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第6話

 狩矢くんと出かけた日から数日後。  俺は狩矢くんのおじいさんのお店へとやって来ていた。目的はおじいさんの美味しい料理……ではない。いやもちろんおじいさんの料理も食べたいけれども、今回のメインはそうじゃない。  俺は、狩矢くんに会うためにおじいさんのお店にやって来たのだ。  あの日以降、狩矢くんと連絡もつながらないし学校でも姿を見かけない。兄ちゃんの態度を謝りたいのと、またどこかに遊びに行く約束を取り付けたくて、話があるからと連絡も入れて狩矢くんの秘密基地である屋上前の踊り場で休み時間の度に待ってみていたが、狩矢くんは一切姿を現さなかった。そもそも登校していないのではと思ったけど、校内で狩矢くんを見かけた人がいるらしいから学校に来てはいるみたいだった。なのに会えない。  で、気付いた。もしかして俺、避けられているんじゃないか、と。  避けられる原因に心当たりはありまくる。狩矢くんは俺があの不良みたいな人たちに絡まれケガもしてしまったことを、自分のせいだととても気に病んでいた。狩矢くんが責任を感じて顔を合わせないようにしているというのは十分にあり得る。俺からしたら狩矢くんに責任なんてひとつもないからあの日も何度も気にしないでと言っていたんだが、彼の顔が晴れることはなかった。  それからもうひとつ。俺が兄の恋人である洋介さんに家の中に連行されてから兄と狩矢くんの間で交わされたであろう会話も、狩矢くんが俺を避ける原因になっていると予想している。  俺が洋介さんに家に連行されたあと、洋介さんには廊下に繋がるリビングのドア前に陣取られて外に出られなかった。「ごめんね、和真に怒られたくないから」なんて言って。ちなみに、和真(かずま)とは兄の名前だ。  洋介さんはそこを通してと怒る俺を穏やかな笑顔を崩さぬまま宥めて、横では俺のケガに気付いた晩御飯の用意をしていた母に消毒液をぶっかけられながら攻防戦を繰り広げていたら、ほどなくして兄が家に入ってきた。狩矢くんも一緒に着いて来たのを期待したが残念ながら姿は無くて、兄が「タクシーで帰らせた」と言った。  俺はそんな兄に狩矢くんに変なことは言っていないかと問い質した。兄は俺に対して少し過保護な部分があるから、ケガさせたのは自分だと自白していた狩矢くんに強く当たっていないかが心配だったのだ。俺の問いに兄は「何も言ってない」と否定したが、絶対嘘だ。何も言ってないはあり得ない。そう思って兄にしつこいぞと怒られるまで何度も問い質したけれど、結局答えてはくれなかった。  兄が狩矢くんになにか失礼をしてしまったのならそれも謝りたい。そしてなにより、狩矢くんと会って話がしたい。その一心で、俺はおじいさんの家に足を運んだのだ。  レトロな外観のお店を前に、俺は深呼吸して気持ちを整える。 「よしっ」  と無駄に気合を入れて、ドアを開いてお店に入った。  店内には店主であるおじいさんと、それからスーツ姿の背の高い男性二人の計三人がいた。  お客さんの対応中かと思ったけれど、様子がおかしい。おじいさんはなぜか少し険しい表情で、入り口の手前側にいる二人のスーツ姿の男と対峙していた。  取り込み中かも、と思ったときには既に遅く、小気味よいドアベルの音に反応して三人が一斉にこちらを向く。そして今まで背中を向けていたため顔が見えていなかったスーツの二人も顔が見えて、俺は思わず息を呑んだ。  一人は三十代くらいで、もう一人は二十代前半くらいだろうか。二人ともしゅっとしていてとても顔が整っている。  ……というかこの三人、みんな顔が似てないか? 「佐崎くん」  呆けながらも二人を観察していたところ、おじいさんに名前を呼ばれて我に返る。おじいさんは先程の険しい表情から一変、優しい微笑みを浮かべていた。 「いらっしゃい。カウンターでもいいかな?」 「あ、はい……でも、お取り込み中だったんじゃ……」 「今終わったところだよ」 「おい、話はまだ終わってない。きみ、申し訳ないが出直してもらえるか」 「いいや終わりだ。二人とももう帰ってくれ、営業妨害だ」 「じゃああいつを連れてきてくれ。私が直接話をする」 「それもだめだと何度言えばわかる。お前とあの子を引き合わせるわけにはいかない」 「じゃあ父さんがあいつに話をしてくれるのか? しないだろう、した試しもない。だから私がこうやって直接出向いてるんだ」 「する必要がない内容だからしてないまでだ」 「大事な話だと何度言えばわかる」 「お前にとっては、だろう。あの子からしたら関係のないどうでもいい話だ」 「関係ないわけあるか。あんなのでもうちの息子だぞ」  な、なんだか激化し始めたぞ。やっぱり話は終わっていなかったみたいだ。  ……って、そんなことより。あの、三十代くらいのスーツの人。おじいさんのことを「父さん」と言ったよね。それから、度々出てくる「あいつ」。たぶんさっき言った「うちの息子」と同一人物、だよね?  おじいさんがお父さんで、そのおじいさんに息子と会わせろ的なことを訴えている、ということは……この人もしかして、狩矢くんの実の父親?  じゃあ隣りの二十代前半くらいの人は、狩矢くんのお兄さん?  というか、絶対そうだよね。よく見たら顔がそっくりだもの。遺伝子強。  この人たちが、狩矢くんの家族か……。  詳細は全く分からないけれど、おそらく狩矢くん本人は家族のことをよく思っていない。それがわかっているから、なんだか少し見る目が変わってしまう。  言い合いを続ける二人を内心おろおろしながら見守っていたら、ふと狩矢くんのお兄さんであろう人が俺に視線を移し、ぱちりと目が合ってしまった。狩矢くんとよく似ているけど、狩矢くんより冷たく感じるその瞳に変に緊張感を抱いてしまう。しかも感情が読み取りにくい。  不躾であると思いながらも探るように見つめていたのだが、狩矢くんのお兄さんらしき人も目を逸らすこと無く、数秒無言で見つめ合うなんていう変な時間が流れた。すると狩矢くんのお兄さんらしき人が何かに気付いたようにはっと目を見開く。そして、俺に声をかけようと口を開いたとき、店内にドアベルの音が鳴り響いた。 「……ぁ」  背後で、誰かが息を呑んだのがわかった。振り返るとそこには、ラフな私服姿の狩矢くんが立っていた。  狩矢くんは目を見開いて俺を、そして次に奥にいる狩矢くんのお父さんとお兄さんらしき人を見てぎゅっと眉間にシワを寄せる。背を向けてそのままお店を出ていこうとした狩矢くんを俺が引き止めるよりも先に、お父さんらしき人が低い声で「待て」と言った。 「お前に用があって来たんだ、そこにいろ」 「知央、家の方に行ってなさい」 「待てと言っている。私の言うことが聞けないのか」  すかさず前に出たおじいさんの言葉に頷いた狩矢くんはお店のドアに手をかけたのだが、先程よりも更に低く大きな声にぴたっと動きを止めた。  ……いや、違う。動けなくなった、が正しいかもしれない。  僅かにだが、体が震えて呼吸も浅くなっている。  もしかして狩矢くん、怯えているのか……? 「わざわざお前の為にここまで足を運んだんだぞ。これ以上私を苛つかせるな」  狩矢くんのお父さんの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。  だって、この人は父親なんじゃないのか?  狩矢くんが怯えているのがわからないのか?  そんな狩矢くんに、どうしてそんな言葉を浴びせられるんだ。  俺の心の奥に、黒い何かがじわりと湧き上がる。 「婚約予定のオメガとの顔合わせを来週土曜日に設定した。十時に秘書に迎えに来させるから同行しろ。決してばっくれようなどと考えるなよ」 「!」  婚約予定のオメガって、相手は狩矢くんということ、だよね。  狩矢くん、婚約するの……?  足場が崩れたような感覚のあと目の前が真っ暗になりかけた。けれど、「勝手に話を進めるなと言っているだろう」というおじいさんの鋭い声にハッとして、なんとか理性を保たせる。  驚きの声を発さなかったのを褒めてほしい。それくらい衝撃だった。  彼はアルファで、良いところの生まれで、いつかはそういういい人と結婚すると、なんとなく予想はしていた。  けど、それでいいと思ったことはなかった。諦めのほうが多かったけど、彼が他の誰かとなんて想像しただけで自分が自分じゃなくなる気がして、その想像はなるべくしないようにしていた。  そして案の定、その事実を突きつけられたらあり得ないくらいショックを受けてしまった。小学生の頃に大事に使っていた兄のお下がりの筆箱をクラスメイトに壊されたとき以上の衝撃だ。  どくどくと大きく鳴る心臓を落ち着かせつつ、そういえば狩矢くんの反応は、と視線を向けた。乗り気だったときは更なるショックを受けるだろうが、怖いもの見たさだ。  しかし狩矢くんは相変わらずこちらに背を向けたまま。震えもおさまっていない。  狩矢くん、お父さんの言った婚約のこと、本当は納得していないんだ。そりゃそうか。お父さんの言い方も命令口調で高圧的だったし、おじいさんも勝手に進めるなと怒っていたんだから。動揺しすぎて冷静に状況を判断できていなかった。  今は、自分の気持ちを浮き沈みさせてる場合じゃない。 「もう決まったことだ。今日中にそのふざけた色の髪も直せよ。わかったな」 「…………」 「わかったかと聞いているんだ。返事くらいしろ」 「っ……」 「はぁ……いいかよく聞け。お前みたいなアルファなのになんの能力もない『出来損ない』は、利益のあるところに婿入りするくらいしか役に立たないんだ。本来は勘当するところをこちらの善意で置いて、家のために使ってやっているというのを忘れるな。再三言っているがこれ以上うちに迷惑をかけるんじゃないぞ。『出来損ない』は『出来損ない』らしく、無い頭をつか、って……」  狩矢くんのお父さんが、不自然に言葉を切って目を丸めた。  なぜか。  自然と身体が動き、俺が狩矢くんを背に隠すようお父さんの前に立ち塞がったからだ。 「なんだ、きみは」  お父さんが怪訝な表情で俺を見下ろす。狩矢くんより背も高いしガタイもいいから、その冷たい目が一層冷たく感じる。俺みたいな子どもがそんな視線を向けられたらしおしおになって道を譲るだろう。しかし俺はその場から動かず、真っ直ぐ狩矢くんのお父さんを見上げた。 「……佐崎?」  狩矢くんが、困惑した静かな声で俺の名前を呼んだ。背後の異変を感じ取って、こちらを振り返ったらしい。でも俺は狩矢くんのお父さんから目を逸らさない。逸らしたら負けだと、漠然とだけれど思った。 「きみ、一体なんな――」 「謝ってください」 「……は?」 「狩矢くんに、謝ってください」  俺の言葉に店内がしんと静まり返る。狩矢くんのお父さんはぽかんとしていたが、ようやく意味を理解したのか眉間に皺を寄せ先程よりも鋭い目つきで俺を睨んだ。 「どういう意味だ?」 「狩矢くんを傷つけたんだから謝るべきです。謝ってください」 「きみ、今は――」  狩矢くんのお兄さんが間に入ろうと声をかけてきたが、お父さんが手を挙げてそれを制止する。相変わらず、俺たちは睨み合ったままだ。 「私は事実を言ったまでだ、間違ったことをは言っていない。どこにあいつに謝る要素があるんだ?」 「いいえ。あなたは間違ってる。全部全部間違ってる。あなたは狩矢くんに謝って、一生をかけて償うべきだ。それくらいのことをしている自覚はありますか」  狩矢くんとその家族の間で何があったのか詳しくはわからない。でも、今のこの人の言葉でなんとなくわかった。そして狩矢くんの自己肯定感が異様に低い理由も。  ずっと、ずっと。その呪いのような言葉をこの人から浴びせられてきたのだろう。中学の途中からおじいさんの家に引き取られたと言っていたから、おそらくその時期まで毎日のように。  そんな生活を想像してぞっとすると同時に、腹の底から怒りがこみ上げあっという間に大きく膨らんでいった。 「これはうちの問題だ。部外者が首を突っ込んでくるな」 「たしかに俺は部外者です。でも狩矢くんは、俺の大事な友達です。友達が傷付いているのに黙って見ているなんて俺にはできません」 「……ほう、あいつの友達、か」  そう呟いたお父さんが、俺の全身をじろじろ値踏みするよう眺める。その視線が不愉快で顔を顰めていれば、お父さんは小馬鹿にしたように鼻で笑った。 「見たところ、きみはベータのようだな。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。こんなのを友人にするなど我が家の恥だ。さすがは『出来損ない』だな」 「っ! おまえ――」  前に出てこようとした狩矢くんを手で制した俺は、もう一歩前に出て狩矢くんのお父さんとの距離を詰める。  ごめん狩矢くん。きみのお父さんだけれど、この怒りを全てぶつけさせてもらってもいいかな。そうじゃないと収まりそうにない。 「俺のことはいくらでも悪く言って構いません。でも、狩矢くんはだめだ。狩矢くんを傷つける言葉を、あなただけは言っちゃだめだった」  親ならば、本当は子どもを抱きしめて、寄り添って、愛をたくさん伝えなければならなかった。俺の両親は兄と俺を差別すること無く平等に接し同じくらいの愛情を注いでくれた。兄が自身の第二次性や周りの言葉に悩み荒れていたときも、なにか問題を起こして両親が頭を下げるような事態になったときも、両親は決して兄を見放すことなく、叱るところはちゃんと叱って、でもしっかり寄り添っていた。親の理想の形はこれだと、俺は思った。  でもこの人は、繊細な心にナイフを突き立て、激しく切りつけ傷つけた。そんなの、自分よりうんと年下の、しかも自分の息子にしていい所業じゃない。 「……狩矢くんは、『出来損ない』なんかじゃない。誰も敵わないくらい頭もいいし運動もできる。それは、過去の狩矢くんが誰よりもたくさん努力してきたからこその成果だ」  そして勉強や運動だけじゃない。身近な人が傷つくことに心を痛め泣きそうな顔をしてしまうくらい優しいところも、責任感が強いところも、無表情もきれいだけど笑うと一層きれいでかわいらしいところも。『出来損ない』だったら、決して持つことのできない人間らしいものだ。  この人は、なにも知らないんだろう。狩矢くんが勉強を教えるのが上手なことも、おじいさんの料理が大好きなことも、年相応の笑顔を浮かべることも、普段なにを思ってなにに傷付いてなにに喜んでいるのかも。血の繋がった家族なのに。たったひとりのお父さんなのに。なにひとつ、知ろうともしていない。 「人の中身を見ず、自分の目に見えているものだけで全てわかった気になって、『アルファなのに』、『ベータだから』と人を見下して……それが一体何になるっていうんだ。そんな上辺だけの結果で狩矢くんを貶めて、一体何が残るっていうんだ」 「人聞きの悪い。うちのアルファに生まれたからには、相応のレベルに達して我々の役に立ってもらうのが――」 「そうやって自分の息子を自分のいいように使うことしか考えてないのが父親失格だって言ってるんだ! 優秀とか優秀じゃないとか、使えるとか使えないとか、そんなことでしか人の価値を測れないあなたのほうがよっぽど、人間として『出来損ない』だ!」 「なっ……」  狩矢くんのお父さんがキッと眉を吊り上げる。これまでなにを言っても手は出してこなかったけれど、初めて感情的に、俺の胸倉を掴もうとした。 「いい加減にしないか、みっともない!」  しかしすぐさまおじいさんが間に入って、俺を掴もうとした狩矢くんのお父さんの手を阻む。すると今度は後ろから腕を掴まれ、お店の入り口の方に引っ張られた。  慌てて振り返ると俺の腕を掴んだのは狩矢くんで、ぐいぐい引っ張って俺をお店の外に連れ出そうとしているようだった。 「っ、待って狩矢くん! あの人まだ狩矢くんに謝ってない!」 「いいから」  俺は抵抗してその場にとどまろうとした。でもやっぱり狩矢くんの方が力が強いから、俺はあっさりとお店の外まで引き摺られてしまった。  そしてそのまま引き摺られて行き、近くにあった公園に辿り着いたところでようやく立ち止まった。ただ俺は未だ怒りがおさまっていないので、こちらを振り返った狩矢くんを思いっきり睨みつける。 「なんで引き離したの? あの人まだ狩矢くんに謝ってないのに!」 「佐崎落ち着けって」 「落ち着いてなんかいられないよ! あの人ひどいことたくさん言った! あの人が狩矢くんに謝るまで許さない! いや謝っても絶対に許さないけど!」 「あれがあいつの通常運転なんだよ。もう慣れたもんだから気にするな」 「あんなのに慣れないでよ!」  声を荒らげた瞬間、なぜだかぽろっと涙がこぼれた。泣きたいわけじゃないのに次々溢れ出てくるそれの止め方がわからない。ぼやけた視界の先の狩矢くんが目を見開いている。  そりゃそうだ、目の前の人間が突然泣き出したらそんな顔もする。でもしょうがないじゃないか、悔しいんだから。  絶対、絶対慣れちゃだめなのに。俺が狩矢くんと兄弟だったら絶対、そんな思いさせる前に狩矢くんを連れて逃げ出せたのに。  悔やんでも仕方ないというのはわかってる。俺と狩矢くんは兄弟じゃないし、どう足掻いたって過去に戻ることもできないから。でも悔しい。狩矢くんがあんな悪意に晒されて辛い思いをしていたはずなのに、何もできなかったことが悔しくてたまらない。 「な、泣くなよ。ほんとうに、お前が気に病むことじゃないって」 「わかってる。俺なんかより狩矢くんのほうが辛いってことも。俺が泣いたって仕方ないことも、わかってる。わかってる、けど……」 「…………」  みっともないくらいぼろぼろ涙をこぼす俺を見て、狩矢くんがひとつ息を吐く。そして服の袖でぐいぐいと少し強めに涙を拭ってくれた。 「……佐崎が俺のために立ち向かってくれただけでもう、十分だ」  狩矢くんはそう呟いて目を細める。その表情に憂いは無いが、どこか諦念の影がわずかに見えて俺は心臓がきゅっとつかまれたような心地になった。  どうしてだろう。嫌な予感がする。 「いい加減俺も、目を逸らし続けちゃだめだよな」 「狩矢くん……?」 「……俺、家族から逃げ出してじいちゃんの家に住むようになったけど、本当はこんなの、一時凌ぎにしかならないって気付いていた。あいつらは俺がどこにいようと執念深く追いかけてくる。『出来損ない』が悪さしないよう監視するためにな。だから結局は、あいつらの言いなりになるしかない」 「そんな……」 「でももう、それでいい。俺自身を見て、俺自身を想って泣いてくれた人がいた。それだけで俺はこの先も前を向いて、生きていける」  また涙を溜めた俺の目元を、狩矢くんの親指が優しく拭う。  そしてふわりと、穏やかに笑った。 「ありがとう、佐崎。お前と友達になれてよかった」 「っ!」  どうして今、そんなことを言うんだ。友達と初めて言ってれて、嬉しいはずなのに全然嬉しくない。だってこのまま、狩矢くんがいなくなってしまうような気がしたから。 「だめ」 「え……?」 「だめだよ、言いなりになんかならないで」  絶対にだめだと続けた俺に、狩矢くんが困ったように眉を下げる。  困らせてしまうのもわかってる。でも、狩矢くんがあの人の言いなりになったら、狩矢くん自身が幸せになれない。流れで婚約も決まってしまう。狩矢くんをよく知りもしない、ぽっと出のオメガが婚約者になってしまう。狩矢くん自身が好きになった人じゃない人と結婚することになる。それだけは嫌だ。 「狩矢くんには、狩矢くんの望む生活を送って、狩矢くんが大切だと思う人と一緒に過ごして、誰にも邪魔されず幸せな人生を送ってほしい。ずっと笑って過ごしていてほしいんだ。だから、そんな諦めたようなことを言わないで……!」 「佐崎……。どうして、そこまで……」 「そんなの、好きな人には幸せになってほしいからに決まってるだろ!」 「……え?」  感情的にそんなことを叫んでから、俺は自分の失言にはっとする。がばっと顔を上げ狩矢くんを見れば、彼は目を見開いて俺をぽかんと眺めていた。  俺今、勢い余って狩矢くんを好きな人って……。  自分の顔が赤くなって更に青くなるのもわかった。だって言うつもりなんてなかったから。  どうしよう、どうしよう。 「佐崎――」 「ッ!」  こちらに手を伸ばした狩矢くんから慌てて距離を取る。そして狩矢くんの顔もまともに見れないまま、俺はその場から一目散に逃げ出した。  それからしばらく虚無のまま日々を過ごした。  冷静になってみれば、あのとき狩矢くんのお父さんに対してかなり生意気な口をきいてしまっていたことに気が付いた。意見したことに関しては全く後悔してないけど。でも少しだけ言い過ぎたかもと反省はしている。狩矢くんのお父さんと何かの拍子に再び顔を合わせるなんてことがあったら口汚く罵られそうだ。  それから狩矢くんには、せっかく友達だと言ってくれたのに……勢いで自分の気持ちを叫んでしまった。最悪すぎる。自分の抱いていた感情の後ろめたさから彼に連絡もできていないし、合わせる顔もないから会いにも行けていない。ついでに狩矢くん自身も学校に来ていないようで、あの日以降顔を合わせるタイミングをつかめていなかった。  会えないことにほっとはしている。けど、残念に思っている自分もいて、あまりの矛盾のしようにため息しか出ない。会いたいけど会いたくない……とは言え、狩矢くんがどうしているかは非常に気がかりだ。  狩矢くんは、大丈夫だろうか。あれからまた、ひどいことを言われたりしていないだろうか。  またいろいろ話とかを聞けたらいいな。そして願わくば、俺の告白なんか忘れてくれてるといいな。俺の心の準備が整ったらまた、会いに行こう。会ってくれるといいな。  なんて、狩矢くんに思いを馳せた。  しかし――。  狩矢くんが遠くの学校に転校したと聞いたのは、それから一ヶ月ほどがたってからだった。

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