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④最初の嘘

「あなたのためじゃ、ありません。僕の食事を用意する、ついでですよ!」  言い訳のように早口で答えると、ルーファス様はおかしそうにただククッと笑った。 「ところで、ルーファス様。周辺警護の途中に離脱してしまって、大丈夫だったんですか?」  暗に帰らなくていいのかという意味を込め、淡々とした口調で問う。  なのに彼はその裏の意味を理解しているのかいないのか、しれっと答えた。 「大丈夫。俺が担当する時間帯はもう終わっていたし、体調が優れなかったのも、一応伝えてあるからね。ちなみに今日はもともと休暇をもらっていたから、まだノアと過ごす時間はたっぷりあるよ」  僕の手に優しく触れる、彼の指先。  もうヒートは治まったはずなのに、大好きな彼に触れられているのだと思うと、またしても心臓が馬鹿みたいに大騒ぎをはじめた。 「……ルーファス様はやっぱり、噂とは違って遊び人だったみたいですね」  たっぷりの嫌味を込めて、笑顔で告げた。  すると彼は、心底心外そうに形の良い唇をゆがめた。 「それは誤解だよ、ノア。これまで俺は、立派な騎士になるためだけに生きてきた。だから残念ながら、恋をしている暇なんてなかったからね」 「それにしては、随分遊び慣れていらっしゃるようでしたけどね」  つい喧嘩を売るような言い方をしてしまったのはきっと、僕の心が警鐘を鳴らしていたからだ。  ……このままこの人の側にいたら、僕はきっと彼のことを、もっと好きになってしまう。 「へぇ……。そんなに、良かったんだ?」  じっと瞳を見つめたまま今度は手を取られ、そのまま僕の指先を口元へと持っていったかと思うと、甘く口付けを落とされた。  昨夜は何度もキスを交わし、それ以上の行為だって何度もしたはずなのに、素の状態でそんなふうにされると、一瞬のうちに顔が赤くなるのを感じた。 「……本当に恋愛経験が皆無だから、それを聞いてホッとした」  ほくほく顔で言われたが、ちょっと待ってくれ。  ……もしかしてこの人は、本当に恋愛経験がまったくないのだろうか?  こんな恋愛の百戦錬磨が、服を着て歩いているみたいな見た目をしているくせに?  そんな考えが、まんま顔に出てしまったのだろう。  彼はちょっとバツが悪そうに苦笑して、僕の手を離した。 「本当だよ? ……全部君とが、はじめてだから」  あまりにも衝撃的な告白に、思わず息を呑む。  嘘だろう? ただの事故としてやり過ごそうとしたのに、まさか僕はルーファス様の童貞を奪ってしまったというのか!? 「……冗談、ですよね?」  一縷の望みをかけて、おそるおそる問う。  なのに彼は真剣な瞳でまっすぐに僕を見つめたまま、艶やかに微笑んで答えた。 「冗談なはずがないだろう? ノア……、俺と結婚してください。一生苦労はさせないし、君だけを愛し続けると誓うよ」  その言葉を聞き、めまいがした。  なんてことだ。……僕は一夜の思い出が欲しかっただけなのに、とんでもないことになってしまった。  そもそもの話。彼は僕がはじめての相手だったから、勘違いしてしまっているだけに違いない。  ヒートの熱に浮かされた僕と、媚薬でおかしくなったルーファス様。  そんな歪な形で始まったこの関係が、運命なのだと。  一夜の過ちとして、あっさりなかったことにしてもらえると思ったのだ。  ……なのにまさか、こんなことになろうとは。  想像もしなかった展開に、思わず頭を抱えた。  不安そうに僕を見つめる視線にほだされそうになったけれど、絶対に駄目だ。  ……公爵家の嫡男であり、騎士団長でもある彼の未来を、こんな地味で平凡なオメガの僕が奪うわけにはいかない。  でもこのままなかったことにして欲しいと言ったところで、おとなしく引き下がってくれるとも思えない。  町のオメガの女の子たちみたいに、この展開をラッキーだと素直に受け入れられる図々しさがあればいっそ良かったのかもしれない。    でも残念ながら僕は親友のクリスからも、クソ真面目だといつも言われている。  そのためこのプロポーズを、ありがとうございますと素直に受け入れることなどできるはずもない。  そうだ! いいことを、思い付いた。  僕が他に好きな人がいることにして、今回のことはすべてなかったことにしてもらおう。  そうすればきっと角が立たないし、少し時間が経てばきっと彼も、これがただの事故だったのだと思えるようになるはずだから。 「勝手に誓われても、困ります。……だって僕には、他に好きな人がいるので」  信じられないものを見るように、彼の深海を思わせる深い碧色の瞳が大きく見開かれた。 「……そんな、嘘だろう? だって君は、俺の……」 「嘘なんかじゃ、ありませんよ。だって嘘をつく必要なんて、どこにもなくないですか? 騎士団長様の、プロポーズ。平民の僕が断る理由なんて、ひとつしかありません」  本当は胸が張り裂けそうなほど悲しかったし、苦しかった。  だけど一瞬の感情に流されて、約束された彼の将来を壊すような真似だけは絶対にしたくなかった。  だからわざと冷たく微笑んで、トドメのひとことを口にした。 「僕が好きなのは、あなたじゃない。……別の人だからですよ」

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