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⑥謎の執着

 なんでこんなことになってしまったのだろう?  昨日の今日で再びうちを訪れたルーファス様にお水を差し出しながら、ひとり首をひねる。  僕はちゃんと彼に、伝えたはずなのだ。僕には他に、好きな人がいると。  なので彼に責任を取ってもらう必要もないのに、なぜ彼は再び僕の元を訪れ、あろうことか見たこともないくらい豪華な花束を差し出しているのだろう?  いくら彼のはじめてを意図してではないものの奪ってしまったのだとしても、彼がこんなふうに僕にたいして執着を見せる理由がわからず、不思議でたまらない。  ちなみにいただいた花束を飾るような花瓶などというぜいたく品は、当然のことながら我が家にはない。  そのため申し訳なく思いながらも、仕方なく普段使っている木桶に飾らせてもらった。  ルーファス様は時間がなくてこんなものしか用意できなかったと言っていたが、この花束ひとつで、いったいいくらくらいしたのだろう?  日々ギリギリの生活を送っているため、花を買うなどという考え自体がない僕には、その値段なんて想像もつかない。  だけど僕の食事一週間分よりも、きっとずっと高価であろうことだけは分かった。 「あの……。ルーファス様? きちんと僕は昨日、伝えましたよね? ……僕には、好きな人がいると」  本当はあんな嘘、僕だってつきたくはなかった。  だけどそうでもしなければ彼は、僕にたいして責任を取ろうとすると考えたからだ。  苦肉の策ではあったが、これでルーファス様も引き下がってくれると思ったのだ。……なのに、いったいなぜ?  ずっと彼にあこがれていた自分からしてみたら、あれは夢のような時間だった。  でも、だからといって、彼のことを縛るつもりなんてほんの少しもなかったのに。 「うん、聞いたよ。だけどそれが、いったいなに?」  にっこりとほほ笑んで、質問を返された。  普通であれば僕のような平民は、彼みたいな身分の高い人と、こんなふうに話す機会すらないだろう。  なのに事故のような状況だったとはいえ一夜の関係をもっただけでなく、まさか求婚されることになるだなんて。  たとえば僕の器量がよかったり、家柄が良かったり。あるいはなにかの才に長けているというなら、まだ分かる。  しかし僕は平凡どころか、オメガにしては見目も良くないし、器用なわけでもなければ高い魔力を持つわけでもないのだ。  それにもし僕がルーファス様の求婚を、受けたとしても。……彼の両親はきっと反対するはずだし、認めてもらえるはずがない。  だって僕は、たたの平民で。……両親すら幼い頃に亡くしたせいで、このタヴァサの町の住人たちからも憐みの目を向けられて生きてきたのだから。 「それがいったいなに、じゃありませんよ! 僕の好きな人に誤解されたら、どうしてくれるんですか!?」  悲しそうに、彼の深い碧色の瞳が揺れる。それにほんの少しだけ心が揺らぎそうになったけれど、一時の感情で僕にプロポーズなんて真似をするルーファス様にたいして、腹も立っていた。  たまたまあの場に居合わせたのが、僕だっただけ。他のオメガが通りすがり、声をかけていたら、彼のはじめての相手は別の誰かだったはずだから。  柄にもなくキッと彼の顔を睨み付けてやったというのに、ルーファス様は甘やかな笑みを浮かべて答えた。 「怒った顔まで、かわいいだなんて。……本当に、たまらないな」  ダメだ、全然話にならない。だけど彼にかわいいと言われ、うれしいと感じてしまった。……それが悔しい。  ふぅと小さく息を吐き、呼吸と動悸を整える。 「それにルーファス様は白騎士団の団長で、しかも公爵家のお生まれですよね? 僕のようなどこの馬の骨とも分からない人間との結婚が許されると、本気でお思いなんですか? 妾のひとりにというなら、まだしも……」  ボソボソと、呟くように言う。  するとルーファス様は、信じられないものでも見るような視線を僕に向けた。 「君の出自なんて、どうだっていい。だけど、妾のひとりにだって!? 君は俺のことを、そんな不誠実な人間だと思っているのか!?」  その反応にかなり驚きはしたものの、貴族というのはそういうものなはずだ。  女の子たちが仕入れてきたゴシップ情報は、嫌でも耳に入ってくる。なので貴族と直接関りはなくとも、なんとなくではあるものの理解はしているつもりだ。 「不誠実……、というか。それが貴族の、普通なんですよね?」  なんで責められているのか分からなかったが、素直に思った通り答えた。  大きなため息を吐き、思い切り脱力するルーファス様。今度は恨みがましい目で見られ、なんともいえない気分になった。  ……だけど僕は、なにもおかしなことなんて言っていないよな?    おおいに困惑しながら、彼の顔を凝視する。すると彼の喉が、ごくりと鳴った。 「……ルーファス様?」  不思議に思い、彼の名を呼ぶ。すると彼は、なぜか慌てたように僕から視線をそらした。 「とにかく、だ! 俺はノアに思う人間がいようが、平民であろうが、そんなのは関係ない。妾などじゃなく、唯一の存在として永遠に愛し続けると誓おう」 「あっさりそんなの、誓わないでください。……困ります」    ルーファス様をまね、にっこりとほほ笑んで言ってやった。  グッと言葉に詰まる、ルーファス様。だけどやはりまだ引き下がるつもりはないのか、彼はガタンと椅子から立ち上がり、僕のほほに手を触れた。 「困るのはこちらのほうだよ、ノア。そんなにも好きだという相手がいるというなら、そいつを一度俺に会わせてくれないか? その相手に勝てないと思ったら、その時はちゃんと身を引くから……」  祈るように、すがるように言われ、途端にどうするのが正解か分からなくなった。  ルーファス様以上に素敵な人なんて、いるはずがない。でもこれでその人に会わせなければ、僕の嘘があっさり暴かれてしまうことになるだろう。 「……分かりました。ですが、ルーファス様。ひとつだけ、約束してください。彼には絶対に、余計なことを言わないでくださいね?」

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