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⑯決意と恐怖

「じゃ、次は復習からやるから、今日間違えた問題、ちゃんとやり直しとけよ」 「はい」  テキストを閉じる『数学苦手』な彼の横顔を見、ニコは言う。 「確率はパターン覚えとけば意外と難しくねえから」 「はい」 「樹形図使えるやつは、面倒でもちゃんと書く」 「はい」  ペンケースが閉じられた。テキストと重ねたそれを鞄にしまっている。 「どした?」 「……え?」 「元気ねえから」  彼は黙った。何でもないとごまかすでもなく、体調が悪いと言うでもなく、黙ってニコから目を逸らした。 「ちゃんと飯食ってる?」 「あ、はい……それは」 「ちゃんと寝てる?」 「……まあ」  寝てねえな、とニコは思った。  数学が原因でない、ということは分かる。単元が変わるごとに、どこから手を付けていいか分からず途方に暮れるのはいつものことだが、こうして塾で丁寧に説明すれば理解はできるようになる。春に出会った時ほど絶望的な顔はしなくなった。 「まあ、家での復習は、余裕ある時でいいから」 「…………」 「それより体調管理、ちゃんとしろよ」 「……先生」 「ん」  縋るような目がニコを見つめた。 「少し、話せますか」 「あぁ……俺、もう1人授業あるけど」  彼は頷き、 「待ってます。自習室で」  遅い時間であることを懸念して、ニコは自宅に連絡を入れるように彼に頼んだ。冬の夜の街には乾いた冷たい風が吹いていた。どこかでジュースの1杯でもご馳走しようかとニコは提案したが、彼はそれを丁重に断った。店ではない方がいい、と彼が言うので、それが遠慮でないことをニコは理解する。だが、誰もいない場所を街中に探すのは無理に等しく、それならばいっそ人の行き来がある場所が次善だろうかと、駅の改札へと続く地下道へ彼を促した。  近くの自販機でホットココアを買い、彼に手渡す。長い通路の壁際に並んで立ち、彼がひと息つくのを待った。行き交う人々は各自の目的のために通り過ぎていくだけで、ニコたちの前でわざわざ足を止めることはない。それに、ここなら冷たい風を凌ぐこともできた。 「……覚えてますか。前、つき合ってる人がいるって言ったの」 「うん。覚えてる」 「それ……今、どうしようか、迷ってて……」  恋愛が悩みの種か、と合点がいく。 「迷ってるっつうのは、続けるかどうかってこと」 「……そうです」 「別れたい理由があるってこと」 「いや……」  彼は言葉を探し、手の中のココアの缶を両手に握りしめる。 「……別れたいわけじゃ、ないんです。ただ……」 「うん」 「……別れた方がいい理由が、多すぎて」 「……どういうこと」  彼は少しずつ説明してくれた。  以前聞いた話から、彼は同じ高校の女子とつき合っているのだろうとニコは勝手に想像していたが、実際は少し違っていた。同じ校内にいるという点は間違っていなかったけれど、相手は生徒ではなかった。教師だったのだ。  新任ではないが20代前半の若い美術科の先生らしい。芸術選択で美術を取った彼は、そこで彼女と出会い、気付いた時には惹かれていた。そして、彼女の方も同様だったと知ったのが秋頃のこと。文化祭の美術展示の用意をする彼女を、彼は積極的に手伝ったのだという。そこでふたりだけになるタイミングが訪れた。何とも言えない、そうなるための空気があった、と彼は言った。 「最初は、ただ嬉しくて。浮かれてた、というか」 「うん」 「だけど、少しずつ現実が見えてきたというか……」 「例えば」 「例えば……誰にも言えないのは分かるじゃないですか。暗黙の了解と言うか。でも、それを何となくしか分かってなかったんですよね。ひとに言うのは多分まずい、ぐらいしか。具体的にどうまずいのか、それがだんだん見えてきて」  それを聞いて、ニコは、あの日ダンに言われたことがすぐに頭に浮かんできた。  家族に言える? 友達に言える?  彼はニコを見た。 「……先生は、どう思いますか」 「え」 「正直に」  そう聞かれる前から、咄嗟に口に出そうになった言葉はあった。  お前、それ大丈夫なの?  彼が求めている正直な反応には違いない。しかし、ニコは言えなかった。それが彼を心配する気持ちから出る言葉だとしても、心のどこかでブレーキがかかる。そして、彼が見え始めたという現実へと紐づいていく。 「……つまり、もし俺が『そんな恋愛やめとけよ』って言ったら、お前が言う『別れた方がいい理由』に1票加算されるってことだろ」 「……そうですね」  彼は一度唇を噛んで、俯いた。 「周りにそう言われるのは目に見えてるし。やめとけって言われなくても、引かれたり、揶揄われたりすると思う」 「……うん」 「親にバレたら絶対キレられるし」 「…………」 「僕がキレられるだけならいいけど、学校に連絡されて、先生が吊し上げられて、……辞めさせられるかも」 「……あぁ」 「先生にとってリスクが大きすぎるんだって、今になって分かったんです。自分たちはただ好きだから一緒にいるだけだけど、それで開き直るには、無責任すぎるでしょ。僕が」  すげえな、とニコは思った。彼はまだ16歳だ。自分が彼と同じ年の時、こんなに誠実な恋愛観があったかどうか、自信がない。それに、ここまで大事だと思える相手に出会えてもいなかった。  思うことはまだある。彼は彼女の身を案じているが、本来なら、彼女の方が彼を庇護するべきではないのか、という疑問だ。ニコ自身、面倒が事前に予測できるからという理由で、塾で出会う女子高生とは一線を引くと決めている。そもそも授業外の不要な接触は塾側から禁じられていた。身分は学生であっても、塾では先生という立場だ。自分に降りかかる面倒以上に、生徒が被る面倒にこそ配慮すべきだと思う。尤も、彼と交際しているその教師がどういう気持ちでいるかは計り知れないので、一面的に見て糾弾しても仕方がない。  道徳的なことを一旦脇に置けば、好きになったのならしょうがない、とは思う。彼は別れたいわけではないと言っていたから、リスクを理解した今でも彼女のことが好きなのだろう。それを外野から「やめておけ」などと、それこそ無責任には言えなかった。 「……そういうことを、最近考えてて。気が重いというか」 「……そっか」  ニコは微かに苦笑する。お前、それ大丈夫なの? 自分が言わずに呑み込んだその一言は、周りや社会がどう思うかの象徴ではないのか。そして同時に、ダンが怖がり、何度も自分に忠告していたものの形が、ニコの中で輪郭を持った気がした。普通じゃない。気持ち悪い。わざわざコレを選ばなくていい。  ニコは、隣に立つ彼の背に手を触れた。 「それ……しんどいよな」  ダンがしつこいほどニコに言っていたことは、危険予測なのだ。ダンは、危険のある場所にニコが踏み込むことを回避しようとしていた。それはダン自身が傷つくことの回避であると同時に、ニコの身をも守ろうとするためだった。こういう目に遭うぞ、とダンは具体例こそ提示はしなかったが、それが今、隣にいる彼から与えられたような気がしている。彼だって、わざわざ教師を選ばなくてもよかった。もっと普通に周りから祝福されるような恋だって見つけられたかもしれない。だが、彼等は事前の危険予測を立てる間もなく惹かれ合い、気持ちのままに結び合った。これをニコは責められなかった。相手を失いたくない気持ちの大きさだって、理解できるからだ。 「相手のこと大事だから、離れるって決めるヤツもいる」 「…………」 「けど、大事だから、一緒に何とかしようって思うヤツもいる」 「…………」 「どうするのが正解か、先に分かりゃいいんだけどな。分かんねえんだよな、これが」  ココアの缶を握りしめたまま、彼は沈黙した。自分よりもほんの幾つか若いだけの彼の肩に、大きな荷が載っている。ニコは黙って背中を撫でてやることしかできなかった。  でも、とニコは思う。きっと自分で決めた方がいい。やめておけよ、という他人の無責任な善意で引き裂かれるより、自分がどこを歩くか、自分の意志で決めた方が、彼は納得できるような気がする。その意志が「やめておこう」になるのなら、それで構わないのだ。 ********** 「けどさ……俺は結局、ダンがダンの意志で決めたモンをぶち壊したのかもなって……わざとじゃねえよ? 悪気はなかったけど、なんか、そうしたのかなと思って」  翌週。生徒の彼といたのと同じ場所に、ニコは直江と立っていた。バイト帰りに、地下道への入り口で直江を見つけ、追いつき、黙って隣に並んで歩いた。直江はぎょっとしたようにニコを見、どうしたのと聞くので、ニコはこの場所に立ち止まった。 「最初からだよ。高2ン時にあいつが俺を避け始めたその時からさ、あいつは決めてたってことじゃん。単に気持ちが俺にバレるのが嫌ってだけじゃなくて、忘れようとしたくてさ……。で、卒業と同時に、縁切ろうとしてたってことも……決めてたわけじゃん、ダンは」  既に同じことを振り返っているはずだった。当時のダンの言動を思い、考え、理解したつもりだった。 「本心を必死で封じ込めて、絶対伝わらないようにして、絶縁する覚悟をさ……あいつは決めてたんだよ」  見知らぬ人々の往来を眺める。そこに、ダンの姿が透けて見えるような気がする。 「……なのに、俺、会いに行った」  ダンの覚悟を何も知らないで。  ダンがそうしたかったことを邪魔した過去を、この前の自分は笑っていた。邪魔したことで、良い方に進んだ気になっていたからだ。勝手で、独善的だった。  壁に凭れたままニコはその場にしゃがみ込む。  元カレ、ではないが、未練を断ち切れずにのこのこ顔を見に行った、という点で、直江の言ったことは正しかったのだろう。知らなかったのだから仕方がない、とこれも以前に思った。けれど、仕方がないと開き直る気持ちは、今は希薄だ。  頭上から直江の声が降ってくる。 「まあ、だとするなら、団野くんには同情するね」 「…………」 「卒業して、仕事始めて、バイク買うためにがんばって、そうやって新しい生活に身を置いてさ。もう学校っていう狭い世界を抜け出て、視野も広がって、谷越くんが視界に映ることもなくなって、落ち着いてきてたかもしれないのに」 「…………」 「確かに、ぶち壊したんだろうね、キミが」  溜息が出る。他に言葉も出ない。  ねえ、と言った直江の声が、今度は近くから聞こえてきた。横を見ると、直江も同じようにしゃがみ込んでいる。 「谷越くんでも、そんな顔するんだね」 「……あ?」  直江はいつものように、どこか涼し気に微笑んでいる。 「そういう顔も意外だけど、過去のことに囚われてるのも意外だよ」 「囚われてるわけじゃねえよ」 「そう? キミが団野くんの決意や覚悟をぶち壊したのは過去の話でしょ。ぶち壊した結果、今どうなってるかってことは考えないの?」 「そりゃ考えるけど、……ゴメンが増えてくんだよ」 「まあ、謝罪は過去に起きたことにするものだからね、大抵」  我ながら、今日は直江に言い返す勢いが足りていない。その通りだと思うことしか言われていないからかもしれない。 「でもさ」  直江がこちらを見ている。その視線にニコは応じる。 「未来にゴメンする気はないんでしょ」 「未来……?」 「団野くんの当時の決意や覚悟を尊重して、やっぱりこの先一緒にいるのはやめます、ゴメン。って言う気は……」 「そんなのもう無理だよ」  つい語勢が荒くなる。 「そんなゴメンを言うこと自体が最大のゴメンじゃねえかよ。ンな最低なこと言えるか」 「これ以上苦しめたくないから?」 「違げぇよ、俺が言いたくねえから言わねえの。俺だって気持ち決めてあいつがいいって言ったんだから、嘘でもゴメンなんて言わねえよ」  笑みを深くする直江から、ニコは視線を外した。  この場所に到着するまでの短い間に、ニコは直江に簡単な現状報告をした。自分とダンとの関係を表す言葉がうまく見つからなかったので、前に直江が遣っていた「両思い」を採用し、説明した。へえ、という声の後に、直江はまだ何かを言いたそうにしていたが、それを遮って、ニコは今現在の心境を吐露した。尊重されるべきダンの決意を、自分がぶち壊したのではないかと。 「谷越くんがぶち壊したのは、団野くんの過去の決意」 「…………」 「それなら、新しい今の決意は大事にしてあげたらいいんじゃないの」 「……え」  あはは、と直江が笑う。 「キミってさぁ、団野くんを解ってるのか解ってないのか、どっちなんだろうね」 「なんだよ、それ」  直江がまた顔を覗き込んでくる。 「過去の団野くんは、谷越くんへの思いを遂げることを完全に諦めてた人でしょ。諦める覚悟を決めてたって言えば分かりやすいのかな。でも、今は違うってことだよね」 「……まあ」 「現在の団野くんは、その真逆の覚悟を決めたってことにならない?」 「…………」 「それって、結構エネルギーいると思うよ。マイナス100からプラス100に振り切るぐらいの」  エネルギー。それがダンの中にあるのは分かる。今まで抑え込んでいたものが一気に溢れ出て、ニコの中に流れ込んでくるあの時間を思い出す。ただ、それは決壊の勢いに乗じて流れるエネルギーであって、そこにダンの努力や苦心があるわけではないと思う。マイナスからプラスへと目盛りを動かすのに、動かそうという意思と勇気が必要なものが、他にある。 「普通じゃないからって、何度も言われたんだよ」  先週、生徒から聞いた言葉が思い出される。周りにはやめとけよって言われるだろうし。親にバレたらキレられるだろうし。 「生きにくい、ってことなんだろうな、要するに。周りがどう思うかとか、ダンはそういうのをずっと怖がってるから」 「谷越くんはどう思うの」 「そういう局面もあんのかな、くらいは想像できるけど」 「他人の悪意に強いからね、谷越くんは」 「けど……怖いって思うヒトが本当に怖くて苦しいんだなってことは、少し分かった」 「へえ」  最後の最後まで、ダンが口にしていたのは不安の数々だった。ダンの気持ちに応え、一緒にいたいとニコが言っても、それでもダンは念を押すようにそれらを並べた。ダン自身のためだけではない。ニコのためにだ。引き返すなら今だ、とダンは何度も言ったのだ。引き返せと強く突き放されていたとさえ思える。今なら分かる。ニコが悪意に晒されて傷つくことがないように、ダンはずっと「こっちに来るな」と言い続けていた。  直江が言う。 「団野くんが怖いと思うものを怖がるなって言っても難しいし、だからって、谷越くんにもっと真剣に怖がれって言うのも、違うよね」 「正直さ……確かにそれ怖いよな、って思うモンが、今まだねえんだよな」 「具体的に何かある?」 「あー……ダンの父ちゃんかな。超いい人。ダンはその人に絶対気付かれないようにしろって圧かけてくンだけど、俺はそんな……ヤバそうって思わなくて」 「根拠は」 「いい人だから」 「…………」 「この『いい人』にはいろんな意味が詰まってんだよ」  ふふ、と直江は笑い、 「それも団野くんに同情する」 「……そういうもんか」 「自分の親に知られるって結構ハードル高そうに思うよ。同性同士じゃなくてもさ、自分に彼女がいるとか、わざわざ親に言わない人だって一定数いるでしょ」 「わざわざ言わなくてもいいってのは俺も思うよ。だから、別にアユミさんにバラすつもりはなくてさ」 「逆に、谷越くんは自分の親にバレたらって考えないの?」  想像する。母の顔が真っ先に思い浮かぶ。 「……頭ごなしに否定はされない気がする」 「そういうお家で育ったんだね」 「母ちゃんは多分、ウチに連れてこいって言うと思う」 「……団野くんに同情しかできない」  19年過ごしてきた我が家だ。そこに居心地の悪さを感じたことはない。特殊な環境だと思ったこともない。日頃の母の振る舞いを見る限り、息子が同性と親密な関係だと知って、「へえ!」と声を上げるくらいはするかもしれないが、次の瞬間には、「今度連れてきな!」と言い放つ未来が見えこそすれ、眉を顰めて否定的な言葉を吐く姿は想像できない。根拠は、と尋ねられても、19年の経験からだとしか言いようがない。 「でも、それはそれでいいのかもね。団野くんが怖いと思ってることが、イコール現実とは限らないから」 「いいのか?」 「谷越くんの『怖くない』の方が現実だったら、教えてあげた方が親切じゃん。ほらね、怖くなかったでしょって安心させてあげられると思わない?」 「けどそれってリスクを冒すってことだろ。怖くないと思って俺が母ちゃんにダンのこと言ったら、『お前はもうウチの子じゃない』って返されるとかさ。そういう可能性がゼロじゃない以上、安心は約束できねえだろ。結果論すぎねえ?」 「谷越くんにしてはよく考えてるね」 「バカにしてんのか、お前」  直江はにこりと笑い、 「ちょっと元気出てきたね」  そう言って立ち上がる。細い手首に巻かれた腕時計を見やる。 「続き、帰りながらにしない?」  ニコも腰を上げた。直江と一緒に改札口を目指して歩き始める。 「たとえ谷越くんのお母さんが激怒して、息子を捨てようとしたとしても、多分、それでも大丈夫な気がするな」 「捨てられて大丈夫なことあるか」 「だって、きっと谷越くんはお母さんに理解してもらおうってがんばるでしょ」  直江を見る。 「これまでの谷越くんの行動と思考データを見るに、出ていけ、なんて言われたら、きっとキミはこう思う。『なんで? そうなる理由を教えろ』。で、お母さんが論拠を述べるとする。キミは受け取る。『分かった、でもオレはこう思うからこうする』。さらに、『母ちゃんもダンと仲良くしろよ。その方が楽しいから』。そして、みんなが楽しくなるための努力を全力でする」 「……なにそれ」 「キミはそういう人なんじゃないかな、っていうボクの推論」  ハハ、とニコは、今日直江の前で初めて笑った。 「そんな簡単にうまくいくかよ」 「全力の努力は簡単じゃないよ。でも、やるでしょ。谷越くんなら」 「さあな」 「怖さに立ち向かう谷越くんの姿を見て、団野くんがどう思うかって話でもあるよ」 「……あー」 「団野くん、惚れ直しちゃうかもね」  ドンと直江に体をぶつける。思ったよりも直江は遠くまでよろめいていった。危ないでしょ、と文句が飛んでくる。  隣に戻ってきた直江はニコを見上げて言う。 「経緯も聞きたいんだけど」 「なんの」 「両思い確定までの経緯。なんて言ったの?」 「……教えねえよ、そんなの」 「団野くん、どういう喜び方するんだろ」  楽しそうな顔をして、直江は想像を膨らませ始めた。  ニコの耳に、ダンの声が甦る。 『……夢見てるみたい……今』  夢じゃねえよ。  現実だと、信じてほしい。その現実が厳しくて怖いものだとしても、ニコにとってはダンを失うことの方が余程怖い。それならやはり、立ち向かうしかないのだろう。直江の言った通り。 「ねえ。好きだって言ったの?」 「うるせえな、言ってねえよ」 「言ってないの? どうして?」 「はぁ?」  ふたりしてスマホを構え、改札口にのタッチパネルにそれを押し当てる。ホーム行きの階段に向かう。  帰りは遅くなってしまったが、独り部屋にいるよりマシな時間だったとニコは思った。しつこくダンとの話を聞きたがる直江に、ニコは呆れながらも、笑っていた。 続く

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