2 / 8

②熱に溺れて

「それで万が一にでも相手に子どもができたら、どうするつもりなんですか? あなたに責任、取れるんですか?」 「それは……」  さらに強い口調で、詰め寄る僕。  うにゃうにゃと、口ごもるルーファス様。  にっこりと微笑んで、現在がいかに危険な状態かの説明を続けた。 「ちなみに僕も、オメガです。しかも、発情期間近の。なのでここにこれ以上いたら、僕があなたを襲ってしまう可能性もあるんですよ?」  ようやく僕の言わんとすることが理解できたのだろう。  彼は『あっ……』と小さな声を発し、それから完全に黙ってしまった。 「ようやく状況を、ご理解いただけたようで。ですが、安心してください。僕はちゃんと、理性が保てています。まだヒートには、入っていませんから。なので僕が外に出るので、あなたはその間に処理してください。そして終わったら、すぐにここから立ち去ってくださいね」  なのにルーファス様は立ち上がり、僕の腕をつかんだ。 「理性が、保てているだって!? まさかノアは、気付いていないのか? ……そんな、物欲しそうな顔をして」  その言葉を聞き、自分の体がすでにヒートに入りかけているのだとようやく気付いた。  じんわりと下半身が、濡れていくような感覚。  自分ではわからないけれど、アルファである彼にはきっともうバレてしまっているに違いない。  ……オメガの僕が放つ、あさましいフェロモンの匂いが。 「ご、ごめんなさい! だけどあなたに迷惑をかけるつもりも、ヒート間近なのが分かった上でわざとうちに連れてきたわけでもないんです! 信じてください!」  泣きそうになりながら、あわてて距離を取ろうとした。  だけど逆に、掴んでいた腕を引かれて。……そのまま僕は、ベッドの上に押し倒された。  信じられなかった。……あのルーファス様が僕に対して、こんな真似をするだなんて。 「へぇ……。噂とは違って、随分遊び慣れていらっしゃるようで。ならあのまま外に、あなたを放置しておいても別によかったのかな?」  体の火照りをごまかすみたいに、無理やり余裕な笑みを浮かべて告げた。  24歳になる今もいまだに経験がまったくない僕はヒートの熱と相まって、内心はめちゃくちゃ動揺していたけれど。 「ひどいいわれようだな。だけど体が火照って仕方がないのは、俺だけじゃない。そうだろう? だけど恩人である君に、無理強いはしないよ。……本当に嫌なら、全力で逃げればいい」  僕の顎先に指先を添え、無理やり視線を合わされた。    熱を宿した、碧色の瞳。  それは媚薬のせいだと分かっていたはずなのに、勘違いしそうになる。  愛しいと思う相手として、僕のことを求めてくれているんじゃないかって。  ……そんなこと、絶対にありえないのに。  実をいうと僕は、ずっと彼に憧れていたのだ。  というのも今からおよそ、8年ほど前のこと。  僕は彼に、助けられたことがある。    はじめてのヒートを迎える、少し前。僕はただオメガだというだけの理由で、見ず知らずの酔った騎士に路地裏で襲われそうになった経験がある。  その時たまたま通りかかったのが、当時まだ騎士見習いだったルーファス様だった。  彼はアルファの騎士にたいして、獣じゃあるまいし合意もないのに情けない真似はやめろと、諫めてくれた。  それでも男がなおも食い下がろうとしたから、身を挺して追い払ってくれた。  ……まだ彼は見習いの身で、相手の男は彼よりも格上の騎士だったのに。  結局きちんとお礼をいうことすらできないまま別れてしまったけれど、僕はいまだにその時のことを忘れることができないでいた。  彼の|番《つがい》になりたいなどというだいそれたことはもちろん考えてもいないが、ずっと彼への憧れは心に残されたまま。    なので彼が今日祭りの警護を担当することになり、このタヴァサの町を訪れると聞き、ひそかに心待ちにしていた。  遠巻きにひと目だけでも彼の姿をまた見られたらいいなとひそかに期待し、胸を高鳴らせていた。  なのにまさか彼があんな状態の時に再会し、さらにはベッドに押し倒されているこの状況に、動揺するなというほうが無理な話だと思う。  普段の僕であれば確実に、彼と距離を取るため家を出ていただろうと思う。  だけどこの時の僕は、かつてないほど体が熱く火照っていて。  ……ひとときの夢でもいいから、ルーファス様が欲しくてたまらなかった。  こんな形で抱かれたとしても、きっと後悔するぞ。  だからやめておくんだ、ノア。  もうひとりの自分が、頭の中で警鐘を鳴らし続けている。  だけどオメガの本能に抗うことのできない、獣みたいな僕がささやくのだ。  この機会を、逃したら。……平民で、しかも男のオメガの僕なんかが彼に抱かれる機会なんて、きっと永遠に訪れない。  だから自分も被害者のふりをして、このまま抱かれてしまえばいい。  そうだ。これは、事故みたいなものなのだ。  それに女性にも男性にも人気の高い彼からしてみたら、こんなのは一夜の過ちに過ぎないはず。  僕はきっと一生忘れることができなくても、彼にとってはなんてことのない平凡な日常の一幕に違いないのだから。    ルーファス様も、こんなに僕を求めてくれているんだ。  だったらもう、いっそこのまま……。  覚悟を決めて、瞳を閉じて。  ……彼が与えてくれる、熱く甘いキスに溺れた。

ともだちにシェアしよう!