しいんだけど、と玲は手錠をカチャカチャいわせている。 「いやぁ、そのままでイッてみようぜぇ!」 「拓斗!?」 「いいぞ。乗ってきたな!」 「もう、バカばっかりだよ!」  もがく玲を後ろから抱きすくめ、拓斗は背面座位の姿勢で貫いていった。 「ぃやッ! あっあ、あぁあん!」 「うふふ。イヤと言いながら、感じているな?」 「秋也のバカぁ!」 「そんな悪い言葉を吐く口には、コレだ!」 「んぐッ!」  秋也のものが口にねじ込まれ、玲は黙らされた。 「ぅぐ、んッん! んぅうん!」  耳には拓斗の口が寄せられ、荒い息を吐きかけてくる。  ぺろり、と舌が伸ばされ、唇で耳たぶを食んでくる。 「ふぁっ。はっ、あ。あぁんッ!」 「あぁ、最高だ。すっげぇ感じるぜ」  拓斗の腰が、さらに激しく突き上げてくる。  腰を撫でていた手は胸まであがり、さらに小さな粒を弄り始めた。  中指の腹でくるりと転がし、圧迫してくる。  押しつぶし、つまんでは、また立たせてくる。  終いには人差し指と親指とでじっくりと擦られ、玲は身をよじって悲鳴をあげた。 「んあっ。あっあっ、やぁッ! はぁ、はッ、あぁああ!」  口がお留守になってしまう玲だったが、秋也は黙ってそのまま見守った。 (今日は、拓斗にあげた夜だ。あいつの好きにさせてやるさ)  拓斗が腰をやるたび、手錠の金属音が鳴る。  その音を聞きながら、秋也は胸をなでおろしていた。 「ありがとうな、秋也」 「お礼なら、玲に言うんだな」 「違いない」  二人の間で、すやすやと眠る玲。  その髪に、そっと触れた。  ようやく手錠は外され、自由になった腕で枕を抱いて眠っている。  彼を満たし、彼に満たされた、拓斗だ。 「だけどよ。まさか、コスプレで荒療治されるなんてなぁ」 「名案だろう」 「これも、玲の発案?」 「ん? ぃや……これは……」  モゴモゴと小さくなった秋也の声に、拓斗は目を見開いた。 「まさか、お前が!?」 「しッ! 声が大きい!」  玲が起きるだろう、とたしなめる秋也だが、照れ隠しであることは明らかだ。  一方、拓斗は驚きと呆れを隠せなかった。  まさか秋也が、こんなバカなプレイを思いつくとは! 「お前、こんな趣味があったのな……」 「ちちち、違う! これは、お前のためにやったことだ。他意はない!」 「嘘つけ」 「嘘じゃない!」  拓斗は笑った。  それでも、これで立ち直ることができたのは、現実であり真実なのだ。  秋也の治療法は不真面目だったが、彼の真面目な言葉は忘れない。 『拓斗。お前は、テロリストとは違う。自分の正義を振りかざして、他人に押し付けるような奴じゃない』   『決して、お前がナオミさんを殺めたわけじゃないんだ』  救われた、と拓斗は素直に感じていた。 『ね、拓斗。気持ちが落ち着いたら、ナオミさんを訪ねたらどうかな。お花と、お線香もって』 『おかげさまで、一人前になれました、って』  ピロートークで、玲がそんな提案をしてくれた。  名刺から彼女の足取りを辿るうちに、その墓所も確認できている。  そこに、ナオミは眠っているのだ。 「ナオミ……」 「拓斗、もう寝ろ」 「ああ、そうだな」  そうだな……。 (ナオミに、報告すっか。今、俺は幸せだ、って)  そして。 (白状すっか。あなたが、俺の初恋でした、って)  ナオミは、もういない。   でも、その思い出は忘れまい。  拓斗は、静かに目を閉じた。  ナオミの夢が、見られそうな気がしていた。

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