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㉙新たな日常

「ノア! あなたは痩せすぎなのだから、もっとしっかり食べなければ駄目よ」  そんなことを言いながら、机の上に並んだ甘いお菓子を僕にもっと食べるよう促す公爵夫人。 「いえ、ですがさっき食事もいただいたばかりですし。公爵夫人様、さすがにもう食べられませんよ!」  すでに食べ過ぎでパンパンになった腹を抱えるようにして苦笑しながら答えると、夫人は不満そうに言った。 「公爵夫人様などという他人行儀な呼び方はやめてと、いつも言っているでしょう? 私のことは、なんて呼ぶんだったかしら?」 「あっ…! 申し訳ございません。えっと……、お義母様」  満足そうに、彼女の形の良い唇が弧を描く。  ルーファス様にそっくりなその表情を見て、再び思わず苦笑いした。  半ば攫われるようにしてマクドゥガル公爵家で暮らすようになってから、あっという間に1週間ほどの時が過ぎた。  今日から僕とメリルは一度スヴェン村に戻らせてもらうことになっているのだが、その際もルーファス様は最初、自分もついていくと言って聞かなかった。  だけど白騎士団の騎士団長様がそんなにも職場を空けるのはちょっと無責任なのではないかと、なだめすかしてなんとか彼には留守番をしてもらうことになった。 「……それにしても、本当に寂しくなるわね。ノアとメリルが、この家からいなくなってしまうだなんて」 「すぐに戻ってきますってば! 荷物も全部置いたままにしてきてしまったし、挨拶もなくこちらで暮らすことになったのだから、きっと村の皆も心配してくれていると思いますし……」  するとその言葉を聞き、お義母様はなぜか困ったような笑みを浮かべた。 「本当にあなたは、いい子過ぎるのよ。……私のせいとはいえ、失われた五年間が本当に悔やまれるわ」 「その話は、もうやめてください! 僕だって色々とひどい嘘をついていたし、おあいこですよ」  その時だった。ティータイムを楽しむ僕らの後方から、恨みがましい声が聞こえてきた。 「いや、ノアは甘すぎる。母上は、もっと深く反省するべきだ!」  突然背後から抱きしめられ、ちょっと呆れながら顔だけ後ろを向いた。 「ルーファス様、僕がもういいと言っているのです。なのでこの件に関しては、本当に終わりです!」  不満顔のルーファス様に向かい、もう何度目かも分からない言葉を告げた。 「そうだよ、お父さん。あまりしつこくすると、おばあちゃんとお母さんに嫌われちゃうよ?」  ちょこんと椅子に座ったままプラプラと足を揺らし、メリルが勝ち誇ったように笑った。  そのため僕とお義母様は顔を見合わせて、ほぼ同時にプッと吹き出した。  出会ってからまだ一週間しか経っていないというのに、メリルはもうすっかりルーファス様のことを、父親として認めたらしい。    幼いからこその残酷かつ鋭い指摘に、グッと言葉に詰まるルーファス様。  それを見て、またしても苦笑した。 「途中タヴァサの町に寄って一泊して、そこから半日もあればスヴェン村に到着します。なのでちゃんとニ、三日で帰ってくるつもりですから」  「分かった。けどもう少し早く帰ってきても、いいんだからな?」  まるで駄々っ子みたいに言われ、思わずふぅと小さく息を吐き出した。 「……なるべく早く、戻るようにします」 「そうね、そうしてちょうだい! うちの人もそろそろ帰ってくるはずだから、早く可愛い可愛い私のメリルとノアを、見てほしいもの」 「母上、父上に早くこの可愛いふたりを会わせたいのはよく分かります。ですが彼らは、母上のメリルとノアではありません。|俺の《・・》、メリルとノアですから!」 *** 「お母さん、なんで今日はスヴェン村へ行くの?」  慣れた様子でマクドゥガル公爵家の家紋入りの馬車にぴょんと乗り込み、少し不思議そうな表情でメリルが聞いた。  子どもの順応性というのは恐ろしいもので、僕とは違いすっかり公爵家での暮らしに慣れた様子のメリル。  もう完全にあそこが自分の家だと思っていることに、ホッとするのと同時に多少の羨ましさを感じた。 「何も言わずに、村を出てしまっただろう? だから荷物を取りに戻りがてら、みんなにきちんとお別れの挨拶をしなくちゃね」  するとメリルは、ここで暮らすということがこれまでの生活とは別れを告げることなのだと、ようやく理解したようだ。 「……ロジャーおじいさんや村の人たちには、もう会えないの?」  途端にしょんぼりとうつむき、悲しそうに聞くメリル。  だから彼の体を、力いっぱい抱きしめて答えた。 「まさか! また、いつでも会えるさ」  その言葉に安心したのかメリルは顔を上げ、ニッと笑った。 「そっか!」  これまでとは違い、実際には早々会いに戻るわけにはいかないかもしれない。  だけど会いたいと思えば、きっとまた会えるはず。  だってルーファス様もマリアンヌ様も、そうしたお願いを無下にするような人たちじゃない。  ……ただしやっぱり帰省の際には、寂しいだのなんだのと大騒ぎはされてしまうだろうけれど。 「まずは先に、タヴァサの町に向かうよ。バタバタと出てきてしまったから、メリルはクリス夫夫にもきちんと挨拶できなかったしね」  はーいと元気よく、メリルが手を挙げて答えた。

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