34 / 37
【SS】幸せの先にあったもの①
あの幸せな結婚式の日から、あっという間に半年が過ぎた。
そしてその中で、ちょっとした、だけどとても大きな変化があった。
というのも自由に生活を送っていいと言われていたメリルが自らの意志で選び、希望して、公爵家の嫡男としての教育を受けたいと言い始めたのだ。
正直に言うと、最初はかなり驚いた。そしていずれは必要なこととはいえ、メリルにそれが出来るのかが僕は不安だった。
ルーファス様とお義母様は急がなくて大丈夫と言ってくださっていたから、もう少し先の話だと考えていた矢先の出来事だった。
僕とメリルは、平民の出だ。だからこのマクドゥガル公爵邸で働く使用人達と比べても、元の身分はかなり低い。
そのため表面上は笑顔で接してくれていても、本音ではそれを良く思わない者もいるのかもしれない。
……もしかして使用人の誰かに、何か言われたのだろうか?
そう考えたから、メリルに気付かれないよう、平静を装い探りを入れた。
「メリル……。どうして急に、そんな風に思ったんだい?」
するとメリルは、一瞬だけ何か考えるような素振りを見せた。無言のまま、彼の返事を待つ。
数秒後、メリルはちょっと照れくさそうに答えた。
「僕も……みたいに、なりたいんだ」
だけどその声はとても小さかったから、肝心な部分をちゃんと聞き取ることが出来なかった。
「メリル、もう一度言って。メリルは、何みたいになりたいの?」
幼いメリルを不安にさせることがないよう、細心の注意を払いながら質問への答えを再度促す。
するとメリルは顔を上げ、真っすぐ僕を見上げたまま答えた。
「いつか僕も、お父さんやおじいちゃんみたいな立派な貴族になりたいんだ!」
あまりにも、予想外な言葉。だけど小さな彼なりに、ずっと考えていたことなのだろう。
その言葉はとても力強く、一切迷いがなかった。
公爵邸で働くようになってからのメリルの成長は、目覚ましいものがある。
というのも教えたことは大抵一度ですべて覚えてしまうし、体格だって同じ年頃の子供達と比べると、最近はかなり大きくしっかりしているように思える。
体格に関しては、スヴェン村で暮らしていた時は、単に栄養が足りていなかったのだろう。
学びに関しても、同じだ。村では読み書きなんて必要なかったし、母である僕自身が出来ないのだから、足りていなくて当然だ。
「メリル。それってもう、誰かに相談したりした?」
するとメリルはフルフルと横に首を振り、答えた。
「ううん、まだ。お母さんに、最初に言いたかったから」
二ッと笑うその表情は、いつもと同じで幼く愛くるしい。だけどこれはきっと、彼なりにかなり考えた末に出した結論なのだろう。
……まだ5歳だというのに、本当にしっかりしている。
実は以前、ルーファス様とも話したことがある。メリルはもしかしたら、ルーファス様と同じアルファなんじゃないかって。
とはいえルーファス様はメリルが健康であれば、どの性でも構わないという考えも口にしてくれていた。
その言葉に、きっと嘘はない。それが分かっていたから僕はこれまで、安心してメリルをのびのびと育てることが出来た。
将来的には公爵家の嫡男としての教育も必要だとは思うが、ルーファス様とお義母様は、まずは環境に慣れることが先決だからと、メリルに無理を強いることは一切なかった。
でもメリルが自らの意志で臨んでいるのだとなれば、話は違ってくるだろう。
……メリルを溺愛する過保護なふたりは、間違いなくこの皇国内で一、二を争うくらい優秀な家庭教師を雇ってくれるに違いない。
メリルの柔らかな頬に手を当てて屈み、視線を合わせて告げた。
「……メリル、よく聞いて。たしかにその考えは、素晴らしいものだと思う。だけどもし本格的に学びたいと言うのなら、これまでみたいに好きに遊んで過ごせる時間はかなり減る。そして家庭教師の先生にも来てもらうことになるだろうから、やっぱりやめたいなんて簡単には言えないんだよ?」
真剣な表情のまま、僕の言葉に耳を傾けるメリル。
「分かってるよ、お母さん。僕はちゃんと勉強も、剣術も頑張れる!」
ルーファス様にそっくりな、海を思わせる碧色の瞳。そこに一切迷いがないと見て取れたから、僕も覚悟を決めるべきだろう。
……メリルがいずれ公爵として生きていく未来を選んだことへの、覚悟を。
「分かったよ、メリル。だけどこれはとても大切なことだから、メリルとお母さんだけで決めることが出来ないんだ。だからお父様とお義父様、お義母様と相談してから返事をさせてくれる?」
「うん、分かった。ありがとう、お母さん!」
そう言って彼は、勢いよく僕の胸に飛び込んできた。そのためちょっとバランスを崩しそうになってしまったけれど、なんとかバランスを保つ。
「とはいえやると決めたら、本当にちゃんと続けるんだぞ? 途中でやめるのは、絶対になし! 分かった?」
「はーい!」
僕の、腕の中。メリルはいつものように元気に答え、手を挙げた。
***
「……というわけなんです。ルーファス様は、どう思いますか?」
その日の夜。メリルはお義母様と寝るとのことだったから、僕とルーファス様、二人きりの寝室で。
今日メリルに言われた話をすると、ルーファス様もとても驚いた様子だった。
「……そうか」
真剣な表情でそれだけ言うと、彼は口を閉ざした。ちょっと不安な気持ちのまま、彼の返事を待つ。
「……駄目でしょうか?」
予想外の反応に戸惑い、焦れて返事を促した。
「いや、駄目じゃない! むしろ、嬉しいというか。……そうか、俺や父上みたいな立派な貴族なりたいから、か」
そう言ったルーファス様の目の端には、うっすらと涙が浮かんでいる。それがおかしくて、同時にとても愛しくて。僕はそっと手を伸ばして、その目の元を指先で優しく拭った。
「フフッ。ルーファス様って、意外と涙もろいですよね」
笑いながらそう言うと、ルーファス様はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。そしてこういう表情はやはり、メリルにそっくりだなと感じた。
でも次の瞬間彼はスッと瞳を細め、僕の頬に触れた。
「ノア。随分、言うようになったじゃないか。でも俺は自分が泣くより、君を鳴かせる方が好きなんだ」
突如変わった雰囲気に戸惑い、反射的に逃げようとする僕。だけどそのまま強く抱き締められ、唇をキスでふさがれた。
「んっ、くっ……! ルーファス様……!」
されるがまま、唇を貪られる。すると次第に呼吸が乱れ、快楽に慣らされた僕の身体は熱を持ち始めた。
どれくらいの間、そうされていたのだろう? 気付くと彼は僕の夜着のボタンに指を伸ばし、ひとつ、またひとつと外していった。
僕のヒート期間以外も、いまや当たり前になった夜の営み。ハァハァと息を乱しながら顔を上げると、深い熱を宿した深い碧色の瞳と目が合った。
ともだちにシェアしよう!

