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⑯穏やかな日常〜Sideルーファス〜
「おーい、ルーファス! 大丈夫か? ……なんだか顔が、気持ち悪いんだけど」
休憩時間。俺がひとり椅子に座って昨日の出来事を思い返していたら、声をかけられた。
その相手は、いうまでもない。我が悪友、アンドリューである。
「本当に、失礼なやつだな。だけど、まぁいい。今日は機嫌がいいから、許してやる」
答えながらもにやにやと、顔の筋肉が緩んでいくのを感じる。
するとアンドリューは、心底気持ちが悪いものを見るような視線を俺に向けた。
「へいへい、そいつはどうも。寛大な措置に、感謝いたします」
ふざけた調子でそういうと、彼は俺の隣に腰を下ろした。
「しかしお前が、そんな腑抜けただらしない顔をしているということは。……もしかしてノア君と、なんか進展があったのか?」
その問いに反応し、勢いよく顔を上げる。
するとアンドリューは、ちょっと怯んだ様子で椅子を少し後退させた。
「聞いてくれるか? アンドリュー!」
「えっと……。出来ればちょっと、聞きたくないかも。絶対にめんどくさい惚気話じゃん」
ドン引きしたように言われたが、もう遅い。彼の許可を待つことなく、一方的にのろけ話を開始した。
「昨日ノアが、突然ヒートを起こして。それで俺を、頼ってくれたんだ! 忌々しい例の男じゃなく、この俺を!」
するとアンドリューは驚いたように瞳を見開いた後、なにやら思案するような表情を浮かべた。
「なんだよ? アンドリュー。もしかしてお前、祝ってくれないのか?」
「うーん。たしかにそれは、めでたいことかもしれないけどさぁ。その場にたまたまいたのが、お前だったからなんじゃないのか?」
「本当に彼とは、合意の……」
途中でアンドリューが黙った理由は、ただひとつ。
俺が険しい表情で、彼のことを思い切り睨みつけていたせいだ。
「もちろん、合意の上だとも。それに言質も、取ってある。ああいった行為を、あの男とはしない。ヒートの際にも、絶対に歯型をつけさせたりはしないってな!」
なのにアンドリューはなんとも言えない微妙な表情を浮かべ、呆れたように聞いた。
「……それって彼が、ヒート中? それとも完全に、落ち着いてから?」
痛いところを突かれ、思わずグッと口ごもる。
するとアンドリューは、やれやれとでもいうようにこれ見よがしに肩をすくめてみせた。
「やっぱりな。ヒート中のオメガとそんな約束を取り付けたって、そんなのは無効だ。無効! 下手したら彼は、それを覚えてすらいないんじゃね?」
「まさか、そんなはずは……」
行為の最中の、彼の蕩けきった顔を思い出す。
そこにはアンドリューのいうように、理性なんてものはほんの少しも残されてはいなかったかもしれない。
それだけ自分との行為に溺れてくれていたのだと思うと嬉しくもあるが、途端に自信がなくなった。
さっきまでの高揚した気分が、嘘みたいに沈んでいくのを感じる。
そんな俺の情けない姿を目にしたアンドリューは、ちょっと不思議そうに聞いた。
「だけど、ルーファス。ノア君は先日、ヒートを迎えたばかりだったんだよな?」
力なくこくりとうなずくと、アンドリューは呆れたようにまた笑った。
「なのにまた、ヒートが起きた。お前といっしょに、いたことで! ってことはこれまでは話半分に聞いてたが、まじでノア君はお前の運命の番である可能性が高いんじゃね?」
その言葉を聞き、大きな声で答えた。
「おい! だから俺は、何度も言っただろうが! なのにお前は、今まで信じてなかったのかよ!?」
「あはは、すまん。だってそんなおとぎ話みたいな夢物語、本当にあると思わないじゃん。……だからノア君も、素直にそれを受け入れられないでいるんじゃないのか?」
たしかに彼は、俺がいくら言っても俺たちが運命の番なのだという現実を受け入れようとはしない。
あまつさえ俺がていのいい口説き文句として言っているのだと、思い込んでいる節すらある。
その現実を思い、大きなため息を吐く俺。
するとアンドリューは、いつになく真剣な表情で告げた。
「なんにせよ彼が本当に、お前の運命の番なんだとしたら。……絶対に、逃がすんじゃねぇぞ! そんな相手、他にはいないんだから」
その言葉に、大きくうなずいた。
そうだ。まだノアが信じてくれていなかったとしても、彼は俺の運命の番。唯一無二の、大切な人なのだ。
八年前と同じ轍を踏むのは、二度とご免だ。
今度こそ彼を、逃がさない。……とらえて、絡めて、絶対に離さない。
***
「ノア! また君に、会いに来たよ」
「いらっしゃいませ、ルーファス様。ちゃんと仕事は、終わらせてからいらしたんでしょうね?」
呆れたように言われてしまったが、これに関しては前科持ちなので、なんとも言えない気分になった。
だからちょっと苦笑して、ごまかすみたいに手土産のパイが入ったかごを差し出した。
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