8 / 12
第8話 初恋はビターテイスト
今夜の酒の肴を仕込むべく、 拓斗と玲は町に出ていた。
新鮮な食材を豊富に取り揃えた、新しい店ができたらしいと噂の、やや大きな町だ。
あまり足を向けることのないこの町は、ちょっと珍しい。
二人は、買い物を済ませた足でぶらりと散策していた。
「果物も買いたいな。ね、あの店は、どうかな?」
「ああ、いいね」
小綺麗なマーケットに入ろうと進むと、店の周辺には自転車が数台停められていた。
新しい町なので道路は比較的走りやすいし、このところの健康志向から自転車に乗る人間が増えているようだ。
中には、高価そうなロードバイクも停めてあった。
「わぁ、この自転車カッコいい!」
「オプションパーツも多いな。こだわってやがる」
そんな風にお喋りしながら店に入り、果物を選んで出てくると、さっきのロードバイクの回りに数人の少年がいる。
「カッコいい自転車だから興味が……違う。あの子達、何やってるのかな!?」
遠目にちらりと見ただけでは解かりにくいが、自転車からパーツを取り外してはバッグの中に押し込んでいるのだ。
「泥棒!?」
思わず走り出そうとする玲の腕を、拓斗は軽くつかんだ。
「よせよ。あいつらも必要でやってることだ」
「でも!」
「盗ってください、って言わんばかりに放置しとくヤツが、間抜けなんだよ」
「悪いことは、ダメだよ!」
玲は、拓斗の手を振り払った。
駆け足で少年たちに近寄る玲に、拓斗はやれやれと肩をすくめ、タバコに火をつけた。
何やら話している様子の玲だったが、幸い危険な相手ではなかったようだ。
やがて少年たちは、取り外した自転車のパーツをバッグから取り出し、地面に置いて立ち去っていった。
そして、意気揚々と戻ってくる玲だ。
「話せば解かる、良い子たちだったよ!」
玲はご機嫌だが、拓斗は苦笑いしてタバコの灰を落とした。
「なんて言って、やめさせたんだよ?」
「あの子たちの家庭、生活が苦しくて困ってるんだって。一昨日から、何にも食べてないんだって」
だから、僕がお金を渡して泥棒はやめさせたのだ、と胸を張る。
拓斗は喉で笑うと、タバコを携帯灰皿で揉み消した。
「全く、お人よしだな」
それ以上は、何も言わなかった。
(あいつら、明日になったら玲への恩も忘れるぞ。そしてまた、自転車泥棒を繰り返す)
ただ、玲の無邪気な正義感を頭ごなしに否定はしたくない。
だから、それ以上は何も言わなかった。
その晩の宅飲みは玲の部屋で開かれたが、もちろん秋也も合流した。
飲みながらの主な話題は、子どもの頃にやらかしたイタズラについて。
昼間の自転車泥棒の話から、自然に広がっていったものだ。
しかし、悪事といえば拓斗の独壇場。
秋也と玲は、面白おかしく語られる武勇伝の、もっぱら聞き役に回っていた。
「俺だってガキの頃は、しょっちゅう腹すかしてたんだ。自転車泥棒なんか、普通にやってたぜ」
「呆れた!」
「よく今まで、捕まらずに済んだな」
捕まるなんてヘマはしねえ、と拓斗は笑った。
やけに、ご機嫌だ。
だがそこで、お喋りがやんだ。
「いや……一回だけ、捕まったか」
「ほう」
「牢屋に入れられた?」
秋也と玲は、また何か面白いことを拓斗が披露するだろうと、待った。
しかし、今までのような歯切れのいい返事がない。
ぼんやりと、過去を思い起こしているような、拓斗の姿だった。
「拓斗?」
「おい、どうした」
玲と秋也の呼びかけに、拓斗はようやく我に返った。
それでもやはり、返答はない。
彼は軽く首を振ると、グラスを干した。
そして静かにグラスを置くと、上着を手にソファから立ち上がった。
「悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ。後は二人で、ゆっくりやってくれ」
きょとんとしている玲と秋也を置いて、拓斗はさっさと部屋を出て行ってしまった。
後に残された二人は顔を見合わせたが、拓斗の気まぐれは今に始まったことではない。
「女のところにでも、行くんだろう」
「うん。そうだね」
秋也にしてみれば、玲を独り占めする権利を獲得できたのだから、問題はない。
玲は、ぼんやりした拓斗の顔を思い出して、気がかりだ。
だが秋也の言うように、女の子の事を考えていたのなら、それはそれで癪な話だ。
今夜は二人きりで、と考えながら飲み続け、気付くと良い雰囲気になっていた。
どちらからともなく抱き合い、キスをし、夜に蕩けた。
「秋也、ダメだよ。ベッドに、連れてってよ」
「……」
ソファに玲を押し倒し、秋也が慌ただしく服をはだけてくる。
まだ拓斗のタバコの煙がくゆっているリビングで、二人はもつれあった。
「やっ、やッ、あぁ……ッ!」
秋也が動くたびに体がローテーブルに当たり、グラスの氷をカチカチ鳴らす。
充血していく頭の片隅に、やたらと冷たく澄んだその音を聞きながら、玲は熱くなっていった。
秋也と共に、昇りつめていった。
そんな夜の一週間ほど後に、相談がある、と玲に持ちかけられた時、秋也はあまり深く考えなかった。
玲の相談など、たかが知れている。
「どうせまた、些細なことだろう」
社員食堂で出されるオレンジが苦い。
バラの色がおかしい。
髪がうまくまとまらない。
そういう普段と変わらない、他愛のない相談なのだろうと、たかをくくっていた。
「拓斗の様子が、おかしいんだけど」
そう言われて初めて、玲の方をちゃんと見た。
「拓斗が?」
「そう」
二人は休憩室でコーヒーを飲みながら、拓斗について話した。
「昨夜、一緒だったんだけどね」
「む……」
(俺のいないところで、拓斗と玲が二人きり?)
秋也の胸はざわめいたが、それはつい最近自分も味わった幸福だ。
反論できない。
(拓斗が玲を独り占めしたとしても、これでお相子だ)
そんな風に平静を装いつつ、耳を傾けた。
だが、玲の口から出た言葉は、意外なものだった。
「昨夜、拓斗と一緒だったんだけどね。何にも、なかったんだ」
「何もなかった?」
「そう。何も」
詳しく玲に聞けば、キスはした、ということだ。
だが、これからもっと深く……となった時に拓斗は、はぐらかすように去っていったと言う。
「こないだみたいに『悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ』なんて言って」
玲の拓斗の真似は愛嬌があったが、それは確かに妙な話だ。
「本気で好きな子が、できたのかな?」
「それは無いだろう」
そうだったとしても、目の前の据え膳は、皿も残さず平らげる拓斗だ。
しかも、大切な玲を独り寝させるとは思えない。
「確かに、おかしいな」
秋也は、しょんぼりしている玲に、お前より大事な人間ができるとは考えられない、と声をかけて慰めた。
「俺も、拓斗と話をしてみるから」
そう、玲と約束して休憩室を後にした。
「拓斗。よかったら、今夜一緒に出かけないか」
「お前から、お誘いが来るとはね」
秋也の方から誘ってくる、となると。
(これは何かあるな?)
そう感じた、拓斗だ。
酒を飲みながらも難しい顔をして、説教めいた事を垂れてくるに違いない。
(それに、心当たりはあるしなぁ)
玲。
大切な玲を、放ったらかすような真似をしてしまったのだ。
不安に感じた彼が、秋也にそれを打ち明けたのだろう。
(秋也は、その理由を探るために、俺を誘ってきたんだな……)
こんな具合に、拓斗の胸の内は固まった。
そして案の定、向かい合ってグラスを手にしたとたんに、秋也は玲のことを口にした。
「何かあったのか? 玲は、お前を心配してたぞ」
「だろうなぁ。自己嫌悪~」
歌うように一言話して、拓斗はグラスを傾けた。
一気に飲み干し、新しい酒を造る。
そしてまた、飲む。
秋也が言葉を変えながら、どんなに問い詰めてみても、無駄だった。
のらりくらりとかわしては、拓斗は酒をあおっている。
(拓斗がこんな行動をとる時は、冷静さを欠いたら負けだ)
秋也は、これまでの経験から彼の気質を充分解かっていた。
だから、それに付き合い酒を飲んだ。
飲みながら秋也もまた玲と同じく、拓斗の異常に気づいた。
(ペースが速い。早すぎるぞ、拓斗)
いつもなら、味わい愛おしむように酒を飲む拓斗が、今夜は何かに追い立てられるように飲んでいる。
いや、飲むと言うより、酒に飲まれてしまっている。
終いには酔い潰れ、テーブルに突っ伏してしまった拓斗の肩を抱え上げ、秋也は店を出た。
夜風を受けて気持ちが戻った拓斗は、今度はやたら騒ぎ始めた。
「秋也クン! 今夜はパアッといこう!」
「もう充分、パアッとやってるじゃないか」
「女の子! 女の子と遊ぼう! ね、秋也クン!」
「女か……」
もうこうなったら、とことん付き合う覚悟を、秋也は固めた。
そして拓斗の足の向くまま、華やかな照明の店の前にやってきた。
だがしかし。
「やっぱ、やめよう……」
「何!?」
遊び好きの拓斗が、ここまできて、やっぱりやめよう、とは!
「拓斗。お前は、やっぱり何かおかしいぞ」
「うん、解かってる」
「自分でも解かっているなら、なぜ相談しない。玲や俺に!」
秋也の言葉が身に染みたのか、拓斗は場所を変えて飲もう、と言ってきた。
のろのろとやってきたのは、マンション。
確かに自分の部屋でなら、弱音も吐きやすいだろう。
酒瓶に、直に口をつけようとする拓斗をなだめ、秋也はグラスに酒を注いだ。
ぼんやりとそれを眺めていた拓斗だったが、渡されるなり一気に干した。
そして、たん、と音を立ててテーブルにグラスを置くと、ようやく重い口を開き始めた。
「実は俺……勃たなくなっちまって」
「それは、今現在お前は不能、ということか?」
「ああ、そうだ。お前のそのクソ真面目さに、今現在は感謝するぜ」
ただ冷静に、拓斗の告白を受け止めた、秋也だ。
そんな彼の、筋の通った性格に、拓斗の気持ちは少しだけ軽くなった。
「笑い飛ばしていいんだぜ? 不能野郎、ってさ」
「笑い飛ばす場合じゃないだろう……」
その夜は、二人でただ酒を飲んだ。
静かに、夜更けまで飲んだ。
「勃たなくなった!?」
「しッ! 声が大きい!」
玲と秋也は休憩室でコーヒーを飲みながら、拓斗について話した。
「その、つまり。エッチができなくなっちゃった、ってこと?」
「そういうことだ」
聞けば、病院で診てもらっても体には何も異常は見当たらなかったらしい。
遊ぶ時には絶対にスキンを付ける拓斗なので、確かにそれはないだろう。
考えられる原因と言えば……。
「……精神的なもの、だろうな」
精神的なもの、と玲は秋也の言葉を繰り返した。
「何か、ショックな出来事でもあったのかな」
「抱えきれないほどの不安が、あるのかもしれないな」
「それって、何だろう」
「俺にも解からん」
いくら訊いても、その理由に思い当たる話は拓斗の口から聞けなかった、と秋也はため息をついた。
二人であれこれ考えていると、玲が記憶を手繰るように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「先週三人で飲んだ時には、まだ大丈夫だったってことだよね。だって、あの後は……」
そう。飲んだ後には、三人で睦み合うつもりでいたのだから。
「それを断って消えてから、おかしくなったというわけか」
「あの時のこと……といえば」
あの時は確か、拓斗の昔話を聞いていた。
「そういえば、一度自転車泥棒で捕まった、と言っていたな」
「あ、そうだった!」
そして何やら考え込むようなそぶりを見せ、消えたのだ。
一度自転車泥棒で捕まった、と話した後、何やら考え込むようなそぶりを見せた、拓斗。
その後、秋也と玲の前から消えて、性的不能に陥ってしまったのだ。
「もしかすると、捕まって警官にひどい目に合わされた、とか」
「それを思い出して、勃たなくなったってこと?」
「ああ、そうだ」
そう考えればつじつまが合う、と二人はうなずきあった。
「拓斗、可哀想だよ。何とか治してあげられないかな」
「うん……」
(少しくらいは良い薬になる、とも考えたが)
そんな思いが、秋也にはあった。
しかし、自分に置き換えてみると、笑って済ませられない。
秋也は知恵をしぼって、玲にある提案を持ちかけた。
「お前の協力があれば、治せるかもしれないぞ」
「僕、何でもやるよ! 教えて!」
休憩室の二人の周りに誰もいないことを確認し、秋也は玲に耳打ちした。
途端に、玲は大声を上げた。
「……秋也! それって、秋也の趣味なだけなんじゃない!?」
「ちちち、違う!」
真っ赤になる玲をなだめ、秋也は説得に必死になった。
「拓斗を、何とかしてあげたいんだろう!?」
「それは、そうだけど」
「今、考えられる最善策なんだ!」
「まぁ、確かに……」
「他に、玲のアイデアがあるなら言ってみろ!」
「思いつかないよ、僕には……」
いろいろと問答を繰り返し、秋也は数分後に玲の了解を得た。
「でも、準備が大変なんじゃないかな。そんなものって、どうすれば手に入るんだろ?」
「それは、俺に任せてくれ」
「やっぱり……秋也の趣味って……」
「違う!」
ちょっぴり秋也に不審を覚えながらも、玲はその後に拓斗を誘う段取りをつけた。
数日後、三人は秋也の部屋に集まった。
拓斗は気乗りがしない風だったが、玲に誘われれば嫌とは言えない。
先日、彼に悲しい思いをさせたこともあって、重い腰を上げた。
秋也、玲、そして拓斗の三人で、一応乾杯はした。
しかし、その時からすでに拓斗の心は、この飲み会から抜け出す方に向いていた。
さらに、秋也と玲もそれを薄々感じ取っていた。
ぎこちないながらも、飲んで食べて、ようやく盛り上がってきたのだが、拓斗は上着を手にするとソファから立ち上がった。
「悪ぃけど、ちょいと用を思い出したぜ。後は二人でゆっくりやってくれ」
「まあ、待て」
「ちょ、何だよ。離せよ」
「いいから、座れ」
秋也は拓斗の腕を引き、玲はなぜかリビングから出ていった。
無理やりグラスを渡しながら、秋也は拓斗が逃げられないよう肩に腕を回し、囁いた。
「今夜はおもしろい趣向がある。もう少し、付き合え」
「おもしろい趣向?」
「玲がな、ウフフだぞ!」
「う、うふふ?」
真面目な秋也が、変なことを言っている。
「お前、酔ってやがるな」
拓斗はグラスを置いて逃げようとするが、秋也がそれを許さない。
「いいから、あと3分待て!」
「何なんだ!? 放しやがれ!」
「玲が、玲がな。ウフフ……ッ!」
「キモイ!」
嫌がる拓斗の腕をつかんだまま、秋也は無理やり彼を寝室へと引っ張っていった。
寝室のドアを開けると、ベッドの上に玲が腰掛けている。
オレンジ色のダウンライトで、その姿はハッキリと解らない。
「よく見ろ、拓斗!」
「はぁ? 見ろ、って……?」
そこで玲は、照明を明るくした。
ぱあっと両手を広げて、朗らかな声をあげてきた。
「じゃ~ん! 拓斗、いらっしゃ~い!」
「玲! お前、そッその格好は!?」
警察官の制服を着た玲が、ベッドの上から誘っているのだ!
「こ、これは!? 一体、何のおふざけだ!?」
「ふっふっふ。拓斗、お前を捕まえた警察官に、今夜はたっぷり仕返しをしてやれ」
「秋也! お前の声、妙にいやらしいぞ!?」
驚いて立ちすくんでいる拓斗を置いて、秋也は玲に近寄った。
そして、ベッドサイドに隠してあった手錠を取り出した。
「待って、秋也」
「何だい? 玲」
「まさか、その手錠で僕を」
「当たり前だろ? 他に誰がいる?」
「聞いてない! そこまでやる、って聞いてないからぁ!」
叫びも空しく、玲は後ろ手に手錠で拘束されてしまった。
「さあ! 拓斗、遠慮するな! 存分に可愛がってやれ!」
「拓斗! 秋也が、何だか怖いよ!」
そんな二人の茶番を、ぽかんと眺めていた拓斗だったが、やがて弾けたように笑い始めた。
「まったく二人とも、おバカなことしやがる!」
しかし、この趣向は完全に的外れではない。
拓斗は、ここは甘えて乗ってみることにした。
拓斗は、指を蠢かせながら、ベッドの上に転がされた制服姿の玲に迫った。
「会いたかったぜぇ、ナオミ。可愛がってやっからなぁ!」
「やっぱりダメ! やっぱりやめる!」
「ウフフ。いくら叫んでも、助けは来ないぞ」
「秋也のバカぁ!」
そうするうちに、玲の上に拓斗が跨ってきた。
後ろ手に、手錠をかけられているのだ。
(乱暴にされると、きっと痛いよぉ……)
想像した玲は、固く目をつむった。
しかし拓斗は、驚くほど紳士的だった。
ゆっくり唇を重ね、慈しむようについばんでくる。
それを、繰り返すだけ。
不思議に感じた玲は、自分から舌を伸ばしてみた。
すると拓斗は、ためらうように、そっと触れてきた。
そんな優しいキスの後、彼は小さくささやいたのだ。
「ナオミ。俺の名前、呼んでくれないか?」
「……拓斗」
「もっと」
「拓斗……拓斗……」
後はただ、優しく優しく制服の上から体を撫でるだけ。
せっせと制服を脱がせるのは、専ら秋也だ。
(拓斗、どうしたのかな。それに、ナオミ、って誰だろう……?)
玲が考え込む間、拓斗はひたすら甘い甘いキスを続けた。
「秋也……僕の、この格好は何かな?」
「警官らしさが残っていた方が、イイだろうと思って」
「呆れた! 僕、イヤだよ! こんな格好!」
秋也のエロい思いつきで、玲は上半身ははだけた制服、下半身はすっかり裸という姿になっていた。
「こんな、いやらしい格好! よく思いつくよね、秋也!」
「いや、これは我ながら良いアイデアだ!」
言い争う二人だが、拓斗だけは自分の意識に入り込んでいる。
そして、彼に優しいキスをもらいながらも、玲は心配だった。
(拓斗、ちゃんと感じてるかな)
腕が、せめて前で拘束されていれば、彼に触れることもできるのだが。
(秋也のせいだよ、もう!)
今更ながら、コスプレフェチの秋也を恨んだ。
そんな玲の心の声が通じたのか、拓斗がささやいた。
「何か、勃ってきたみたいだ」
「本当!?」
ちゅ、と軽く音を立てて可愛いキスをし、拓斗は玲から離れた。
そして、その体を抱えて起こし、ベッドの上へ座らせた。
「ナオミ、とは誰だ?」
秋也がローションを準備しながら、さりげなく訊いてきた。
おそらくは、拓斗と因縁のある警官の名前なのだろうが。
玲も、軽い緊張の中、拓斗の返事を待った。
「ガキの頃、俺を一度だけ捕まえた警官だよ」
「自転車泥棒の時?」
「そう」
拓斗は玲の頬に手を伸ばし、親指でその形のよい唇を撫でた。
そうしながら、話を続けた。
「腹が減ってるから盗みをやるんだ、って屁理屈こねた俺に、パンとか買って逃がしてくれたんだ」
その時の光景は、拓斗の胸に今でもしっかりと残っていた。
『その自転車、私と一緒に元の場所へ返しにいこうよ。ね?』
『ちぇっ、それじゃ商売にならねぇだろ!』
『どうして、こんなことするの?』
『腹が減ってるからだよ! 何か盗んで金に換えて、食うためにやってんだ!』
俺が悪いんじゃない、こんな社会がおかしいんだ。
そう喚き散らす拓斗の手を引いて、ナオミはコンビニへと連れて行った。
『じゃあ、今回は私のおごり! 何でも好きなもの買って!』
『な、何だよ。変なポリスだな……』
『大サービスするからさ! 食べ物以外でも、欲しいもの全部!』
『ま、マジかよ……?』
半信半疑で、パンやおむすびを買っていた拓斗だったが、次第にナオミと打ち解けていった。
一緒に雑誌を選んだり、くじでカッコいいフィギュアを当てたり。
彼は生まれて初めて、楽しい買い物を経験したのだ。
ぼんやりと、懐かしい思い出を語る拓斗に、玲はそっとキスをした。
秋也も、うなずいている。
「良い話だな……でも、なぜそれが不能の原因になるんだ?」
うん、と拓斗は髪をかき上げた。
「こないだ、そのこと思い出してさ。ナオミに、急に会いたくなったんだ」
彼女は別れ際に、名刺をくれた。
お腹がすいたら、いつでも連絡するように、と。
拓斗は心を入れ替えて、ちゃんと施設で暮らすようになった。
勉強もしたし、進学もした。
秋也と玲という親友に恵まれ、真面目な企業で働くようになった。
「俺も一人前になったことだし、ちゃんと御礼を言いたかったんだよ」
名刺の勤務地には、すでにナオミはいなかった。
警官という職業では、転勤はよくあることだ。
それでも、拓斗は彼女がすぐに見つかると思っていた。
警官を、続けてさえいれば。
だがしかし。
「いろんな所へ電話して、ナオミを探してみたんだよ。そしたら……」
拓斗の声は、どんどん小さくなっていく。
そして、振り絞るように言った。
「新婚旅行先で、爆破テロに巻き込まれて死んでたんだ」
拓斗は、玲の胸にすがりついて慟哭した。
「俺みたいなヤツが! 俺が、殺したようなもんだ! 屁理屈言って、自分を正当化するヤツに……!」
胸の中で震える拓斗の髪を、玲はその顎で撫でた。
「可哀想な拓斗」
それを気に病んで、彼は不能にまでなったのだ。
「僕に何かできることがあれば……」
そう言いかけた玲の後膣に、突然冷たいローションが塗りつけられた。
「ひゃッ!」
「拓斗、気にするな。お前は悪くない」
秋也が、ただ黙々と玲の後ろを慣らしてくる。
「ちょっと秋也、こんな時にエッチだなんて!」
「こんな時だからこそ、だ。拓斗、思いきり玲を抱け。そして、乗り越えろ」
秋也の言葉に、拓斗はわずかに顔を上げた。
拓斗をそっと慰めていた玲だったが、秋也のいたずらに悲鳴を上げた。
「やっ、あ。秋也ッ!」
玲の体を弄りながら、秋也は淡々と語る。
「拓斗。お前は、テロリストとは違う。自分の正義を振りかざして、他人に押し付けるような奴じゃない」
玲の胸に埋めていた拓斗の顔が、浮いた。
「決して、お前がナオミさんを殺めたわけじゃないんだ」
「秋也……」
拓斗だけでなく、玲も秋也の言葉を噛みしめた。
そして、つぶやいた。
「秋也。言うことはカッコいいけど、やってることは恥ずかしいよ?」
「そッ、それが人間というものだ!」
「バカだね、もう!」
玲は、拓斗を前にして膝立ちした。
「拓斗、僕にさせてよ」
「いいのか?」
「うん、やりたい。してあげたいんだ」
おずおずと差し出された拓斗のペニスに、玲は心を込めてキスをした。
舌でていねいに舐め上げ、先端に吸い付いた。
「……っふ」
拓斗は、息を吐いた。
首を仰け反らせ、玲に身を任せて瞼を閉じた。
拓斗の耳には、秋也が立てるローションの音が聞こえている。
玲の体内に入っている、その指を想像した。
激しくはないが、絶え間なく聞こえてくる。
静かな水音に、玲が口を使う唾液の音が混じる。
その中に、カチャリ、と金属音が響いた。
は、と拓斗は目を開いた。
(そうだった。玲は、手錠をかけられたままなんだ)
「んぁ……ぁん、あっ」
そこに、玲の悩ましい喘ぎが漏れる。
耳だけでなく、目で彼を確認すると、はだけた制服に裸の下半身だ。
(後ろ手に拘束で、中いじられながらフェラとか、どんだけエロいんだよ!)
どんどん昂ぶっていく心地を、拓斗は久々に感じていた。
「玲、動いてみてもいいか?」
「いいよ、来て!」
柔らかく温かい玲の喉奥まで突き入れながら、拓斗はすっかり自分を取り戻していた。
拓斗の視線の先には、眉をひそめて睫毛を濡らしている玲がいる。
「ん、んッ、んんぅ……」
「あっ、しまった。俺としたことが!」
フェラは巧い玲なのでむせる事はないが、それでもやはりディープスロートは苦しいのだろう。
腰をやる激しさを緩めると、彼はホッとしたように息をついた。
玲の口から再び現れた時、拓斗のものは猛々しく勃っている。
それを見た玲は、にっこり笑った。
「良かったね、拓斗」
「ありがとな、玲」
微笑み合う二人の間に、突然に秋也が割って入って来た。
「交代だ、拓斗」
「お、おう」
「充分慣らしといた。後は、思いっきり可愛がってやれ!」
「秋也。その喋り方、もうやめてくれないかな! 怖いよ!?」
これもいいかげん外して欲しいんだけど、と玲は手錠をカチャカチャいわせている。
「いやぁ、そのままでイッてみようぜぇ!」
「拓斗!?」
「いいぞ。乗ってきたな!」
「もう、バカばっかりだよ!」
もがく玲を後ろから抱きすくめ、拓斗は背面座位の姿勢で貫いていった。
「ぃやッ! あっあ、あぁあん!」
「うふふ。イヤと言いながら、感じているな?」
「秋也のバカぁ!」
「そんな悪い言葉を吐く口には、コレだ!」
「んぐッ!」
秋也のものが口にねじ込まれ、玲は黙らされた。
「ぅぐ、んッん! んぅうん!」
耳には拓斗の口が寄せられ、荒い息を吐きかけてくる。
ぺろり、と舌が伸ばされ、唇で耳たぶを食んでくる。
「ふぁっ。はっ、あ。あぁんッ!」
「あぁ、最高だ。すっげぇ感じるぜ」
拓斗の腰が、さらに激しく突き上げてくる。
腰を撫でていた手は胸まであがり、さらに小さな粒を弄り始めた。
中指の腹でくるりと転がし、圧迫してくる。
押しつぶし、つまんでは、また立たせてくる。
終いには人差し指と親指とでじっくりと擦られ、玲は身をよじって悲鳴をあげた。
「んあっ。あっあっ、やぁッ! はぁ、はッ、あぁああ!」
口がお留守になってしまう玲だったが、秋也は黙ってそのまま見守った。
(今日は、拓斗にあげた夜だ。あいつの好きにさせてやるさ)
拓斗が腰をやるたび、手錠の金属音が鳴る。
その音を聞きながら、秋也は胸をなでおろしていた。
「ありがとうな、秋也」
「お礼なら、玲に言うんだな」
「違いない」
二人の間で、すやすやと眠る玲。
その髪に、そっと触れた。
ようやく手錠は外され、自由になった腕で枕を抱いて眠っている。
彼を満たし、彼に満たされた、拓斗だ。
「だけどよ。まさか、コスプレで荒療治されるなんてなぁ」
「名案だろう」
「これも、玲の発案?」
「ん? ぃや……これは……」
モゴモゴと小さくなった秋也の声に、拓斗は目を見開いた。
「まさか、お前が!?」
「しッ! 声が大きい!」
玲が起きるだろう、とたしなめる秋也だが、照れ隠しであることは明らかだ。
一方、拓斗は驚きと呆れを隠せなかった。
まさか秋也が、こんなバカなプレイを思いつくとは!
「お前、こんな趣味があったのな……」
「ちちち、違う! これは、お前のためにやったことだ。他意はない!」
「嘘つけ」
「嘘じゃない!」
拓斗は笑った。
それでも、これで立ち直ることができたのは、現実であり真実なのだ。
秋也の治療法は不真面目だったが、彼の真面目な言葉は忘れない。
『拓斗。お前は、テロリストとは違う。自分の正義を振りかざして、他人に押し付けるような奴じゃない』
『決して、お前がナオミさんを殺めたわけじゃないんだ』
救われた、と拓斗は素直に感じていた。
『ね、拓斗。気持ちが落ち着いたら、ナオミさんを訪ねたらどうかな。お花と、お線香もって』
『おかげさまで、一人前になれました、って』
ピロートークで、玲がそんな提案をしてくれた。
名刺から彼女の足取りを辿るうちに、その墓所も確認できている。
そこに、ナオミは眠っているのだ。
「ナオミ……」
「拓斗、もう寝ろ」
「ああ、そうだな」
そうだな……。
(ナオミに、報告すっか。今、俺は幸せだ、って)
そして。
(白状すっか。あなたが、俺の初恋でした、って)
ナオミは、もういない。
でも、その思い出は忘れまい。
拓斗は、静かに目を閉じた。
ナオミの夢が、見られそうな気がしていた。
ともだちにシェアしよう!

