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㉔過去の清算【前編】

「じゃあ兄ちゃんたちは、スヴェン村までだな」 「はい、よろしくお願いします」  御者の男に告げ、運賃を払ってメリルとともに乗り合い馬車に乗り込んだ。 「つまんないの! もっと長くいられると、思ってたのに」  タヴァサの町での暮らしが、相当気に入ったのだろう。メリルが不満そうに、唇をとがらせて言った。  予定よりもかなり短い滞在となったから、この子にはちょっとかわいそうなことをしてしまったかもしれない。 「ごめんね、メリル。お母さん、急ぎの用が出来ちゃったんだよ」  悩んだ挙句、昨夜のうちにお詫び行脚を終えて。  今朝早くにメリルを起こし、朝一番の馬車で町を出た。  まさかとは思ったけれど、あんな場所でルーファス様と再会することになろうとは。  だけど考えてみたら、二度目の出会いも花祭りの日だった。  あの時も昨日と同じように、彼は祭りの警護に駆り出されていたのだ。  だから頭に一瞬だけ浮かんだ『運命の番』という言葉を打ち消し、やはりすべてただの偶然だったのだと結論付けた。  そういえばと、そこでようやく思い出す。  ……結局この金を、公爵家に返しそびれてしまった。  なのでこれは後日改めて、送り返すことにしよう。  ルーファス様に偶然遭遇するなどということはさすがにもうないと思うが、それでもやっぱり彼と会うのはこわい。  だって僕は、喜んでしまったのだ。……一瞬だけだったとはいえ、彼にまた会えたことを。  とはいえ、あれだけ酷い言葉を投げつけたのだ。  さすがにもう彼は僕のことなんか、好きじゃないはずだ。……もしかしたら、憎まれてすらいるかもしれない。  ……彼のためを思ってのことだったけれど、やっぱり辛いな。 「お母さん……? 大丈夫? どこか、痛い……?」  僕が、暗い表情をしていたせいだろう。  気付けばメリルが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。  だから無理やり笑顔を作り、答えた。 「ううん、大丈夫だよ。どこも、痛くない」  わしわしと少し乱暴に、僕によく似た硬質な黒髪に触れる。  少しやんちゃではあるものの、本当に優しい子どもに育ってくれた。  愛しさでいっぱいになり、小さな体を強く抱きしめると、メリルはキャッキャと楽しそうに笑った。  その時だった。ガタンと馬車が揺れ、急停車したのは。  それに驚き、皆が何事かと幌から外を覗く。  するとそこには進行方向を防ぐようにして、マクドゥガル公爵家の家紋が入った一台の豪奢な馬車が停まっていた。  逃げ切れたと、思ったのだ。……だけど僕は、失敗してしまったらしい。 「メリル……。いいかい、よく聞くんだ。お母さんがいいよっていうまで、しっかり目を閉じておとなしくしておくんだよ。分かったね?」  彼のことを強く抱きしめたまま、早口で告げた。  なにが起きているのかは分からないながらも、危機的な状況にあることは理解したのだろう。  不安そうに僕の顔を見上げたあと小さくうなずき、メリルは僕の言うとおりぎゅっと強く目を閉じた。  キャリーの扉が公爵家の御者の手で開けられ、降りてきたひとりの女性。  5年前よりも随分老け込んだような気がするが、僕が見間違えるはずがない。  マクドゥガル公爵家の、公爵夫人。……ルーファス様の、母親だ。  ふぅと大きく息を吐き、呼吸を整える。  情けない声を出さぬよう、ピンと背筋を伸ばして告げた。 「……すみません、ここで降ります」 「えぇ!? だけどまだスヴェン村までは、かなり距離があるぞ?」  驚いた様子で乗り合い馬車の御者の男が言ったが、メリルを抱きかかえたまま僕は馬車を降りた。 「お久しぶりです、公爵夫人様」 「えぇ、そうね。……本当に久しぶりね、ノア」  以前見た時は威厳に満ち溢れていたはずなのに、今の彼女はどこか弱々しく見えた。 「……僕にご用があって、来られたのですよね?」  僕の問いに、惑うように夫人の碧色の瞳が揺れる。 「再びルーファス様に会うことになってしまったのは、謝罪します。ですが、信じてください! 本当に、偶然だったんです!」  僕の動揺が、伝わってしまったのだろう。  僕の言いつけをすっかり忘れて瞳を見開き、夫人を見上げるメリル。  その瞬間、夫人とメリルの視線が完全に絡み合った。   「お母さんを、いじめるな!」  僕の腕から飛び降りるようにして地面に降り立ち、メリルが夫人のことを睨みつけた。 「こら、メリル。やめなさい! お母さんは、大丈夫だから!」  幼い子どもの言うこととはいえ、こんな真似をして不敬罪に問われたらと思うと、心の底からゾッとした。  だから慌ててメリルの手を強く引き、夫人から引き離した。 「誤解しないでちょうだい。あなたのお母様を、いじめにきたわけじゃないの。……謝らなければならないのは、私のほうなのだから」  予想外の言葉に驚き、彼女の顔を凝視する。  すると彼女はメリルに向かい手を伸ばし、その髪に触れた。 「あなたの子ね? そして父親は、ルーファス。そうでしょう?」  もう完全に、バレてしまった。それでも絶対にその事実を、認めるわけにいかない。  そう心に決め、メリルを僕の背後に隠した。   「違います! この子は、僕の。……僕だけの、子どもです」  ルーファス様は、いまだに独身を貫いている。  だから彼女は公爵家の跡取りとして、今度は僕からメリルまで奪おうというのか?  鞄からあの時渡された手切れ金の入った袋を取り出し、彼女に突きつけた。 「この金には、一切手を付けていません! だから僕から、この子まで奪おうとしないでください。……お願いですから、どうかこの子だけは」  メリルを不安にさせるから、泣いては駄目だと思うのに。……5年分の思いがあふれ出し、ポロポロと涙が僕の頬を伝っていった。

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