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⑧僕の好きな人
僕が考えた作戦は、こうだ。僕が好きな人は、クリス。
そして彼は幼なじみなので、僕のことを誰よりも理解してくれているという設定でいくつもりだ。
実際彼は僕のことを、僕の次によく知っていると言っても過言ではないはずだ。
なので僕に関することなら、割となんでも答えられるような気がする。
だからハイスペックなルーファス様ではなく、僕の一番の理解者であり幼なじみのクリスを選んだのだといえば、言い訳としても苦しくないはずだ。
……とはいえそこに恋愛感情なんて、お互いほんの少しもないわけだが。
さすがに両思いの芝居までさせるのは申し訳ないから、クリスに僕が一方的に思いを寄せているしているということにしようと思う。
先日うちを訪れた際、ルーファス様は2日後に剣の鍛錬が終わってからまた来ると言っていた。
そして今日がその、2日後にあたる。
なのであらかじめ約束していた通り、クリスには偶然を装ってうちを訪れてもらう手はずとなっている。
僕はあまり嘘をつくのが得意ではないし、クリスも恋人役の芝居ができるような器用なタイプの人間じゃない。
そのため正直なところ不安しかないが、背に腹は代えられない。
コンコンと、扉をノックする音が響いた。
おそらくルーファス様がまた来てくれたのだと思うと、緊張で心臓がドキドキしているのを感じる。
だけど深呼吸をひとつして気持ちを落ち着かせ、平静を装い扉を開けた。
「こんにちは、ノア。今日もとっても可愛いね」
蕩けそうなほど、甘やかな笑み。
それを見た瞬間、一瞬罪悪感に飲まれそうになった。
しかし僕は、もう決めたのだ。
やっぱりルーファス様には、僕のことなんか諦めてもらおうと。
さすがに僕に本気で好きな人がいると分かれば、彼だって引き下がってくれるに違いない。
それをさみしいと思う気持ちには、無理やり蓋をした。
「冗談は、よしてください。僕のことは、僕が一番よく分かっていますから」
当たり前みたいに差し出された、やたらと豪華なラッピングが施されたボックス。
きっとまたその中身はアクセサリーか何かなのだと思うと、胃がキリキリと痛んだ。
というのも三度目の来訪の際には、気持ちが悪いくらい僕の薬指にぴったりなサイズの指輪をプレゼントされたからだ。
しかもそれには、着けたら指がつってしまうんじゃないかと思うほど大きな宝石が付いていた。
これまで僕は宝石などというものに縁のない生活を送ってきたけれど、あれがとんでもなくお高い代物であることだけはよく分かる。
なのでなんとか持ち帰ってもらおうとしたのだが、指輪は僕の指の太さにあつらえて作られていた上、内側にはルーファス様と僕の名前まで掘られていた。
なので結局返すこともできず、いまだに僕の手元にあるというのが現状だ。
「……受け取る前に、その箱の中身をおうかがいしても?」
おそるおそる聞くと、彼は満面の笑みで答えた。
「ノアのために作らせた、ブローチだよ。早く開けてみて!」
受け取ってもらえると信じて、微塵も疑っていない無邪気な表情。
それを見て、なんともいえない気分になった。
蓋を開けるとそこには、ルーファス様の瞳の色をイメージしたのだと一目で分かる、深い碧色の宝石があしらわれたブローチが。
しかもさっきの彼の口ぶりからして、これは既製品ではなくオーダーメイドの逸品と思われる。
その金額を、想像するだに恐ろしい。……僕の食費、何日分にあたるのだろう?
一生馬車馬のように働き続けても、こんな物を買うだけのお金、僕には準備できない可能性のほうが高いかもしれない。
「……ごめんなさい、受け取れません」
「えぇ!? なんで!」
本気で驚いている様子だが、逆にこちらがなんでと問いたい。
……いくら一夜を共にした仲とはいえ、なんでこんなにも僕に貢ごうとするのかと。
「だって僕とあなたは、付き合ってもいないんですよ? それにこんな豪華なブローチをいただいても、僕にはそれに合わせる服もありませんし」
すると彼はハッとしたように瞳をみひらき、それから斜め上を行く発言を繰り出した。
「……なるほどな、たしかにノアの言う通りだ」
もしやクリスの登場前に、僕の考えをようやく理解してもらえたのだろうかと期待したのに。
……彼は僕が、想像だにしなかった言葉を口にした。
「ではまずは、ブローチに合いそうな服を買いに行こう! 今の服もとてもよく似合っているけれど、俺が選んだ服に身を包んだノアの姿。それを想像しただけで、わくわくしてしまうよ。はじめてのデート、楽しみだね?」
「そういう話では、ありません!!」
僕の絶叫が、狭い家の中に木霊した。
ちょうどそのタイミングで、玄関の扉が勢いよく開いた。
険しい表情で、僕を背中にかばうようにして前に立つルーファス様。
それに少しだけときめいてしまったのは、仕方のないことだと思う。
そして扉の向こうにいたのは、そう。僕が依頼して、今日偶然を装って来てもらう予定になっていたクリスだ。
「よぉ、ノア。母さんから、野菜を預かってきたんだが……。もしかして、お邪魔だったか?」
ニヤニヤと、品のない笑みを浮かべるクリス。
約束通り、今日絶妙なタイミングでうちを訪れてくれたのはたいへんありがたい。……ありがたい、が。
僕が求めていたのは、町一番の好紳士だ。
こんなふうにゲス顔で笑う男ではない。
だけど今さら、軌道修正は難しいだろう。なので僕は、無理やり芝居を続行することにした。
「クリス! ありがとう、来てくれたんだね。お邪魔なはずが、ないだろう。だって、君が来てくれたんだもの」
自分でも寒気がするほど、媚びた声。
それを聞いたクリスは心底嫌そうに眉間にしわを寄せ、ルーファス様はびっくりするくらい険しい表情でクリスのことを睨み付けた。
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