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③夢から目覚めて

 彼の節くれだった男らしい指が、洋服の上から僕の下腹部に触れる。  それは直接的な刺激ではなかったけれど、ますます僕のうずきを昂ぶらせ、オメガとしての本能を揺り起こした。 「んっ……!」  こんな貧相な体をした男のオメガの僕を相手に、こんなにも発情してくれているのがうれしかった。  ずっと大好きだった彼に、触れられている。それだけで体はさらに火照り、下腹部が熱を持っていくのを感じる。 「……後悔しても、知りませんからね」  これは僕からの、最後通告だ。だけど彼はクスリと妖艶に笑い、僕の耳元で甘く囁いた。 「それは、こっちのセリフだよ。……やっと逢えたんだ、絶対に逃がしたりしない」  その言葉の意味はよくわからなかったけれど、これでこの行為は合意の上のものとなった。  だからお互いに、責任を取る必要もない。  媚薬を飲まされた彼と、ヒートを迎えた僕。そのふたりがたまたま同じ場所に居合わせたせいで起きた、ただの事故のようなものなのだから。  愛撫もそこそこに、着ていた服を性急に脱がされて。  僕も少しでも早く彼とつながりたくて、彼の制服のボタンに手をかけた。  ずっと彼に、憧れていた。これがひとときの夢であっても、構わない。  ……この美しくて、誰よりも高潔な騎士様に抱かれたい。  まるで本物の、獣にでもなってしまったみたいだ。  愛の伴わないこの行為には、なんの意味もない。……少なくとも、彼にとっては。  それが分かっていながらこの日僕は何度も彼に抱かれ、そのまま意識を飛ばした。 ***  窓から差し込む、朝の光。それがまぶしくて、目を覚ました。  誰かが後ろから、僕を抱きしめる気配。不思議に思い、そっと目を開いた。   「おはよう、ノア」  目の前でクスクスと笑う、ルーファス様の美しすぎる顔面。  それに驚き、ベッドから跳ね起きた。 「うゎ……! なんでルーファス様が、うちに!?」 「あはは。ノアは、朝から元気だな。なんで俺がここにいるのか、本当に覚えてない?」  僕に向かって手を伸ばし、唇にキスをしようとする彼。  そこでようやく、全部思い出した。……僕ってば、なんてことを!!  あわてて彼を突き飛ばし、裸の体にシーツをまとった。 「ごめんなさい、ルーファス様! わざとじゃなかったんです。全部ちゃんと、忘れます。だから……」  だから許してほしいというその願いを、僕は口にすることがかなわなかった。  というのも彼の人差し指の先が僕の唇に優しく触れて、もう黙るようにと無言のまま促されたから。 「ノア、君は謝らなくていい。むしろ君は、被害者なんだから。……本当に、すまなかった」  謝罪の言葉を口にしているはずなのに、その表情は優しく甘い。  昨夜たくさん彼に抱いてもらい、もうヒートは落ち着いたはずなのに心臓のドキドキが止まらない。  それでも彼に謝られるのはやっぱり違うような気がしたから、その指先をよけて告げた。 「被害者だなんて、僕は思っていませんよ。でも、そうですね。あれはやっぱり、事故のようなものだ。だからお互い、もう忘れましょう」  本当は胸が張り裂けそうなほど辛かったし、悲しかった。  だけど彼の負担にだけは絶対になりたくなかったから、笑顔で告げた。  なのに彼はすねたように唇をとがらせて、僕が予想だにしなかった言葉を口にした。 「……嫌だ」 「は……?」  平民の僕が騎士であり公爵家の嫡男である彼に対して、さすがにこれはちょっと失礼すぎる反応だったかもしれない。  だけどあまりの意味の分からなさに、思わず変な声が出た。 「嫌だと、言ったんだ! 俺はなかったことになんかしたくないし、絶対に忘れたりしない。……出来ないよ」  腕を引かれ、再び強く抱きしめられて、気付けば僕は彼にキスで唇をふさがれていた。  だけど、その時だった。僕の腹の虫が、元気よくぐぅと鳴いた。  思わず顔を見合わせる、僕とルーファス様。  あまりにも恥ずかしくて、うつむいたままふるふると羞恥に震える僕。  するとさっきの音の正体を理解したのか、ルーファス様はプッと噴き出し、そのままゲラゲラと腹を抱えて爆笑した。 *** 「すみません、たいした食事を用意できなくて……」  あまり柔らかいとはいえない、ちょっぴり焦げたにおいのするパン。  残り物の野菜を使って作った、ほぼ塩味だけのスープ。  僕にとっては当たり前だけど、彼にはこんな食事、残飯のようなものに違いない。    正直かなり情けない気持ちだったけれど、一応本当に食べるか確認してみたところ、ぜひと言われたので仕方なくルーファス様の分の朝食も用意した。  唯一の身内だった祖母を今から3年前に亡くした僕には、身寄りがない。  だからこんな風に誰かと朝食をとるのは、本当に久しぶりのことだった。 「なんていうか、とっても胃に優しそうな献立だね。おいしいよ」  その褒め言葉に、なんとも微妙な気分になった。 「ありがとうございます。とはいえいつも美味しいごちそうばかり食べているでしょうから、こんな粗食、本当にお恥ずかしい限りです」  ちょっと苦笑して答えたら、彼は本気で不思議そうに首をかしげた。 「なんで、恥ずかしいのさ? 俺は、心からうまいって思ってる。だってこの食事は、ノアが俺のために用意してくれたんだから」    甘やかな笑みで言われ、思わず咳き込んだ。

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