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⑲新しい生活
こうして僕はクリスやこれまで世話になったみんなに別れを告げ、慣れた家を離れてタヴァサの町を出た。
だけどもらった金に、手を付けるつもりはない。
昔祖母が住んでいた古い家のある村へと移り住み、つつましやかに暮らすつもりだ。
ほとぼりが冷め、ルーファス様と貴族のご令嬢の婚姻が決まったなら、そのタイミングでこのお金はマクドゥガル公爵家へ送り返すとしよう。
……だって皆の英雄である彼の噂なら、きっと田舎で暮らす僕の元にも届くはずだから。
乗り合い馬車に揺られ、整備されていない道を行く。
その途中、ちょうどルーファス様とはじめて出逢ったあの路地裏を通りかかった。
今でもあの日の彼の姿は、僕の記憶にしっかりと焼きついている。
そしてこれからも僕は、忘れることが出来ないだろう。
だけど一生分の愛を、彼には捧げてもらったのだ。
だからこれからはルーファス様がいなくても、大丈夫。……僕はひとりで、生きていく。
***
ルーファス様と別れ、町を出てからの日々は本当にあっという間だった。
もともと祖母が暮らしていた土地であり、最期は僕も彼女を看取るためここで生活していたことから、村の人々は好意的に移住者である僕のことを受け入れてくれた。
田舎での生活は以前の暮らしと比べると少し不便にはなったものの、若い人があまりいないこの地では皆が僕のことを本物の孫のように可愛がってくれている。
引っ越しをしてから、およそ2ヶ月が過ぎた頃。
僕は自身の体の、異変に気付いた。
まさかと思って訪れた、助産院。
そこで僕は、子どもを身に宿していると知らされた。
ひとりで生きていくと決めた僕に贈られた、神様からのプレゼント。
当然堕ろすなどという選択肢はなく、僕はその小さな命に喜び、涙した。
幸い村の人たちも、父親の分からないこの子の誕生を心待ちにしてくれた。
これからの生活に、まったく不安がないといえば正直嘘になる。
それでも大好きなルーファス様と僕の愛の結晶が自分のお腹の中にいるのだと思うと、あの夢のような日々が本当に現実だったのだと思えたし、幸せな気持ちに浸れた。
そこからの毎日は、本当にバタバタと過ぎていった。
生まれた子はルーファス様によく似た、碧色の瞳の男の子。
そして僕そっくりな、真っ黒で硬い髪をしていた。
子どもはルーファス様の瞳の色とよく似た海という意味を持つ、メリルと名付けた。
子育てを始めると、さらにあっという間に時が過ぎ、気付くとメリルは4歳になっていた。
やんちゃな盛りの彼に対して、手を焼かないといえば嘘になる。
だけどそれよりも可愛さが勝ってしまい、つい甘やかしてしまうというのが僕の現状だ。
「こら、メリル! 待ちなさい! 待てって、言ってるだろう!?」
勝手に家を飛び出し、パタパタと勢いよく駆け出したメリル。あわてて僕も、そのあとを追った。
キャッキャとはしゃぎながら、逃げるメリル。
そんな僕ら親子のことを、優しく微笑みながら見守ってくれる村人たち。
「おーい、ノア。お前あてに、手紙が届いてるぞ」
その言葉に反応し、足を止めた。
「僕あてに、手紙が? ありがとう。……でもいったい、誰からだろう?」
だけど僕は文字が読むことができないから、隣に住む博識なロドニーじいさんに頼み、その内容を確認してもらった。
受け取ったその手紙の差し出し人は、クリスだった。
彼はまめなタイプの人間じゃないから、本当に珍しい。
少し不思議に思いながらも、その封を開ける。
するとそこには、彼が結婚することになったこと。
そして結婚式に、ぜひとも出席してほしいとのことが記されていた。
あのクリスが、結婚ねぇ……。
思わずクスクスと、笑う僕。
するとさっきまで逃げていたはずのメリルが不思議そうに僕の側まで駆け寄り、僕同様読めもしないのに手紙を覗き込んだ。
「お母さん! お手紙、誰から?」
手紙なんてもの、この田舎暮らしでは滅多に受け取ることがないから、メリルは興味津々だ。
「お母さんの、お友だちからだよ。今度結婚をすることになったから、お母さんにも式に出てほしいんだって。メリルも、一緒に行く?」
キラキラと輝く、深海を思わせる深い碧色の瞳。
「行く!」
元気よく答えるメリルの体を強く抱きしめながら、つい噴き出した。
「アハハ、そっか。なら一緒に、行こっか? お母さんが生まれた、タヴァサの町へ!」
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