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⑭記憶

 その翌日。コンコンと、扉をノックする音が響いた。  まさかと思いながら扉を開けるとそこには、またしても何やらプレゼントらしきものを抱えるルーファス様の姿があった。    あれだけ僕はひどいことを言ったのだから、彼はもう僕になんて、愛想を尽かしてくれたとばかり思っていたのだ。なのに、なぜ!?  本気で僕が困惑しているというのが、伝わったのだろう。  彼はいつものように歯が浮くような甘い台詞を吐くことなく、バツが悪そうに言った。 「こんにちは、ノア。……昨日は、本当にごめん」  泣き腫らした目を、僕がしていたせいだろう。  心から申し訳なさそうにそんなふうに言われると、ツンツンした態度を取り続けるのは僕が大人げがないように思えた。  なので仕方なく、彼を家の中へと招き入れることにした。 「こちらこそ、少し言い過ぎたかもしれません。……ごめんなさい」  彼が僕を諦めてくれなかったのだから、僕は本来なら困らなければいけないはずなのだ。  なのに逆に少しホッとしてしまっている自分に気付き、苦笑した。……本当に未練たらしくて、自分で自分が嫌になる。 「いや。君のいう通り、俺のしたことは最低だったと思う。だから……、本当にごめん」  勢いよく頭を下げられ、戸惑った。  だって彼は貴族で、白騎士団の団長様で。……僕は氏を持たない、平凡を絵に描いたようなただの平民のオメガなのだから。 「やめてください! ちゃんと拒絶しきれなかった、僕にも非があります。……とはいえ次また同じようなことをしたら、絶対に許しませんけどね」  じとりと睨み付け、告げた。  すると彼は心底申し訳なさそうに、再びごめんと謝罪の言葉を口にした。  それがおかしくて、ついプッと吹き出す僕。するとルーファス様は、ちょっと驚いたように僕の顔をじっと見下ろした。  それが不思議だったから、彼のことを見上げて聞いた。   「あの……。ルーファス様? どうかなさいましたか?」  すると彼は嬉しそうに破顔して、笑って答えた。 「いや……。そんなふうにノアが俺に対して笑顔を向けてくれるのは、本当に久しぶりだったから」  確かに言われてみたら最近の僕は、彼には怒ってばかりだったかもしれない。  そう思ったけれど、僕は彼に嫌われなければならないのだ。だから彼の笑顔を見て、一緒に嬉しくなっている場合じゃない!  だから慌てて仏頂面を作り、つんけんした言い方で告げた。   「それはルーファス様が、いつも僕を困らせたり怒らせたりするような発言を繰り返しているせいじゃないですか?」  グッと言葉に詰まる、ルーファス様。そんな彼の情けない表情ですらも、愛しいと感じてしまうこの状況。  ……本当に良くないなと、自分でも思う。  なのに、願ってしまったんだ。ちゃんと近い将来、彼とはお別れします。  だから神様、どうかもう少しだけルーファス様の傍にいることをお許しください。 ***    僕の用意した簡素な食事を口にしながら、騎士見習いだった頃のルーファス様の話を聞かせてもらった。  平民の僕からしてみたらそれは毎日が物語みたいで、とても刺激的だった。  特に彼の悪友だというアンドリュー様とともに寄宿舎を飛び出し、魔獣狩りに奔走した挙げ句先生たちから大目玉を食らったという話は、腹を抱えて大笑いさせてもらった。  笑いすぎて目の端ににじんだ涙を指でぬぐいながら、今ではすっかり大人になった彼の精悍な顔をこっそり盗み見る。  だけど彼もまたじっと僕のことを見つめていたせいで、完全に目が合ってしまった。  たったそれだけのことで、心臓がドクンと大きく跳ね上がる。  それをごまかすみたいに椅子から立ち上がり、平静を装い告げた。 「あぁ、おかしかった! ルーファス様にも、そんなやんちゃな頃があったんですね。想像もつかないや」  クスクスと笑いながらいうと、彼は思わぬ言葉を口にした。 「俺だって、生まれた時から大人だったわけじゃないからね。たぶんあれは、そうだなぁ……。ノアにはじめて出逢う、3年ほど前のことだったはずだよ」 「僕に出逢う、3年前……?」  その発言を疑問に思い、思わずオウム返しで彼の言葉を繰り返した。 「うん。路地裏で、君と……」  僕の動揺を、別の意味として受け取ったのだろう。  彼は僕が男に襲われかけたあの時のことを思い出し、動揺していると勘違いしたようだ。  しまったという様子で口ごもる、ルーファス様。  だけど実際は、そうじゃない。……まさかあの時のことを、ルーファス様もまだ覚えてくれている?    僕だけの、大切な思い出だと思っていた。でも、そうじゃなかった。  ……ルーファス様もあの日のことを、覚えてくれていたというのか。  あまりにも予想外なその言葉に、感動で胸が熱くなる。  そしてそれと同時にまだずっと先だと思っていたヒートが突如起こり、僕を襲った。

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