25 / 37

㉕過去の清算【後編】

「……私はどうやらルーファスの言うように、完全に思い違いをしていたようね」  戸惑ったように言われ、反射的に顔を上げた。  すると公爵夫人は、以前見た時とはまるで異なる、優しく穏やかな笑みを浮かべていた。  それに驚き、彼女の顔をじっと見つめる。 「5年前の、あの日。私はまんまとあなたの演技に騙され、お金の力を使ってルーファスから手を引くように告げた。……だけどそれは今思うと、間違いだったみたい」  そう言うと彼女は手を伸ばし、メリルの頭に優しく触れた。 「本当にごめんなさいね、ノア。だけどあなたから、この子を奪うつもりはないの。……そしてこの子を、こんなに優しい子に育ててくれてありがとう」  不思議そうに夫人を見上げる、メリル。 「今さらかもしれないけれど、あなたはやっぱりルーファスのいうように、あの子の運命の番なのかもしれないわね。だってこの広いアースクレア帝国の地で、一度だけじゃなく三度も偶然の再会を果たしたのだから」 「……それは、ないと思います。そして彼はもう僕のことなんて、愛想を尽かしてしまったに違いありません。だって僕はこれまで彼に対して様々な嘘をつき、騙し、傷つけ続けてきたんだから……」  あふれる涙を手の甲でぬぐい、無理やり笑みを浮かべ告げた。 「でもそれはすべて、あの子のためでしょう? 私はもうあなたたちの、邪魔をするつもりはないの。だから、きちんとふたりで話し合いさえすれば……」  その言葉はこれまでの苦労が報われたような気がして、本当に嬉しかった。  だけど僕は左右に首を振り、静かに告げた。 「お気になさらないで下さい。あの時のことは、ただのきっかけに過ぎなかったんです。どちらにしても僕は、彼の側から離れるつもりでいましたから。それに、もう無理ですよ。……さすがに何もかもが、遅過ぎる」  悲しそうに僕を見つめる、ルーファス様によく似た夫人の碧色の瞳。  それに居心地の悪さを感じ、視線をそらした。  だけど公爵夫人はクスリと笑い、言った。 「遅過ぎる、ね……。本当に、そうかしら?」  彼女の言葉の真意が分からず、それを問おうとした瞬間。  背後から、僕を呼ぶ声が聞こえた。  それに驚き、振り返るとそこには金髪を振り乱して馬に乗り、僕のあとを追ってきたのであろうルーファス様の姿があった。 「ルーファス様……? なんで……!?」  あまりにも予想外な人物の登場に困惑し、途端にどうしたらいいか分からなくなってしまった。  あっという間にルーファス様は僕らに追いつき、馬から降りると、彼は僕とメリルのことを庇うようにして公爵夫人の前に立った。 「……母上、また彼に何かしたのですか?」  ゾッとするほど冷たいその声に、全身の毛が総立つような感覚。  なのに夫人はフッと呆れたように笑い、馬鹿にしたように言った。 「さぁ? どうかしら。だとしてもあなたには、関係のないことでしょう?」  それにびっくりして、僕は会話に割って入った。 「ちょっと待ってください、ふたりとも! 僕は、何もされていません! 大丈夫! 本当に、大丈夫ですから!」  愛しそうに僕を見つめる、ルーファス様。  それに一瞬ドキッとしたけれど、今は絶対にそんな場合じゃない! 「すまないな、ノア。……だけど俺は、あいにく君の大丈夫という言葉をまったく信用していないんだよ」  これまでの過去の言動を思い返し、グッと言葉に詰まる僕。  でもこのまま親子であるこのふたりを、僕のせいで仲違いさせるわけにはいかない。 「たしかに僕はこれまで嘘ばかりついてきたし、そんな風に言われても仕方がないのかもしれません。でも今回に限っては、本当に大丈夫なんですってば!」  緊張が走る中。……メリルの不思議そうな声が、能天気に響いた。 「お母さん。この人たちは、だぁれ? なんで喧嘩してるの? 喧嘩したら、駄目なんだよね?」  一瞬の沈黙。そして次の瞬間、我慢できないとでもいうように夫人がプッと吹き出した。 「フフ……、フフフ……。あはは! そうね、メリル。あなたのいうように、喧嘩は良くないわね。あぁ、おかしい! これでもノア、あなたはまだ信じないの? ルーファスはあなたのことを諦めるつもりなんて、毛頭ないようだけど」  その言葉に、一気に顔が火照っていくのを感じる。  それを見た夫人は優しく穏やかな笑みを浮かべ、静かな口調で告げた。 「ねぇ、ノア。メリルとふたりで、お話をさせてもらってもいいかしら? その間にあなたたちも、きちんと一度話し合いなさい」  どうしたらいいか分からず、僕と夫人を交互に見つめるメリル。 「さぁ、メリル。行きましょう。おいしいお菓子もあるから、馬車で一緒に食べながら待ちましょう?」 「ありがとうございます、公爵夫人様。メリル、大丈夫だから行っておいで」  僕の言葉に安心したのか、メリルは大きくうなずいて公爵夫人の手を取り、ふたりで楽しそうに話しながら馬車のキャリーへと向かった。  そして残されたのは、僕とルーファス様のふたりのみ。  まだ彼は事情を理解していないのか怪訝そうにしていたから、僕は大きく深呼吸をひとつしてから告げた。 「ルーファス様……。僕らも、話しましょうか? これまでのことと、これからのことについて」

ともだちにシェアしよう!