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第27話 昔の俺たちより強い?

町へ入った途端、広場から大きな歓声が聞こえた。 アデマールが首を伸ばす。 「何だろ」 「行ってみます?」 オルヴァンが言うと、アデマールはすぐ頷いた。 広場には若い男女が何十人も集まっていた。 革鎧を着た者、弓を背負った者、杖を持った者。 周囲には屋台が並び、観客が柵越しに声援を送っている。 入口の立て札には、 『若手冒険者競技会』 と大きく書かれていた。 「面白そう」 アデマールの声が弾む。 「見ます?」 「見る」 二人は串焼きを一つずつ買い、観客の列へ混ざった。 ちょうど始まったのは障害走だった。 参加者たちが一斉に飛び出す。 丸太を越え、縄を登り、泥場を走り抜ける。 最後は低い城壁を模した木製の壁を乗り越えて鐘を鳴らす。 先頭の青年が壁へ飛びついた。 腕だけで身体を引き上げ、上から身を投げる。 着地。 最後の鐘を叩く。 歓声が上がった。 「速いな」 アデマールが串焼きを食べながら感心する。 「上手でしたね」 「俺らより強そうじゃない?」 オルヴァンが隣を見る。 「アデはもっと無茶でした」 「褒めてる?」 「褒めていません」 「じゃあオルは?」 「僕は賢かったです」 「自分で言う?」 「アデよりは」 「そこ比較する?」 オルヴァンが笑う。 次の競技では弓使いたちが並んだ。 遠くへ置かれた小さな的へ、次々と矢が刺さる。 中央へ当たるたび、観客から歓声が上がった。 アデマールはすっかり夢中になっていた。 「あの子すごい。三本とも同じとこ」 「風が変わる前に撃っていますね」 「分かる?」 「旗がほとんど動いていませんでしたから」 「あ、そっか」 隣にいた少年が二人の会話を聞き、ちらりとこちらを見た。 アデマールは気づかず、次の矢へ拍手していた。 **** 昼には広場の一角で模擬戦が始まった。 剣を持った二人が円の中へ入る。 武器は刃を潰した競技用。 合図と同時に、一人が前へ出た。 もう一人が受ける。 打ち合う。 下がる。 また踏み込む。 「いいな」 アデマールが身を乗り出す。 「楽しそうですね」 「俺もやりたい」 「参加資格、二十五歳までですよ」 「無理か」 「残念でした」 アデマールは本気で残念そうだった。 少し離れた場所で、若い冒険者たちが話している。 「昔の勇者って、これくらいの歳で何してたんだろうな」 「もう魔獣倒してたんじゃない?」 「勇者アデマールなんて、若い頃から化け物みたいだったって聞いたぞ」 アデマールの眉が上がる。 オルヴァンはすぐ隣で笑いを堪えていた。 「化け物だって」 「聞こえています」 「俺そんなだった?」 「かなり」 「オルもだろ」 若者たちはまだ話している。 「賢者オルヴァンはもっと凄かったらしいぞ。全部先に分かってたって」 オルヴァンの笑みが止まる。 今度はアデマールが楽しそうになる。 「全部先に分かってたって」 「聞こえています」 「本当?」 「そんなわけないでしょう」 「でも賢かったじゃん」 「アデよりは」 「またそれ言う」 二人は肩を寄せたまま笑った。 やがて模擬戦が終わる。 勝った青年が大きく息を吐きながら仲間のところへ戻ると、皆が肩を叩いた。 負けた方も笑っている。 「次は勝つからな!」 「また来年な!」 観客席から拍手が起きた。 オルヴァンも嬉しそうに手を叩く。 「いいですね」 「うん」 「みんな楽しそうです」 アデマールはしばらく若者たちを眺めていた。 「俺たちも、あんなだったかな」 「もっと落ち着きがありませんでした」 「俺が?」 「四人ともです」 「シビラも?」 「一番怒っていました」 「それは今もじゃん」 オルヴァンが吹き出した。 **** 午後の最後は力比べだった。 広場の中央へ、大きな丸石が三つ運び込まれる。 一番小さいものでも大人二人ほどの幅がある。 参加者は石を持ち上げ、印のついた台まで運ぶ。 一人目が腰を落とす。 両腕で抱える。 立つ。 観客が声を上げる。 数歩。 さらに数歩。 台へ置く。 大歓声。 「すごい」 オルヴァンが拍手した。 「腰ちゃんと入れてるな」 アデマールも真剣に見ている。 次の参加者はさらに大きな石へ挑戦した。 持ち上がる。 しかし二歩で落とす。 悔しそうに笑い、自分より少し小さな石へ移った。 何人も挑み、記録を競う。 最終的に、大柄な獣人の青年が一番大きな石を台まで運んだ。 広場が沸いた。 青年は両腕を上げる。 仲間たちが飛びついた。 「優勝!」 「やったな!」 アデマールも思い切り拍手する。 「強いなあ」 「楽しそうですね、アデ」 「楽しいよ。こういうの好き」 競技が終わると、観客が少しずつ散り始めた。 二人も屋台へ向かおうとする。 その途中、係員たちが競技用の石を片づけ始めた。 一番小さい石に四人。 真ん中に六人。 一番大きな石には十人ほど集まる。 「せーの!」 少し浮く。 また下ろす。 「もう一回!」 アデマールが足を止めた。 「大変そう」 オルヴァンも見る。 「重いですからね」 「手伝っていいかな」 「聞いてみたらどうです?」 アデマールはそのまま係員へ近づいた。 「これ、どこまで持ってくの?」 係員が振り返る。 「倉庫までです。向こうの門の横」 「持ってくよ」 「え?」 アデマールは一番大きな丸石の前へ立った。 両腕を回す。 持ち上げた。 「……あ」 係員の口が開く。 アデマールは石を抱えたまま振り返った。 「あそこ?」 「……はい」 「分かった」 歩き出す。 広場に残っていた若手冒険者たちが、一人ずつ動きを止めた。 競技の優勝者も見ている。 十人で運ぼうとしていた石が、アデマールの腕の中にある。 普通に歩いている。 門の横へ着く。 「ここでいい?」 係員が何度も頷いた。 「はい……」 アデマールは石を下ろした。 ごとん。 振り返る。 広場が静かだった。 「……どうしたの?」 誰も答えない。 オルヴァンは少し離れたところで、口元を押さえていた。 優勝した獣人青年が恐る恐る尋ねる。 「兄さん、それ……何で持てるんだ?」 「え?」 アデマールが自分の腕を見る。 「力あるから?」 「そういう話か?」 近くの若者が呟いた。 別の一人がアデマールの黒い手袋を見る。 さらに別の一人がオルヴァンを見る。 誰かが小さな声を出した。 「まさか」 アデマールがオルヴァンを見る。 「オル、屋台行こう」 「はい」 二人は普通に歩き出した。 背後から声が飛ぶ。 「ちょっと待って! あんた何者!?」 アデマールは振り返らず片手を上げた。 「観光客!」 「絶対違うだろ!」 広場から笑い声が起きた。 **** 二人は揚げ芋を買い、噴水の縁へ座った。 アデマールが一つ食べる。 「うまい」 オルヴァンも隣で食べる。 「さっきの石、競技中に持っていたら優勝でしたね」 「二十五歳までだろ?」 「そういう問題ですか?」 「参加できないから仕方ない」 オルヴァンが笑う。 少し向こうでは、若手冒険者たちがまだこちらを見ている。 アデマールは気づいている様子もなく、揚げ芋をもう一つ食べた。 「でも、みんな強かったな」 「はい」 「俺たちの若い頃よりちゃんとしてる」 「それはそうですね」 「即答?」 「皆さん、競技の順番を守っていました」 「俺も守るよ」 「アデは冒険者時代、受付へ割り込みました」 「急いでたんだよ」 「依頼を受けるために?」 「腹減ってたから食堂行きたくて」 オルヴァンが目を細める。 「覚えていますよ」 「何でそんなの覚えてるの」 「アデのことですから」 アデマールが揚げ芋を食べる手を止めた。 「昔の俺のこと、結構覚えてるよな」 「長く一緒にいましたから」 「そんなに昔の俺好きだった?」 オルヴァンは少し考えるようにアデマールを見る。 「好きでしたよ」 「過去形?」 「今のアデの方が好きです」 アデマールの表情が一気に明るくなる。 「ほんと?」 「はい」 「どのくらい?」 「昔よりずっと」 「俺も今のオルが一番好き」 「ありがとうございます」 アデマールは嬉しそうにオルヴァンの肩へ身体を寄せた。 「でも昔のアデも好きですよ」 「全部好きじゃん」 「はい」 アデマールが固まる。 オルヴァンは何事もなかったように揚げ芋を一つ食べる。 「オル」 「はい?」 「今の、もう一回」 「嫌です」 「なんで?」 「さっき言いました」 「聞きたい」 「宿へ帰ってからにします」 「絶対な」 オルヴァンが笑った。 「覚えていたら」 「忘れさせない」 アデマールはそう言って、隣からオルヴァンの腰へ腕を回した。 オルヴァンもそのまま肩へ寄る。 向こうでは次の年の競技について話している若者たちの声が聞こえていた。 **** 夕方、二人は競技会の参加者たちが集まる酒場へ入った。 広場で見た顔が何人もいる。 優勝した獣人青年もいた。 アデマールを見つけるなり立ち上がる。 「あっ!」 「どうも」 「さっきの人!」 「そうだけど」 青年が向かいの席を指した。 「座ってください!」 「いいの?」 「聞きたいことが山ほどあります!」 二人は笑いながら席へ加わった。 すぐに杯が増えた。 「どうやったらあの石を持てるんです?」 「鍛える?」 「どのくらい?」 「いっぱい」 「いっぱいってどのくらいです?」 アデマールが困る。 オルヴァンが隣で酒を飲んでいる。 「オル、助けて」 「毎日よく食べていました」 「そこ?」 若者たちが笑う。 別の青年がオルヴァンへ尋ねる。 「白い旦那も冒険者だったんですか?」 「少し違いますが、旅はしていました」 「強いんです?」 アデマールが先に答える。 「めちゃくちゃ強い」 オルヴァンが横を見る。 「アデ」 「本当じゃん」 「そうですけど」 若者たちが身を乗り出す。 「どっちが強いんです?」 アデマールとオルヴァンが顔を見合わせた。 「得意なこと違うからな」 「比べたことはありませんね」 「模擬戦とかしなかったんですか?」 「した」 「しました」 「勝敗は?」 アデマールが酒を飲む。 オルヴァンも酒を飲む。 二人とも答えない。 若者たちがさらに身を乗り出した。 「どっちなんです?」 アデマールがオルヴァンを見る。 「言う?」 「アデが言いたいなら」 「やっぱやめとく」 「なんでですか!」 酒場が笑いに包まれた。 それからは、競技の話になった。 誰が速かった。 誰の弓が上手かった。 来年は種目を増やしたい。 もっと遠くの町からも参加者を呼びたい。 アデマールもオルヴァンも、楽しそうに聞いていた。 勇者の話を聞きたがっていた若者たちも、やがて自分たちの次の目標を話し始めた。 アデマールは何度も頷いた。 「いいな。来年も見たい」 「来ます?」 「旅の途中で近くにいたら」 「絶対ですよ!」 「覚えてたらね」 オルヴァンが小さく笑った。 「アデはこういう約束、意外と覚えていますよ」 「オル」 「本当でしょう?」 若者たちが笑う。 アデマールも結局笑った。 **** 宿へ戻る頃には、空がすっかり暗くなっていた。 部屋へ入る。 アデマールは上着を脱ぎ、寝台へ腰を下ろした。 オルヴァンは窓辺へ置かれた水差しから二人分の水を注ぐ。 一つを渡す。 「飲んでください」 「ありがと」 飲み終える。 オルヴァンが杯を受け取ろうとすると、アデマールはその手を掴んだ。 「オル」 「はい?」 「忘れてない?」 「何をです?」 「全部好きってやつ」 オルヴァンの口元が緩む。 「覚えていたんですね」 「忘れるわけないだろ」 アデマールは指を絡めたまま引く。 オルヴァンが一歩近づく。 「じゃあ言って」 「何をです?」 「昔の俺も今の俺も好きって」 オルヴァンはしばらくアデマールを眺めていた。 やがて、空いた手で頬へ触れる。 「昔のアデも好きです」 アデマールの目元が緩む。 「うん」 「無茶をして、格好をつけて、食べることばかり考えていたアデも」 「最後いる?」 「好きですよ」 指が頬を撫でる。 「今のアデは、もっと好きです」 アデマールが息を止める。 オルヴァンはそのまま笑った。 「僕の夫ですから」 次の瞬間、アデマールが腰へ腕を回した。 強く引き寄せる。 「オル」 「はい」 「ごめん。今、すげえ抱きたい」 「いいですよ」 「ほんと?」 「はい」 アデマールは少しだけ眉を寄せた。 「今日ずっと言ってほしかった」 「知っています」 「我慢してた」 「それも分かっていました」 「意地悪」 「宿まで待つと言ったでしょう?」 アデマールが笑った。 そのままオルヴァンを抱き上げる。 オルヴァンの脚が腰へ絡む。 「じゃあ、もういい?」 「待たなくていいですよ」 唇が重なる。 今度はすぐに離れなかった。 アデマールはそのまま寝台へ向かう。 オルヴァンも首へ腕を回し、近い距離からアデマールを見た。 「アデ」 「ん?」 「僕も今のアデが欲しいです」 アデマールの足が止まる。 一瞬だけ。 次には、抱く腕が強くなった。 「それ、ずるい」 「昨日も聞きました」 「オルがずるいことばっか言うからだよ」 「では、今日はもっと言いましょうか」 「お願い」 オルヴァンが嬉しそうに笑い、もう一度唇を重ねた。 寝台へ下ろされても、脚は絡んだままだった。 黒いシャツの襟をオルヴァンが緩める。 アデマールも白い服の留め具へ指をかけた。 肌へ触れる。 指を絡める。 「好きです」 「俺も」 「昔も」 「うん」 「今も」 「うん」 アデマールが額を寄せる。 「オル、もう一回」 「大好きです」 その言葉を聞く前から、アデマールはもうオルヴァンを抱き寄せていた。 二人の身体が重なる。 **** 夜更け。 オルヴァンは毛布の中で、アデマールの胸へ収まっていた。 汗の残る髪を撫でられ、背中へ回った腕に包まれている。 「アデ」 「ん?」 「満足しました?」 「まだ聞きたい」 オルヴァンが笑う。 「何回聞くんです?」 「何回でも」 「では明日も言います」 「ほんと?」 「覚えていたら」 「またそれ」 アデマールが頬へ口づける。 オルヴァンも胸元へ一つ返した。 「でも、今日の若い人たち、楽しそうでしたね」 「うん。強かった」 「アデ、本当に嬉しそうでした」 「だって格好よかったじゃん」 「昔の自分たちを思い出しました?」 「ちょっと」 アデマールは天井を見る。 「俺らも、周りからあんな感じに見えてたのかな」 「もっと騒がしかったと思います」 「やっぱ?」 「四人いましたから」 二人で笑う。 しばらくして、アデマールがオルヴァンの背中を撫でた。 「今は二人だな」 「はい」 オルヴァンが少し身体を上げ、頬へ口づける。 「二人も好きです」 「俺も」 毛布の中で、また身体が寄る。 窓の外では、競技会の片づけを終えた町が静かになっていた。 **** 翌朝。 二人は宿の食堂で朝食を取っていた。 アデマールがパンを二つ目へ伸ばす。 オルヴァンが見る。 「今日はよく食べますね」 「昔からだろ」 「そうでした」 「今の俺も好き?」 「朝から聞きます?」 「聞く」 オルヴァンはスープを一口飲んだ。 「好きですよ」 アデマールが満足そうにパンを齧る。 「昔の俺も?」 「好きです」 「全部?」 「全部です」 「よし」 隣の卓から、昨夜の若手冒険者がこちらを見た。 「何の確認してるんです?」 アデマールが振り返る。 「大事なこと」 オルヴァンが笑う。 「昨日からずっと聞いているんです」 「勇者ってそういうことするんですか?」 「するよ」 「たぶんアデだけです」 食堂に笑い声が広がった。 アデマールは気にせず、三つ目のパンへ手を伸ばした。

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