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「参ったな……」
身動きが取れないまま、安らかな眠りに就く久弥を見つめ、何とはなしに手を伸ばす。
緩やかに頬を指で撫でれば、くすぐったそうに顔を背けるので、柔らかな髪へと触れる。
適当に毛束を摘まみ、くるりと絡め取りながら弄び、滑らかで繊細な質感を感じ取る。
無防備な姿を見下ろし、暫く酔っ払いで遊んでいると、辺りに盛大な笑い声が響き渡る。
我に返って顔を上げれば、何がそんなに面白いのか、腹を抱えて笑い転げている男女が映り込む。
まあ、あれだけ飲んでれば箸が転んでもおかしいか。
半ば呆れつつ、そういえばと腕時計を確かめてみると、とうに21時を回っている。
「まだまだ、これからってやつですか」
空き缶が散乱し、食べかけの料理には目もくれずに笑い合う面々を見渡し、長い夜になりそうだと諦めつつある。
「れぇ~……、トイレ。おしっこ」
「ああ、はいはい。子供か、お前は」
どんちゃん騒ぎを気にする事もなく寝ていた久弥であったが、どうやら催したらしく、ゆっくりとした動作で身体を起こしていく。
床に手を付き、甘えるような仕草で見上げられ、熱っぽく潤う瞳に不覚にもドキリと胸が高鳴ったような気がした。
「ほら、立てるか」
「ん~、立てない。れえ君、おんぶして」
「調子に乗んな。支えてやるから一緒に行くぞ。ったく、世話の焼ける……」
何とか立たせ、ふらつく足取りを支えながら歩くも、靴が無い事に気が付く。
「おい、久弥。靴はどこだ」
「え~、わかんない」
「ああ、もう……。ちょっと待ってろ。いいか、じっとしてろよ」
眠そうに目を擦り、こくりと頼りなげに頷いたのを確認して、急いで辺りを見回す。
彼が最初に座っていた位置に目星を付け、人や物を踏まないように足元を見つめ、レジャーシートの上を素早く突き進んでいく。
そうして辿り着いた先に、久弥がいつも履いている靴を草むらに見つけ、手早く拾い上げて来た道を戻る。
「久弥、これだったよな」
「あ~、それそれ。俺のお気に入りのくつ~」
久弥の足元に揃えて置き、彼の背中を自然と支えつつ、辿々しく靴を履こうとする青年を見守る。
同時に傍らで靴を履き、世話が焼けるとは思いながらもきちんと身に付けた事を確認し、ようやく目的の場所を目指すべく行動を開始する。
足元なんてふらついて、支えがないとすぐにでも崩れ落ちてしまいそうな久弥を抱え、見渡した視線の先にトイレを発見する。
何とか歩いてはいるものの、頼り切った様子で凭れ掛かり、きっと自分が今何処を歩いているのかも分かっていない。
歩調を合わせ、転ばぬように身体を支えながら、ゆっくりとした足取りで目的地へと向かっていく。
何でこんな事してるんだろうな、とは思うも、久弥を見捨てる程の非情さは持ち合わせていなかった。
「久弥、着いたぞ」
ざわめきが遠くのほうで聞こえ、静かなトイレには他に人の気配は無い。
ようやく辿り着いて、ふらふらしている久弥を後ろから支え、小便器の前までやってくる。
背を預けたままぼんやりしているので、軽く肩を叩くと覚束ない手つきで前を寛げ、寝ぼけ眼で自身を取り出す。
横顔を覗き込むと、相変わらず無警戒で蕩けた表情をしており、気を抜けば今にも此処で寝てしまいそうな危うさがある。
「終わったか?」
「うん、おわった」
声を掛ければ、幼い子供のような間延びした返事が聞こえてきて、明朗快活な大学生とは到底思えない。
「なら、早くしまえ」
予定が狂ったが、速やかに世話を終えて抜け出す事を諦めず、久弥に身支度をさせるべく声を掛ける。
しかし、相変わらず凭れ掛かったまま、なかなか言う通りに動き出そうとせず、用を足した状態で手を下ろしている。
「久弥? おい、寝てないだろうな」
「う~ん、できない。れぇ君、しまって?」
「は……?」
予想外の言葉に、動揺のあまり頭の中が一瞬真っ白になる。
「れぇ……、おねがい。して……?」
頬を擦り寄せ、熱情を宿らせているかのような上目遣いで、無防備な姿を晒け出す。
思わず後退りすれば、凭れていた久弥が体勢を崩し、咄嗟に腰へと腕を回して支えてしまう。
やばい……、俺はコイツをどうするつもりだ……。
今まで友達として、これから先もそのまま続いていくと疑いもしていなかった関係が、少しずつ変わり始めている事から目を逸らしたい。
酔っているだけだと頭では分かっていながらも、確実に狼狽えた心が久弥の見え方を変えていく。
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