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第19話 島の結婚式
島へ着いた時、最初に見えたのは白だった。
海沿いの斜面へ、白い家々が重なるように並んでいる。屋根や窓枠には青が入り、その向こうには陽光を跳ね返す海が広がっていた。
港から続く坂道には、葡萄とオリーブを積んだ荷車が行き交っている。
オルヴァンが足を止めた。
「綺麗ですね」
「うん」
アデマールも隣に並ぶ。
潮風が白いシャツの裾を揺らした。
「まず何する?」
「お腹が空きました」
「俺も」
結論は早かった。
****
港近くの食堂では、焼いた魚へ香草と油をたっぷりかけた料理が出た。
丸いパン。
オリーブ。
葡萄の葉で肉と穀物を包んだもの。
冷たい白葡萄酒。
オルヴァンは小皿のオリーブを一つ食べ、少し考えてからもう一つ取った。
「好き?」
「この塩気、好きです」
アデマールが自分の皿から魚の身を一切れ取る。
「これも食べて」
「アデは?」
「まだある」
オルヴァンが口を開ける。
そのまま食べさせる。
「おいしいです」
「だろ」
隣の卓で大きな笑い声が起きた。
見ると、十人ほどの男女が酒を飲んでいる。
中央には二人の成人男性。
一人は日焼けした島の漁師らしい男。
もう一人は、少し離れた島から来たらしく、白い祝い布を肩へ掛けていた。
二人とも非常に機嫌がいい。
その周りで家族らしい者たちが、
「昼はこっちのやり方で!」
「夜はうちのやり方がいい!」
と声を張っていた。
喧嘩というより、皆が自分の案を通したくて騒いでいる。
祝い布の男が卓を叩いた。
「じゃあ両方やろう!」
一瞬静かになった。
漁師の男が笑う。
「それでいいな!」
両家から拍手が起きた。
オルヴァンが葡萄酒の杯を止める。
「結婚式みたいですね」
「たぶん」
二人はまた食事へ戻った。
しばらくして、先ほどの漁師がこちらへやってきた。
「旅の人?」
アデマールが頷く。
「今日着いた」
「運がいいな。今日、俺たち結婚するんだ」
胸を張る。
祝い布の男も後ろから来た。
「旅人も参加していいよ。人が多い方が楽しい」
オルヴァンが目を丸くする。
「僕たちもですか?」
「もちろん。夫夫?」
アデマールがすぐ答えた。
「うん」
「じゃあ先輩じゃん」
祝い布の男が嬉しそうに笑う。
「ぜひ来てよ」
オルヴァンがアデマールを見る。
「行きたいです」
「俺も」
昼食を食べに入っただけで、結婚式へ参加することになった。
****
午後の式は、島の広場で始まった。
白壁の家々の間へ長卓が並び、その上には料理と酒が次々と運ばれる。
音楽も始まった。
子どもたちが花を撒く。
年配の女性たちが葡萄の葉で作った冠を新郎二人の頭へ乗せた。
アデマールとオルヴァンも、いつの間にか手伝いへ混ざっていた。
「そこの葡萄、こっちへ!」
「持ってくる」
アデマールが大籠を抱える。
一つ。
もう一つ。
さらに三つ。
近くの男が声を上げた。
「そんなに持たなくていい!」
「平気」
「籠の底が心配なんだよ!」
「そっち?」
アデマールは素直に二籠へ減らした。
少し離れたところでは、オルヴァンが子どもたちと花を分けていた。
小さな女の子が花籠を抱えて尋ねる。
「どれを撒けばいいの?」
オルヴァンは色の違う花を何本か並べた。
「好きなのを選んでいいと思いますよ」
「じゃあ全部」
「それが一番華やかですね」
女の子は満足して走っていった。
その背中を見送り、オルヴァンが振り返る。
アデマールが葡萄籠を運び終えたところだった。
目が合う。
アデマールが笑う。
オルヴァンも笑った。
それだけで、二人とも少し機嫌がよくなる。
****
式が始まる。
新郎二人が広場の中央へ並んだ。
島の年長者が短い祝詞を述べる。
長々とした儀式は続かなかった。
互いに指輪を渡す。
一人が緊張して落としかける。
もう一人が笑いながら拾う。
周囲も笑う。
そして、抱き合った。
大きな拍手が起きる。
オルヴァンも拍手していた。
隣のアデマールが、いつの間にかオルヴァンの左手を握っている。
指には、二人の結婚指輪。
オルヴァンも指を絡めた。
「思い出しました?」
「何を?」
「僕たちの時」
アデマールが少し笑う。
「オル、めちゃくちゃ泣いてた」
「アデも泣いていました」
「俺はちょっと」
「僕の肩、かなり濡れましたよ」
「それはオルの涙も混ざってた」
「では二人分ですね」
新郎たちが口づける。
また歓声。
アデマールがオルヴァンを見る。
「俺たちもする?」
「今ですか?」
「したい」
オルヴァンは笑って、アデマールの襟を少し引いた。
軽く唇が重なる。
離れたあとも、手はつないだままだった。
****
祝いの食事は夕方まで続いた。
大皿に盛られた魚。
香草を詰めた鶏。
焼いた野菜。
蜂蜜と木の実の菓子。
葡萄酒。
食べている間にも誰かが歌い始める。
別の誰かが踊る。
新郎たちは何度も席を離れ、家族や友人のところへ挨拶へ行っていた。
やがて、先ほど声をかけてきた新郎の一人が二人の卓へ来た。
「先輩夫夫」
アデマールが顔を上げる。
「俺たち?」
「他にいないだろ」
新郎は空いていた椅子へ座った。
「結婚生活の秘訣、一言だけ教えてよ」
オルヴァンがアデマールを見る。
アデマールも見る。
「一言?」
「一言」
アデマールは少し考えた。
オルヴァンを見る。
それから笑う。
「毎日ちゃんと好きって言う」
新郎が頷いた。
「なるほど」
「オルはすごいんだよ。頭いいし、魔法も上手いし、飯食ってる時すげえ幸せそうだし、眠いと俺にくっついてくるし――」
「アデ」
「あと強情な時あるけど、そこも好きで――」
「一言ですよ」
オルヴァンが笑いながら止める。
新郎も笑っていた。
「もう一言じゃなくなってる」
「まだ半分くらいなんだけど」
「残りはいらない」
「じゃあオル」
振られたオルヴァンは、少し考えた。
「僕は、相手がしてくれることを当たり前にしないことだと思います」
今度はアデマールが静かになった。
オルヴァンは続ける。
「アデは毎日僕に優しいです。何年一緒にいても、僕の好きなものを覚えていて、疲れていたら抱いてくれて、僕が何かできたら喜んでくれます」
アデマールの目元が柔らかくなる。
「だから僕も、嬉しい時は嬉しいと言います。好きな時は好きと言います」
新郎は何度か頷いた。
「それ、もらう」
「どうぞ」
「そっちの勇ましい方より参考になる」
「俺のもよくない?」
「途中から惚気だった」
「最初から惚気ですよ」
オルヴァンが当然のように言った。
新郎が大笑いする。
アデマールはオルヴァンの肩を抱き寄せた。
「オル、大好き」
「僕も大好きです」
新郎は立ち上がった。
「もう聞くことないわ」
二人はそのまま笑って見送った。
****
夜になると、祝いの場所は海辺へ移った。
今度はもう一方の家のやり方だった。
昼より人数は少ない。
海へ向かって灯りを並べ、家族と親しい友人だけで音楽を奏でる。
靴を脱いで砂浜を歩く者もいる。
新郎二人も祝い着の上着を脱ぎ、ずっと笑っていた。
オルヴァンは裸足になって波打ち際へ行った。
小さな波が足首へ触れる。
「冷たい」
アデマールも隣へ来る。
「戻る?」
「気持ちいいです」
「じゃあ俺も」
靴を脱ぐ。
二人で海へ入る。
波が来るたびに少し避ける。
逃げ損ねる。
オルヴァンの裾が濡れた。
「アデ!」
「俺じゃないだろ!」
「アデが引っ張ったからです!」
「波来たから!」
笑いながら砂浜へ戻る。
そのまま音楽の輪へ誘われた。
昼の広場よりゆっくりした曲だった。
アデマールがオルヴァンの腰へ手を回す。
オルヴァンは肩へ腕を置いた。
ゆっくり揺れる。
「踊るの、上手くなりましたね」
オルヴァンが言う。
「俺、元々才能あったんじゃない?」
「それはどうでしょう」
「ひどくない?」
「でも、アデと踊るの好きです」
アデマールが黙った。
ほんの少しだけ。
「俺も」
オルヴァンの腰を抱く腕が強くなる。
曲は続いている。
周囲でも夫婦や恋人が踊っていた。
少し離れたところでは、新郎二人が額を寄せて笑っている。
アデマールの視線がそこへ行き、またオルヴァンへ戻る。
「オル」
「はい」
「結婚してくれてありがとな」
オルヴァンの目が大きくなった。
次の瞬間、柔らかく細まる。
「こちらこそ」
「今も?」
「今も、これからもです」
アデマールの喉が動いた。
オルヴァンはその変化を見た。
「アデ?」
「……ごめん」
「何がです?」
「今、すげえ抱きたい」
オルヴァンの頬が少し赤くなる。
アデマールは腰へ回した腕を緩めようとした。
「祝いの途中だし。宿戻るまで待つ」
オルヴァンがその腕を掴んだ。
離させない。
「待たなくていいです」
「オル」
「抱きしめるくらいなら」
「それ以上もしたい」
今度はオルヴァンが黙った。
波の音。
音楽。
遠くの笑い声。
アデマールは困ったように笑う。
「ほら。だからちょっと離れ――」
オルヴァンが首へ腕を回した。
「離れません」
アデマールの呼吸が止まる。
「僕も、今すごくアデが好きです」
「いつもだろ」
「いつもより、いっぱいです」
その言葉で、アデマールの方が先に耐えられなくなった。
強く抱きしめる。
オルヴァンも同じだけ抱き返す。
唇が重なる。
一度で終わらない。
離れて、また重なる。
オルヴァンの指がアデマールの髪へ入る。
アデマールは頬、耳の下、首筋へ口づけた。
「アデ」
「ごめん。止まれない」
「止めなくていいです」
オルヴァンの声も少し熱くなっていた。
「僕も止まりたくありません」
また唇が重なる。
今度は長い。
曲が一つ終わった。
二人はまだ離れていなかった。
近くを通った新郎が笑う。
「先輩夫夫、宿そっちじゃないよ」
アデマールがようやく顔を上げた。
「……帰る」
「そうした方がいいと思う」
オルヴァンも頬を赤くしたまま笑った。
「お祝い、ありがとうございました」
「こっちの台詞だよ。来てくれてありがと」
新郎が手を振る。
「幸せにな!」
アデマールが答える。
「そっちも!」
オルヴァンも手を振った。
二人は靴を持ったまま、砂浜を宿へ戻った。
途中まで手をつないでいた。
途中から、アデマールがオルヴァンの肩を抱いた。
最後には、オルヴァンの方から腰へ腕を回していた。
****
部屋へ入った途端、アデマールが扉を閉めた。
振り返る。
オルヴァンがそこにいる。
祝いの席でもらった白い花が、まだ髪へ一輪残っていた。
アデマールの視線が止まる。
「オル」
「はい」
「可愛い」
オルヴァンが笑う。
「アデも格好いいです」
「それ今言う?」
「言いたかったので」
アデマールが近づく。
「もう我慢しなくていい?」
「僕も我慢していました」
それだけで十分だった。
唇が重なる。
アデマールが祝い着の襟へ指を掛ける。
オルヴァンもアデマールの上着へ手を伸ばした。
互いの服を緩める。
肩から布が落ちる。
アデマールの手が露わになった肌へ触れる。
オルヴァンが小さく息を吐き、その手を自分の手で押さえた。
「もっと触ってください」
「オル」
「欲しいです」
アデマールの表情が崩れた。
「俺も」
抱き上げる。
オルヴァンが脚を絡める。
寝台へ近づく間にも、何度も唇が重なった。
「アデ」
「ん?」
「今日は離さないでください」
「離さない」
「何度でも?」
アデマールが額を合わせる。
「何度でも」
オルヴァンが嬉しそうに目を細めた。
「僕もです」
二人の身体が寝台へ重なる。
窓の外では、海辺の音楽がまだ遠く続いていた。
****
夜が深くなった頃。
オルヴァンは薄い毛布に包まり、アデマールの胸の中へ収まっていた。
汗ばんだ髪が額へ貼りついている。
アデマールが指でその髪を払う。
頬を撫でる。
オルヴァンは目を閉じたまま、その手へ頬を寄せた。
「アデ」
「ん?」
「幸せです」
アデマールはしばらく何も言わず、背中を抱いた。
それから髪へ口づける。
「俺も」
オルヴァンが少し身体を起こした。
毛布が肩から落ちる。
アデマールがすぐ引き上げる。
「寒い?」
「少し」
「おいで」
「もういます」
「もっと」
オルヴァンが笑って、さらに胸へ寄る。
腕枕へ頭を置き、脚を絡めた。
「アデ」
「ん?」
「明日の朝、海を見に行きたいです」
「行こう」
「葡萄畑も」
「行こう」
「オリーブも」
「全部行こう」
「眠くないんですか?」
「オルがまだ喋ってるから」
「僕のせいです?」
「うん。好きだから聞いてたい」
オルヴァンの目元がまた潤んだ。
「今日、もう十分好きって言ってもらいました」
「明日の分も言う?」
「明日は明日で言ってください」
「分かった」
アデマールが頬へ口づける。
「今日は大好き」
オルヴァンも胸元へ口づけた。
「僕もです」
二人はそのまま、波の音を聞きながら眠った。
****
翌朝。
朝食は寝台で食べることになった。
宿の主人が持ってきてくれた籠には、焼きたてのパン、白いチーズ、葡萄、蜂蜜。
アデマールは上半身へシャツだけ羽織り、寝台の背へ寄りかかっている。
オルヴァンは毛布に包まったまま、その隣に座っていた。
葡萄を一粒取る。
食べる。
もう一粒。
今度はアデマールへ差し出す。
「甘いです」
「うん」
「昨日の結婚式、楽しかったですね」
「楽しかった」
アデマールは葡萄を食べたあと、オルヴァンの左手を取った。
結婚指輪へ親指を滑らせる。
「オル」
「はい」
「今日も好き」
オルヴァンが笑う。
「僕も、今日も大好きです」
寝台の上で軽く唇が重なった。
そのあと二人は普通にパンを食べ、どの葡萄畑へ行くか相談を始めた。
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