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⑰消えたノア~Sideルーファス~

「うん、以前君と約束したからね。はい、どうぞ。君がこの間おいしいと言ってくれた、木いちごのパイだよ」 「ありがとうございます、ルーファス様。こんばんは。だけど毎回手土産なんて、用意してもらわなくて大丈夫なのに……」  ちょっと困ったように微笑みながらも、彼はかごを受け取ってくれた。    美しく身を飾るための装飾品にはほんの少しも興味がなくて、豪華な贈り物を好まない清貧な性質のノア。  それが分かってきたから、最近では彼が好きそうな焼き菓子を手に家を訪れることが増えた。  とはいえ彼はそれすらもいつも遠慮がちに、迷うように受け取る。  そんな控えめなところも魅力的だが、出来ることならもっと素直に喜んでくれたらいいのにと多少思わないでもない。  もしかしてこの程度の贈り物すら迷惑なのだろうかとも考えたが、甘い物を食べた時に彼が見せる幸せそうな表情が見たくて、勝手に手土産を用意してしまっているというのが現状だ。  時折クリス君と一緒にいる場に鉢合わせてしまうこともあるが、これ以上大人げのないところを見せてノアに呆れられてしまっては困る。  なので無理やり余裕なふりをして、あの男にたいしても紳士的にふるまうよう心掛けている。  ただし彼は会うたび盛大に顔を引きつらせているから、本当にうまく出来ているかと聞かれたらちょっと自信がないけれど。 「ちょうどよかった! 今日ももしかしたらうちに寄っていくかなと思って、少し多めにシチューを作ったんです。食べて行かれます……よね?」  ちょっと不安そうに聞かれたが、ノアの手料理を俺が断るはずもない。 「ありがとう、ノア。喜んで!」 「分かりました。では、すぐに温め直しますね」    ほっとしたようにほころぶ、彼の表情。  それを見て、ありきたりな表現ではあるが今日一日の疲れがすべて吹っ飛んでいくような気がした。  あの夜から、さらにおよそ三ヶ月の時が流れた。  その後ノアにヒートが訪れた際も、彼は毎回クリス君ではなく俺を求めてくれた。  だから頑なだったノアも、ようやく俺を番として認め始めてくれたということなのだろう。  正直に告白すると今すぐにでも屋敷に連れ帰り、誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい。  だけどそんなのは彼が望んでいないと分かっていたから、なんとか踏みとどまっている。  アンドリューにはストーカー化して逃げられないようになどとちゃかされるが、俺とノアの関係は良好だ。  なので折を見て正式にプロポーズをして、彼のすべてを手に入れられたらと考えていた。  両親にはもしかしたら反対されるかもしれないと考えていたのだが、予想に反して思いのほかあっさり受け入れられた。  ……もちろん反対されたとしても、素直にそれを受け入れるつもりはなかったわけだが。    だけど両親の承認は、表面上だけのもので。……彼のことを多少強引な手を使ったとしても手に入れておくべきだったのだと、のちに俺は死ぬほど後悔することとなる。 *** 「ねぇ、ルーファス様。ルーファス様の騎士見習い時代の話を、また聞かせてください」  少年のように瞳をキラキラと輝かせ、ねだるノア。  平和ながらも退屈な町での生活を送る彼からしてみたら、よくある魔獣討伐の話もまるで冒険譚のように感じられるのかもしれない。  食事をしながら、そんな他愛もない会話を楽しむ。  これもここ三ヶ月の間に、すっかり当たり前のものとなった。  そして、別れ際。彼にキスをするのも。  だけどその日は、少し勝手が違っていた。  いつも俺からばかりのだが、彼のほうから口付けを求めてくれたのだ。  それに驚きながらも、浮かれる俺。そんな俺を見て、彼はクスクスとおかしそうに笑った。 「ルーファス様。……とても楽しかったです」 「君にそう言ってもらえて、嬉しいよ。俺もとても楽しかった。またね、ノア! おやすみ」  名残惜しい気持ちを残したまま、彼を強く抱きしめる。  すると彼も、俺の背にそっと腕を回してくれた。 「ルーファス様。……素敵な時間を、本当にありがとうございました。おやすみなさい」  この時の彼は完全に俺の胸に顔をうずめてしまっていたから、俺は気付くことができなかったのだ。  ノアがどんな思いで、『ありがとう』と過去形ながら言ってくれたのか。それからこの時彼が、どんな表情をしていたのかも。  そして、この翌日。……彼は俺の前から、忽然と姿を消した。

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