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㉕谷越家
16時前。バイク屋の前に停めた車を降りた時、ダンがこちらに向かってくるのが見えた。と、同時に手にしていたスマホが鳴り出す。電話の着信だった。画面を見、バスケ部の同期からであることを確かめ、
「ごめん、ちょっと電話。乗ってて」
歩いてくるダンにそう言って、ニコは車の前へと移動しながら着信ボタンを押した。
5月末に控えている新人戦に向けて、1、2年生中心の練習がスタートしていた。ゴールデンウィークを終え、春大会の余韻も過ぎ、次は新人戦。去年はPFとしてまだ使い物にならなかったから、出場こそしたもののいい思い出がない。だが、今年は違う。公式戦での経験も積み、大学バスケにも馴染んできているから、少しはマシなプレイができそうだった。それに、後輩もできた。電話は同期のPGからで、明日の全体練習の前に、早めに体育館に来てほしいというお願いと、その時に行いたい練習メニューについての簡単な相談だった。悪くない提案にニコは同意を示し、数分で通話を切り上げた。
運転席へ回ろうとして、おや、と足を止めた。車の助手席側の外に、ダンがまだ立っている。そして、なんだか怖い顔をしてニコを見ていた。事態を察したニコは、あぁ、と不機嫌な声を漏らしてダンの傍に戻ると、助手席のドアを開けた。そこに座っている相手に言う。
「お前、後ろって言ったろ」
「えぇー?」
スマホから目を上げた相手からも不機嫌そうな声が返ってくるが、構わない。ニコはダンを見、
「あー、ごめんな。急に迎えに来いって言われてさ。ちょっと、送ってくけどいい?」
「…………」
ダンの目が怖い。急な予定を差し挟んだことは申し訳なく思っているが、想像以上に気分を害してしまっているようで、少し焦る。
「結希 」
ドアを大きく開いて彼女を促す。
結希は短いスカートから伸びる脚を車の外に下ろし、それから、ニコの背後に目をやった。
「ノゾミ」
「あ?」
「その人がメグミさん?」
セミロングの黒髪を揺らして車から降り立った結希は、ダンに向かってにっこりと笑う。
「こんにちは」
ダンは黙って会釈だけを返したかと思うと、
「いいよ」
「え」
「俺……後ろ、座るから」
いや、とニコは即座に言う。
「後ろ、こいつの荷物あるから。ダン、前座って」
「でも……」
「大丈夫、メグミさん、前座って」
結希は後部ドアを開いてそこへ乗り込んでいく。
ニコがもう一度ダンに助手席を示すと、ダンはやはり何か言いたげな目でこちらを見た。怒っているのだろうかと、おそるおそるその顔に尋ねる。
「……出かけたくなかった?」
「……そうじゃないけど」
「どっか行きたいとこあったとか」
「そういう話じゃないだろ」
「あぁ……まあ、急に会わせて悪かったけどさ。家まで送るだけだから」
すると、ダンは助手席のドアを閉めた。中と外とを遮断するその行為に、ニコは驚いてダンを見る。
ダンが小さく、しかし鋭く言った。
「誰?」
「誰って……」
「なんで俺のこと知ってんの」
ニコは後部座席に座った結希に視線をやり、
「結希。妹」
「……え」
「ウチで時々お前のこと話すから」
「…………」
ダンのその顔を見て、ニコはすべてを理解した。悪いと思いながらも大声で笑っていた。
「ダン、誤解、誤解すぎる!」
「だ、だって……!」
後部のウインドウが開いた。
「ねえー。なにふたりだけで楽しそうにしてんの?」
結希を見たらまた笑いが込み上げてきた。
「ねえだろ! こいつだぞ」
「もういいから」
ダンはニコを押しのけるようにして、後部ウインドウへ歩み寄る。
「ごめんね」
「ううん、全然。今日持って帰る荷物が多くって、ノゾミが帰り早い日だと思ったから迎えに来いって頼んじゃったんです。約束してたのにごめんなさい」
それから、ダンは助手席に乗り、ニコも運転席へ座った。まだ可笑しくて笑いがこぼれてしまう。車を出し、家へと向かい走り始めてからも、顔はにやけるし、腹筋が震えるのを止められなかった。
「ノゾミだけなんでそんな楽しそうなの」
「いや、なんでもない」
「なんでもあるじゃん。ひとりで笑ってキモ」
「うるせえよ、お前」
日頃はスマホばかり眺めているくせに、結希は後ろから身を乗り出して話しかけてくる。
「ねえ、メグミさんって、高校の時からの友達なんですよね」
「だからそうだって話したろ」
「ノゾミに聞いてないよ」
助手席のダンは、少し戸惑いながらも律儀に結希の方に顔を向けて肯いた。
「なんか想像してた人と違った」
「え……どういう想像してたの」
「ノゾミがこんなだから。もっと『うぇーい!』って感じの人かと思ってた」
ダンが笑う。笑ってくれて、安心する。尤も、結希の発言にはいちいち問題があるが。運転席から、ニコは後ろに向かって言った。
「て言うか、初対面のくせにお前馴れ馴れしすぎだろ」
「お前が言うの?」
「えっ」
予期せぬ隣からの言葉に思わず振り向く。前見て、と結希に叱られた。
ダンはニコをちらと見てから結希に言う。
「高校の入学式の日、フツーに話し掛けてきたよ、コノヒト」
「うん。ノゾミもあたしもそういう人種かもね。でも、あたしの方がもうちょっと空気読むよ」
「お前は外面いいだけだろ」
「外面いい方が人生得なんだよ」
信号で止まったタイミングで、ニコはダンの様子を窺い見た。自分たち兄妹のやり取りを聞き、時に交ざりながら、楽しそうな顔をしている。不機嫌でなくなってよかったと思いつつ、不機嫌の理由を思い出すとまた口許がにやけた。突然見知らぬ女性を車の助手席に乗せて現れたニコに、ダンは動揺した。動揺させてしまったことは、本当に悪いと思っている。見知らぬ女性とニコとの関係を疑ったのだ、と思うが、それにしても相手が妹では誤解を解く必要すらも感じない。最初に説明しなかったことを、後で詫びることにする。
間もなく家に到着する頃、結希が言った。
「ねえ。メグミさんも上がってけば」
「え」
「おやつぐらいあると思うよ」
ダンがこちらを気にする気配があった。
「寄ってく?」
「あぁ……」
「別に家に用事あるわけじゃないし、無理に上がんなくてもいいけど」
えー、と背後から大きな抗議の声が上がる。
「今ならお母さんいるし。お母さんも絶対メグミさんに会いたいと思う」
「なんで母ちゃんがダンに会いたがるんだよ」
「ノゾミがしょっちゅうメグミさんの話するからだよ!」
ダンの話をすることはある。けれど、『しょっちゅう』だっただろうか。
隣のダンが小さく呟く。
「なんでお前の家でそんな認知されてんのか謎なんだけど」
「ダンだってアユミさんに俺の話、してるじゃん」
「そんな、……そんな話してないよ」
「俺もそんなには話してねえと思うんだけどな」
「話してるよ」
サクッと結希に刺された。
ダンが返事を出す前に、家に到着した。敷地内の駐車スペースにバックで車を入れる。結希がドアを開け、後部シートに置いていた荷物を下ろし始めた。
「ダン、どうする」
と、ダンは既にドアに手を掛けていて、
「とりあえず、あの荷物は手伝うべきだろ」
「え。ああ」
ニコも車を降りて結希の方へ回り込む。ダンは紙袋ひとつと、ナイロン地のバッグをひとつ手に提げていた。結希がこちらを見る。
「ノゾミと違ってメグミさんは紳士だね」
「うるせえな」
持つべきものがなくなってしまったので、ニコは車内を点検する。忘れ物はない。自分のボディバッグを持ち、施錠して、家の玄関へとふたりを追った。
正直、ニコも少し驚いている。男子校出身の自分たちの日常に女性がいることはほぼないに等しかった。ダンが女性に対してどういう振舞いをするのか、ニコには知る由もなく、今、自分の妹に親切にするその姿がとても新鮮なものに映っている。
玄関のドアを開けて、ただいま、と言う結希の声がし、それから家の中から母が出てくる気配があった。
「おかえり。……あら。こんにちは。結希の彼氏?」
「違うよ。メグミさん」
「メグミさん、って、……もしかして、あのメグミくん!?」
靴を脱いで家に上がろうとする結希の横で、ダンが戸惑いながらも会釈をする。
「……こんにちは」
「やだあ、どうしたの。ちょっとノゾミ、連れてくるなら言いなさいよ」
「いや、そういう予定だったわけじゃなくて……」
「いいからメグミくん、上がって。シュークリーム食べる?」
「え、あの……」
食べる? と聞いておきながら、母はダンの返事を待たずに中へ戻っていく。結希はダンに向かってにっこりと笑い、
「どうぞ」
「……ああ、えっと。それじゃ……」
「ノゾミ。荷物部屋まで一緒に運んで」
ダンに対するよそゆきの声色との違いに肩を竦めながら、ニコはダンを促した。結希の荷物はそこに置いてもらい、リビングダイニングへとダンを案内する。ローテーブルのあるソファを示すと、ダンはニコに小さく言った。
「お前ン家、おしゃれ」
「あ、そう? じゃ、それ母ちゃんに言ってやって」
家具やインテリアを凝りたがるのは母だ。時々収納家具が新しくなったり、観葉植物が増えたりする。
ニコはダンを残してリビングを出、玄関の荷物を2階の結希の部屋に持っていった。結希と一緒に再びリビングへと降りる。
リビングでは、母がもうソファに座っていて、ダンと話している最中だった。
「そうなのねぇ。ウチは家族で移動するし、買い物も量が多くてどうしても車が必要だから、ノゾミにも早く免許取らせちゃったの。でも、メグミくんのお顔見たら分かった。バイク、似合うわね」
「ありがとうございます」
「メグミさんのバイクの話? ねえ、あたしメグミさんのバイク見てみたい。今度ウチまで乗ってきてくれません?」
すかさず話に交ざる結希に、ニコは言った。
「だから図々しいって、お前。見たいならまた車で連れてってやるから……」
「別にノゾミはいなくていいんだけど」
「俺ぬきでダンと会おうとすんなよ」
母はソファを離れ、キッチンへ行き、おしぼりとシュークリームの箱を手に戻ってくる。ニコと結希もソファに座り、おやつの登場に喜んだ。母はダンを見て、
「カスタードとチョコとあるんだけど、メグミくん、どっちにする?」
「え。いや、俺はどっちでも大丈夫なんで」
「遠慮しないで。この子たちは何でも食べるから」
母は笑顔のまま、箱をダンの前から動かさない。
「じゃあ……カスタードで」
個包装のシュークリームがひとつダンに手渡され、続いて結希がひとつ取り、最後にニコの番だ。何でも食べる、という母の言葉はその通りで、何が回ってきてもニコに文句はない。適当に取り出したのは、ダンと同じカスタードだった。
「メグミくん、コーヒーか紅茶飲む?」
「どちらでも……」
「あっ、ごめんね。ノゾミがあなたを『ダン』って呼んでるのは知ってるんだけど、本名なんていうのって聞いたら、メグミくんだって言うじゃない? そっちの方が断然気に入っちゃって。勝手に呼んでごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
「じゃ、紅茶にするわね」
スタスタとキッチンに行く母を三人で見やり、ニコは早速シュークリームの袋を開ける。それを見たダンが言った。
「紅茶、待つんじゃないんだ」
「え。そういうもん?」
「メグミさんってノゾミと違って、ちゃんとしてるよね」
「お前さっきから『俺と違って』、は言わなくてもいいだろ。ダンはちゃんとしてるよね、でよくね?」
ふ、とダンが笑う。
「ノゾミ。笑われてるよ」
「お前だろ」
「あたしじゃないよ」
そう言いながら、結希もシュークリームの袋を開け、ダンの方を見る。
「メグミさんってどんな人かずっと気になってたんですよね。ノゾミ、高校の時からメグミさんの話してて、もちろん、他の友達の話もしてたけど、メグミさんの登場率めっちゃ高かったから」
「そうなんだ。……なに話されてたのか気になるんだけど」
「悪口とかじゃないですよ。フツーに世間話って言うか、近況報告みたいなノリで。だから、あたしたち、メグミさんのことそこそこ詳しいと思う」
ダンがこちらをチラリと見る。結希の言うことに嘘はない。今日ダンと何をしたとか、ダンが何を言ったとか、そんなことを話していただけだ。他愛がなさ過ぎて、具体的な内容が思い出せないくらいだった。
結希は続けて言う。
「陸上部だったんですよね。短距離やばい速いって」
「当時はね。今は走ってないから、全然だと思うけど」
「でも、やっぱり走る人ってすらっとしてていいなぁ。超羨ましい」
「え、別に太ってないじゃん」
「見えないとこがヤバいんですってー」
「だったらシュークリーム食ってんなよ」
「ノゾミうるさいよマジで。筋肉おばけのくせに」
とうとうダンが声を出して笑った。それに釣られてニコも笑ってしまう。結希も笑顔だった。
少し、不思議な感じがする。家の中にダンがいる。ダンは母と話し、妹と話し、可笑しそうに笑っている。家族とダン。ニコにとっては、それぞれが別に存在する世界のようなもので、それが唐突に交わっているこの様子は、何となく夢の中に似ていると思った。
「ノゾミって、ホント余計なことしか言わなくて。メグミさんも時々ムカつきません?」
結希がまた嫌な話の振り方をしている。ニコはダンの顔を窺い見た。そうだね、と言われたらどうしようか心配になる。
「ムカつくことは、そんなないかな」
「え、ホントに? あたし、ノゾミの8割くらいはムカくんだけど」
「でも、迎えに来てくれたじゃん」
なぜか、横で話を聞いているニコがどきんとする。
「妹が困ってたら助けに来てくれるんだから、そこはムカつかないでしょ?」
「そこは……残りの2割です」
「優しいお兄ちゃんなのも、分かってるってことだ」
「別に優しくはしてねえけど」
たまらずに口を開いたニコに、ダンは黙って微笑んだ。
ねーえ、とキッチンから母の声が飛んでくる。
「メグミくん、よかったら夕飯も食べてかない?」
「えっ」
母は紅茶を淹れたカップをトレイに乗せてリビングに戻ってきた。それぞれの前にカップを置きながら、
「突然だと、お家の方が困るかしら」
「いえ、ウチは大丈夫ですけど、急に来て食事まで出していただくのは申し訳ないですから」
やけにちゃんとした言葉遣いで断ろうとするダンを、ニコはまた興味深く見守る。
母は言った。
「でも、ノゾミはメグミくんのお家で、それやってたわよね」
ニコはダンと顔を見合わせる。
「ノゾミはいいのよ。何食だって食べられちゃう怪物みたいな子だから。メグミくんのお家でごちそうになっても、家に帰ってから何でもない顔してウチのご飯も食べるんだもの。メグミくんもそうなの?」
「さすがに違います」
「うん、よかった。だから、もしお家にもうご飯の支度があるなら、帰ってから食べた方がいい。でも、今から連絡すれば大丈夫って言うなら、ぜひ一緒にどうぞ」
「……はい」
「ノゾミだけごちそうになってばっかりじゃ悪いもの。好き嫌いあったら言ってね」
ダンは頷き、それから、母に言った。
「ウチの場合は、父が勝手に用意することがあって。その……彼のことを気に入ってるみたいで。食事のことで、ご迷惑をお掛けしていたら、すみません」
「やあねぇ、迷惑なんかじゃないのよ。言ってるでしょ、怪物なんだって。でも、メグミくんのお父さんがノゾミを気に入ってるっていうのは、ちょっと嬉しいわね」
ふふ、と母は笑う。
「ノゾミが『いただきます』と『ごちそうさま』言ってなかったら、蹴っ飛ばしていいからね」
「言ってるって!」
不穏なことを言う母にニコは抗議した。
その晩、谷越家の食卓には、5人分の食事が並んでいた。夜、仕事から帰ってきたニコの父も、ダンを紹介すると、「ああ、あのメグミくんか」と頬を綻ばせた。母と妹に比べたら、父はそれほど賑やかな人柄ではない。ダンと交わす会話は落ち着いていて、社会人の男ふたり、という雰囲気をニコは感じ取った。尤も、その落ち着いた空気も、すぐに母や妹が断ち切ってしまうのだが。様々な方向から言葉が飛び交い、時折笑い声が溢れ、ダンの表情も自然と解れていた。やっぱり夢の中みたいだ、とニコは思う。家の中にダンがいる。我が家の空気の中に、交ざっている。自分が家にいるのは当たり前のことなのに、そこにダンがいるだけで、特別な時間のように感じられた。
食後、ダンはニコたちと同じように食器をキッチンまで下げた。俺がやる、とニコは言ったが、自分でやる、とダンは言った。母もそれを止めなかった。
それから、ニコはダンを家まで車で送ることにし、家族みんなで玄関にダンを見送りに出た。
「メグミさん、絶対また来てね」
ダンが結希に微笑む。
「メグミくん。お家の方によろしく言ってね。またいつでも来てちょうだいね」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
「待ってるから」
手を振る母と妹に、ダンも手を振り返す。玄関を出た。
車に乗り込み、エンジンをかけると、ダンが小さくため息を漏らした。ニコは助手席を見、
「疲れた?」
尋ねると、ダンはハハと笑って、
「楽しすぎて疲れた」
「そっか」
「お前ン家、刺激強すぎ」
ダンにはそうかもしれない、と、ニコは思った。正確には、母がダンを夕飯に誘ったあたりからそう思っていたのだ。母と妹はいつでもあの調子で、よくそんなに喋ることがあるものだと、たまに感心する。家族の誰かの友人が客としてくると、あの通り、母はその時叶う限りのもてなしをしようとするし、結希は初対面の相手でも構わずに話しかける。ニコにとっては見慣れた風景でも、おそらくダンには違う。些かカルチャーショックを与えてしまうかもしれないことを、ニコは薄らと感じていた。
「あー……結希のこと、ごめん。先に妹だって言わないで」
「あぁ。……なんかもう、そんなこともあったっけって気分だよ」
「仮に他人でも、あいつとはつき合えねえよ」
「なんで。可愛いし、ニコが好きそうなタイプじゃん」
「可愛いのは顔だけだって充分分かっただろ」
「そうかな」
首を傾げているダンを横目に、ニコは車をゆっくりと発進させた。通りに出、住宅街を行く。
「可愛いっていう話じゃないけど、……兄妹だな、とは思った」
「どういう意味それ」
「俺はひとりっ子だから想像だけどさ、ニコたちのやり取り見てると、仲の良い兄妹ってこういう感じかってすごくよく分かったって言うか。ニコが兄貴ヅラしてるのも面白かったし」
仲が良いのかどうか。どれが兄貴ヅラだったのか。ニコにはピンと来ないが、ダンが面白がってくれたなら、悪くはない。
「それに、性格も似てそう」
「似てねえだろ。どこがだよ」
「他人との距離感は一緒だし」
「あー。まあな」
ニコは曖昧な表情を浮かべた。
「嘘のないまっすぐな感じとか」
「へえ……?」
「妹さんはいいこだなって思ったし、……お前はいいやつ」
なんだか照れてしまう。
夜の道は空いていた。ダンの家を目指して車は走り続ける。
「あとさ。お母さん。あの人すごい」
ニコは小さく笑った。
「強引だろ。俺、ダンには申し訳なかったけど、途中で諦めてた。あの人の『ぜひどうぞ』を断れる人、今まで見たことないから」
「いや、それがすごいとこだと思ったよ」
ダンの声には実感がこもっていた。
「うまく言えないけど……無理強いされたとは思わなくて。シュークリームも、夕飯も、最後の『待ってるから』もさ……」
ダンがこちらを見るのが分かった。ダンの視線をニコは横顔で受け止める。
「ありがとうって、全部そう思った」
ニコは黙って頷いた。そんなふうに感じてくれたダンに、ニコもありがたく思う。
「誰かの家に行くことなんか滅多にないのに、よりにもよってお前ン家に突然連れてかれて、俺どういう顔してればいいのか最初はすげえ困ったけどさ」
「それはホントごめん」
「でも、行ってよかった」
「…………」
「客だけど客じゃなくなってく感じがして。居場所があったって言うか」
その声が嬉しそうで、ニコにも笑みが浮かぶ。
「あの人たちが俺に居場所を作ってくれたのは、ニコが俺の話を先にさんざんしてくれてたからかも。『あのメグミくん』って呼ばれた時、どっかで会ってましたっけって思ったし」
笑い交じりに言うダンに、ニコも一緒になって笑った。
「けど……いちばん納得したのはさ」
「ん?」
「ニコがあの家で生まれて育ってきたんだってこと」
「…………」
「お前の明るさも、エネルギーも、規格外の距離感も、……あと、誠実なところも。全部、あの家にルーツがあるんだって、よくわかった」
真っ直ぐな大通りの信号が、手前から順番に青に灯っていくのが見えた。
「だから、今日はありがとう」
家族のことを思うのは、やはり少し照れ臭かった。
ニコは青信号の通りを進みながら、口を開く。
「俺も同じだよ」
「え」
「ダンの家に行くと、アユミさんがいて、何でもない話してくれて、時々飯が出てきて、また来いよって言ってくれるじゃん。で、また行くと、ノゾミって呼んでくれて」
ダンの顔を見たくなる。まだしばらく叶いそうにない。
「俺はずっとダンの家が居心地よくてさ」
「……そっか」
「俺がアユミさんを信頼してるっつうか……ダンが言う無防備な状態になるのは、まあ、そういうことだよ。多分」
それからしばらく、ふたりは黙っていた。助手席でダンが何かを考えている雰囲気があった。
ダンの家の最寄り駅を通過する。まもなく目的地だ。
「ダン」
「ん」
「ウチ、また来いよ」
「……うん」
続く
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