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第3話

 カーテンの隙間から差し込んだ朝の光で強制的に目が覚める。  朝にちゃんと起きられるようにと隙間を開けているのは自分だけれど、気持ちよく眠っていた時にこうやって起こされては、もっと寝てやるんだという対抗心のようなものが芽生えてくる。  光を遮るように掛け布団で顔を覆って、さぁもうひと眠り……と夢の世界へ落ちようとしたときだった。 「ノーアー! おーきーてー!」  という大声と共に勢いよく寝室のドアが開き、かと思ったらがばっと掛け布団を剝ぐられた。  身体をがくがく揺さぶられ、隙間ができる程度の開きだったカーテンを全開にされる。部屋全体が明るくなり、もうひと眠りと落ちかけていた意識が完全に覚醒して、僕は朝日の眩しさに目を細めながらゆっくり瞬きを繰り返した。 「ノア、朝だよ! 開店準備!」 「んー……」  またもや容赦なく身体を揺さぶられ、僕はわかったわかったとのろのろ上体を起こす。 「今日はルキくんが来る日でしょ? 待たせちゃダメだからね」  寝起きでまわらない頭のまま、てきぱき動き、あの頃より随分ときれいに伸びたベージュの髪を揺らす少女――ニーナに視線を向ける。ニーナは僕に着替えの服を手渡すと、手を引っ張ってベッドから抜け出させてくれた。 「もう。昨日、作業はほどほどにって言ったじゃん」 「ごめんごめん、辞め時が無くて。いつも起こしてくれてありがとね、ニーナ」  いつものように頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに口元を緩ませた。しかしすぐにはっとして「早く着替えて!」と急かす。 「さっきお兄ちゃんが、斜向かいのおじさんに棚の修理してくれって呼ばれて行っちゃったから、開店準備はノアひとりでやらなきゃなの」 「そうなんだ。じゃあ急がなきゃ」  さくっと着替え、顔を洗ったりしたのちにニーナが作ってくれた朝食を食べる。その後、途中になっていた開店準備を進め、時間になり店がオープンした。  薬師である僕と、たまたま森で出会った孤児の兄妹が共に暮らし始めてから、六年ほどの月日が流れた。  出会ったころのエディくらいの年齢になったニーナは、この数年で身に着けた家事技術を生かし、掃除洗濯や料理などを担い僕たちの私生活を支えてくれている。小さいころから可愛い子であると思っていたが、髪や服を整え栄養の行き届いたご飯を食べさせていれば、誰も文句が言えないくらいの美少女に成長した。  聞きかじったくらいの話ではあるけど、街のニーナと同年代くらいの男の子はみんなニーナに夢中らしい。普通であれば同性から嫉妬を買うかもしれない状況ではあるがそんなこともなく、持ち前の人当たりの良さで同性の友達もたくさんいるようだった。これで面倒見もいいんだから、そりゃ人気も出るよな。  そしてニーナの兄であるエディは、僕の家にあった薬に関する本を読んで薬師に興味を持ち、僕に教えを請いながらもほとんど独学であっという間に試験に合格し、若くして立派な薬師となった。今では一緒に薬を調合し店を切り盛りしてくれている。  薬関係だけでなく医療に関しても勉強して簡単な治療も施せるようになったし、仕事には関係ない家具の修理だったりもいつの間にか身に着けていた。だからさっきは斜向かいのおじさんに棚の修理を頼まれていたわけだが、それでちょっとしたお小遣い稼ぎもしているんだから、大したものである。  他人だった僕らが同じ屋根の下で暮らすのは、楽しいことばかりだけじゃなく大変なこともままあり、そのたびに話し合ってはこうしようとルールを取り決め、忙しないながらも穏やかな生活を送っている。  あの頃、僕が一番望んでいた生活を今は送れていると思う。  出て行ってしまいそうだった二人が自分の気持ちをぶつけてくれたおかげだ。じゃなきゃ今頃、僕は変わらずひとりだっただろう。 「ノア、来たよ~」  開店してすぐ薬を取りに来た街の人の接客を終えて店内に戻ろうとしたところ、行商人のルキが荷車を引っ張ってやってきた。  ニーナも言っていたが、今日は数ヶ月に一度うちの薬を買って行ってくれる行商人が来る日だった。  にしても、今回は随分と来るのが早いな。 「いらっしゃい、ルキ。今回は早いね」 「ノアに早く会いたかったからね」  店の前で荷車を停め、いつものように「久しぶり!」と抱き着いてくる。  ルキはこの数年で修業を終え、今ではルキのお父さんとは別々に行動し商売をしている。本当は引き続き僕との取引はルキのお父さんの予定だったのだが、ルキが僕と取引するのは絶対自分だって譲らなかったらしい。僕としても数少ない同い年くらいの友達のルキと、数ヶ月に一度ではあるが会えるのを嬉しく思っている。毎回抱き着く力が強くて苦しいのはどうにかしてほしいけど。 「る、ルキ、ちょっと苦しい……」 「あぁごめん。でもノア、きみは相変わらず細すぎるよ。本当にちゃんと食べてるのかい?」 「うん。食べてるよ」  細いと感じるのは、ルキの身体ががっしりしているからだと思うんだけど……。  数年前まではあまり身長も変わらなかったのに、今では見上げないとルキの顔が見れないし重い荷物とかを持ちまくって筋肉もついているから、ひょろひょろの僕とはがたいがまるで違う。  そういうのもあって、ルキには僕が弱っちく見えるんだろうな。 「はぁ、俺は心配だよ。ノア、やっぱり俺に着いて一緒に商売をしようよ。きみのお店はエディに任せてさ。そうしたら、俺がずっとノアを守ってあげられるよ?」  ルキの長い指に顎を掬われ上向かせられる。  ルキは度々こうやって自分に付いてこないかって僕を誘う。確かにエディにお店を任せても問題は無いけど、おじいちゃんが守ってきたこのお店を放ってどこかに行くのは考えられないから毎回断っているのだ。まぁルキも、断られる前提で言っているんだけど。 「ルキ、僕は――」  今回もいつものごとく断ろうとしたら、突然ぐいっと後ろに引っ張られルキの腕から解放された。かと思ったら別の、力強いけど包み込むような優しい腕に抱き寄せられ、背中にぬくもりを感じた。 「気安くノアに触るなよ、ルキ」  頭上から降ってきた低く耳なじみの良い声。聞きなれたそれは誰のものかなんて見なくてもわかる。 「エディ」  体勢と密着度で後ろを振り向くことはできないが、名前を呼べばエディは後ろからこちらの顔を覗き込んできた。印象的な赤い瞳と視線が交わると、彼はその切れ長の目を細め薄い唇に弧を描いた。 「ただいま、ノア」 「おかえり」  彼の滑らかな頬が僕のそれとすり、と合わさって、くすぐったさに思わず笑みをこぼす。  この約六年間で、ニーナだけでなくエディも目覚ましい成長を遂げた。  元々きれいな顔立ちであったが、年月を重ねていく毎に幼さが残るかわいらしい印象から大人の美人という印象に変わり、出会ったころは僕の胸下くらいだった身長もうんと伸びてルキと同じか少し高いくらいになった。  手脚が長くすらっとしたスタイルに、各パーツがバランスよく配置され輪郭もシュッとしている小さい顔。それから陽の光できらきら輝く少し癖のある白髪と長い睫毛に縁どられた宝石のような赤い瞳、それらすべてがエディの美しさを際立たせている。  そんなエディが表に立って働くようになってからは彼目当ての女性客が増え、それに比例して試しに作ってみたら結構効き目が出た美容系の薬の売れ行きが大変よくなった。  エディは接客中はあまり表情が動かず、美人ゆえ冷たい印象を受けてしまうが、女性にとってはそれすらもクールでかっこいいと捉えられるんだとか。こちらとしては売上も上がるのでありがたい話である。 「おーい二人とも、俺を取り残さないでくれる?」  あんなに小動物みたいだったのに大きくなったなぁと感慨深く思いながら僕にすり寄ってくるエディの頭を撫でていれば、目の前のルキがため息交じりに言った。 「なんだルキ、まだいたのか」  ノアは抑揚のない声で言ってルキの方に視線を戻す。 「いるに決まってるでしょ、まだノアとの取り引きが終わってないんだから」 「じゃあさっさと終わらせて帰れ」 「そんな口きいていいの? 俺はノアの大事な存在なのに」 「仕事相手として、だろ。それにノアが大事なのはお店とルキの持ってる商品でルキ自身じゃないから。勘違いするなよ」  二人が顔を合わせる度にする軽口の言い合いも、もう随分と見慣れたものだ。エディがまだ小さい頃は言われっぱなしで言い返せていなかったのに反論もできるようになったところも成長を感じる。  が、このままやり合わせていたらいろいろまずいので、僕は二人の間に入りルキと仕事の話にうつった。  取り引きは順調に終わり、エディと二人でルキを見送ってから店に戻る。するとエディは僕を見て口を尖らせた。 「ノア、ルキにもうちょっと警戒心持った方がいいよ。簡単に触らせちゃだめ、危ない」  エディはルキが来た日は決まってこういう忠告をしてくる。確かに距離は近いが、ルキは仕事仲間であり友達でもある。だから全然危なくはないんだけどな。  それに――。 「心配しなくても、僕はルキに付いてここを出ていくことはないよ」  彼は、ルキが僕着いてきてほしいと誘っていることを知っている。エディはそれが大変気に食わないらしい。  僕としてはおじいちゃんが遺したこの店とエディとニーナを放って行くなんてのは考えられない。ルキが誘ってくれるのも信頼の証であると思うから、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどね。ルキもそれをわかっているから本気では誘ってこないんだ。  安心させるようにぽんとエディの肩を軽く叩いたのだが、深くため息を吐き出し彼の長い指に右頬をむにっと摘ままれた。 「心配してるのはそっちじゃないの」 「んぇ、そっちって?」  僕の問いには答えずしばらく僕のほっぺたをむにむにいじりまわしたのち、エディはぱっと手を離して少し呆れたように息を吐いた。 「とにかく、ちゃんと危機感は持ってよ」 「え、う、うん……」  摘ままれていた頬を今度はすり、と撫でられ、着替えてくると言ってエディは居住スペースの方へと行ってしまった。  エディが触れたところを自分でも指先で触りながら、危機感ってなんのだろうと深く考える間もなくお客さんがやってきたので、僕も仕事に戻った。 *** 「そりゃ、貞操の危機感だろう」 「てっ……⁉」  数日後、寝不足に効く薬をくれとやってきた医者であるレイさんとの世間話中。エディに言われた言葉はどういう意味だったんだろうとなんとなく聞いてみた際の返答に、僕はぎょっとした。 「エディは、ルキが僕をそういう意味で狙ってると思ってるってことですか?」  現在エディは店の外で薬草を干している所なので僕たちの会話は聞こえてないが、念のため声をひそめて聞けば、レイさんは「そうだ」と頷く。 「……レイさん疲れすぎて思考ぶっ飛んでません?」  ここ最近、流行り病の治療だったり予防接種だったり隣町の病院へ手伝いに行ったりと大忙しなレイさんはわかりやすく疲れている。なのでこうして僕のもとに栄養剤を貰いにやってきているわけだが、これはけっこう重症かもしれない。  しかしレイさんは心外だ、なんて言いながら飲むタイプの栄養剤を一気に飲み干す。 「エディは僕とルキが友達ってちゃんとわかってますよ」 「……あのな、ノア。ルキは確かにお前の友達だが腹の底でどう思ってるかなんて誰にもわからないだろ?」 「それはそう、ですけど」 「友達だとわかっていても、エディはルキの態度を見てノアのことを狙ってるんじゃないかって警戒してるんだ。お前があんまりにもぼーっとしているから気が気でないのさ」 「ぼーっとなんて……」  僕、そんなに気を抜いているつもりはないんだけどな。 「大事な人間がそんな感じだと、過保護にもなるさ」  まぁ確かに、エディはすごく過保護だと思う。  彼らと一緒に暮らすまで雑だった食事もバランスよく食べるまで見張られるし、ちょっとでも徹夜しようとする素振りを見せたらよっぽどの時以外は道具を取り上げられて強制的に寝かせられる。彼のおかげで自分が健康体になった自覚もあるし一人だった時よりも作業効率が上がっているので大変ありがたいが、さすがにルキが僕を狙っているというのは考えすぎだ。僕とルキは友達で、兄弟みたいなもんだんだから。  というか、貞操の危機っていうんだったら僕よりも……。  ちらりと窓の外を見やれば丁度、薬草を干していたエディが別の街からやってきた若い女性二人に話しかけられているところだった。  彼はその美貌ゆえ、性別関係なく人を魅了する。他の街からやってきた人はみんなエディに興味津々で、実際変な輩に目をつけられたことだってあった。  そんなこんなあるから、正直僕にとってはエディの方が心配でならない。 「まぁ、あんまりエディに心配をかけさせてやるなって話だ。それじゃ、栄養剤ありがとうな、また来る」 「あ、はい。無理しないでくださいね」  レイさんは返答替わりに雑に手を振ってから店を出ていき、ついでに店の外でエディを捕まえてしつこく絡んでいた女性たちを追い払ってくれた。そして薬草干しが終わったらしいエディが店内に戻ってきて、「レイさんかなり疲れてるね」と心配げに眉を八の字に下げる。さっきレイさんとしていた話題が話題なのでエディを見て一瞬どきりとしたけど、平静を装って僕はうんと頷いた。 「今は忙しいみたい。流行り病だけじゃなく賊の被害に遭う人が増えて、常にけが人が病院に運ばれてくるんだって」 「…………」  僕がそう言うとエディはなんだか悔しそうに眉間にしわを寄せた。そして小さく息を吐いて、裏で薬草を摘んでくると言って居住スペースの方へ行ってしまった。  ここ数年で、この国の治安は更に悪くなった。現国王であるチャールズ陛下はやはりどんな訴えがあろうと貴族優位の政策はやめず、物価の高騰や重い税金によって平民の生活は苦しくなっていく一方であった。  さすがにまずいのではと抗議した臣下もいたが、公開処刑にするなどして平民に恐怖を植え付け、国王に抵抗しようとする者の気力をそぎ落とした。その結果、今は陛下に仇なす者はいない。  そのような現状を、エディは幼いころから理解していた。  孤児となり住む場所も無くなった子どもたちは俗世から離れた生活を強制され情報もなかなか入ってこなくなるから、国や政治のことには疎くなる。実際僕もそうで、おじいちゃんに引き取られてから記事を読んでやっと理解できたレベルだった。  しかしエディは、今は誰が国を治め、誰が原因で平民の貧困化が進んでいるのかもわかっていた。そして国に関するよくない情報を聞くたび、悔し気な表情を浮かべては空を見上げしばらく物思いにふけっている。きっと今も家の裏で空を見上げているのだろう。  エディが何を感じて何を思っているのかはわからない。悩みを取り除いてあげたいのに彼の横顔を見ていることしかできないことを、僕は少し、歯がゆく感じていた。 「ごめんくださーい」 「! いらっしゃいませ」  エディが向かった方をぼーっと眺めていたのだが、ドアベルとかけられた声で我に返る。お客さんが来たのだ。  何やら楽しそうな様子でやってきたのは、最近エディ目的でよく来るようになった二人組の女性。彼女たちは店を見渡したのち「エディくんいないのかな」なんて会話をしていた。  今日も今日とてエディに会いに来たのだろう。これで何も買わず退店したらもう二度と来るなって思うところだが、今のところちゃんと何かしら買って帰ってくれるのでいいお客様として対応している。  女性たちはカウンターにて目当ての品、件の美容薬を注文した。僕が商品を棚から取って用意していたら、「あのー、店長さん」なんて女性たちが声をかけてくる。 「今日はエディくんいないんですか?」 「裏で別の仕事をしているので、しばらく店の方には戻ってこないと思います」  僕の返答で残念と落胆する二人。別に悪いことはしていないのに、そういうふうに残念がられたらちょっとだけ申し訳なく感じてしまう。  それから商品とお金を交換し、またお願いしますと送り出してから僕は深く息を吐いた。  エディやニーナが街の住人だけでなく、外の人たちにも認められるのはいい傾向だ。孤児だった彼らにとってはこの上ない待遇だろう。僕としても喜ばしいことだ。  ……喜ばしいこと、なんだけど。  なんだか最近、その気持ちとは裏腹に、もやっとしてしまうことがあるのだ。  それは決まってエディが若い女性と話しているときに感じてしまう。こう、胸の中にたまるような重苦しい、決して良いとは言えない感情。  はじめは、僕にばかり心を開いていたエディが他人とも社交的に話すようになって寂しさを覚えたのかな、と思ったんだけど、ニーナが同じように僕以外の人と仲良くしていても微笑ましいと思うだけでもやもやすることはない。  不思議なことにエディに対してだけだ。 「レイさんに相談してみようかな……」  エディとニーナを引き取ると決めたときもレイさんは何かと相談に乗ってくれたので、二人に関しての相談はレイさんにするのが常になっている。  彼も今は忙しいだろうから、落ち着いたころにしてみよう。  その日の夜。 「そういえば、もう少しで街祭りだね」  三人で晩御飯を食べていたときにニーナが言った。  街祭りとはその名の通り、この街で行われるお祭りのことだ。  街にある様々な店が食べ物だったり雑貨だったり遊べる系の露店だったりを出し、同じ街の人や観光客、近隣の街の人々と交流を図るために開催されている。年に一度しか行われないからか、毎年そこそこ大きな規模になり、祭りの終盤では花火が打ちあがるほどの盛り上がりを見せるのだ。 「そっか、もうそんな時期か」  うちは毎年特に露店は出していないので準備は不要なのだが、他の露店の手伝いをしているので当日はわりとバタバタしがちだ。まぁ僕はエディとニーナに祭りの日くらいゆっくり休んでくれと数年前に説得されたため、忙しいのは二人だけなんだけども。 「今回はどこのお手伝いを頼まれてるんだっけ?」 「私はパン屋さん。みんなで考えた新しいパンを出すから、ノアも来てよ! ノアには特別に焼きたてを振舞うね!」 「やった、絶対に行くよ」  ニーナのあんなのを考えた、こんなのを考えたという話を相槌をうちながら聞いていたら、エディから「食べたなら食器片付けな」と促されたので食器を洗い場に運ぶ。 「食器は俺が洗っておくから、ニーナは先にお風呂入って来な」 「はーい!」  エディはそう言ってニーナを送り出したのち、僕の方を振り返った。  こんなふうにエディが夕食後にニーナを先に風呂に行かせるときは、僕と二人で話したいことがあるときだということは、一緒に過ごすうちにわかったことだ。  今回も何か僕と話したいことがあるのだろう。エディにどうかしたのか聞けば、彼は少し緊張した面持ちで僕を見た。 「今年の祭りの手伝い、俺は数十分くらいで終わりそうなんだ」 「そうなの? 珍しいね」  貴重な若い男手に加えエディは居るだけで集客効果もある。そのためいつもは祭りが終わるまで出ずっぱりだ。今年もそうなのだろうと思っていたのだが、何かあったのだろうか。 「俺が頼んだんだ。祭りを一緒に回りたい人がいるからって」  エディの言葉にはっとする。  二人、特にエディは、この街に来た最初の年以外は他のお店の手伝いに駆り出されておりまともに祭りを楽しんだことがない。大人びて見えるけど年齢的にはまだ成人はしていないし、遊びたい盛りだった頃は懸命に仕事を手伝ってくれていたから遊びに行くところもほとんど見たことがなかった。  そんなエディが、祭りを一緒に回りたい人がいる、か……。  色恋に疎いとは言え、僕も気遣いができていなかったな。  年齢的にも恋のひとつやふたつしていてもおかしくない。人を惹きつける彼のことだから、きっと相手は素敵な人なのだろう。  そう、会ったこともないエディの「祭りを一緒に回りたい人」と彼が仲睦まじくしている光景を想像したとき。またしてももやもやが胸を覆いつくした。  エディにそういう人ができたことを本来ならば喜ぶべきなのに、全く喜べない。  僕ってこんなに心が狭かっただろうか。 「ノア?」  胸に手を当て首を傾げた僕を見て、エディが心配気な表情で声をかけてくれた。僕は慌ててなんでもないと誤魔化し平静を装う。 「じ、じゃあ今年は、その人と回るんだ」  何か言わなきゃ、と思って、思ってもないけど「よかったね」なんて言えば、エディは少し困ったような顔をした。 「……実は、まだ誘えてないんだ、その人のこと」 「え、そうなの? どうして?」 「緊張して、なかなか言い出せなくて……」  あぁそうか、そうだよね。つまりはデートに誘うってことだから、緊張するに決まってるよね。  ここは僕の気持ち関係なく、保護者としてエディの背中を押してあげなくちゃ。 「大丈夫。きっと上手くいくよ。エディに誘われて嬉しくない人なんかいないんだから」 「ほんとうに?」 「うん! 自信もって」  勇気づけるためバシバシとエディの肩を叩く。  すると彼はふっと微笑み、肩を叩いていた手を取って柔く握りこんできた。  指先が少しひんやりとしているけど、僕より大きくて包み込むようなその優しい手つきに、なぜだかどきりとした。 「じゃあ、俺とお祭りデートしてよ、ノア」  ……え?  思いがけないエディの言葉に、僕はぽかんと口を開けて固まる。  今、お祭りデートしてって。ノア……ノアって、もしかして僕? 「……え⁉」  ようやくエディが言ったことを理解し、思わず声を上げた。  さっきまでエディの「祭りを一緒に回りたい人」の話をしていなかっただろうか。なんで急に僕を誘ったんだ?  冗談を言って緊張を和らげようとしたとか?  ……いや、エディはそんなタチの悪い冗談を言う子ではない。僕が一番よくわかってる。  え、じゃあ、ほんとうに……?  ちらりとエディを見上げたら、彼は真剣そのものの表情でじっと僕を見つめていた。 「エディの、『祭りを一緒に回りたい人』って、僕なの……?」 「うん。ノア以外にそう思う人なんかいないよ」  ドッと心臓が大きく鳴った。じわりと顔に熱が集まっていくのがわかる。  先ほどまで自分の心を覆っていたもやもやがあっという間に霧散し、代わりにドキドキと心臓が早鐘を打ち始めた。  僕以外に祭りを回りたいと思う人がいないとか、その真剣な眼差しとか、まるでエディにとって自分は特別な存在であると言われた気がして、でもいやいやそんなの思い上がりだ、僕はただの保護者でデートっていうのも冗談めかして言っているだけで、と心のなかで誰に言うでもない言い訳を連ねる。すると、僕の手を握っていたエディの温もりが、ほんの少し名残惜しそうに離れて行った。 「突然で驚いたよね、ごめん」 「あっ、謝らないで! その、僕こそ変な反応してごめん。まさか自分のことだとは思わなくって……」 「ははっ、まさに想像してた通りの反応だったよ」  くすくす笑ったエディの様子を見て、僕の態度で気を悪くしたわけではないことにほっとする。  さっきは予想外のお誘いに動揺してしまったが、とりあえず気持ちは落ち着いてきたのでようやく頭が冷静に働き始めた。  ごちゃごちゃと考え込んでしまったけど、エディからの誘いはシンプルに嬉しかった。当日は疲れて帰ってくる二人を労うために予定も入れていないし、僕に断る理由もない。 「エディ。お祭り一緒に回ろう」 「! いいの?」 「うん。僕でよければ」 「やった……! ありがとう、ノア」  エディは一瞬目を丸くしたけれど、ぱあっと顔を輝かせ心底嬉しそうに笑った。  クールだしいろいろ達観していて同じ大人のように感じるけれど、こうやって無邪気に笑うと年相応で、普段とのギャップに男とわかっていてもドキッとしてしまう。さすがは老若男女を魅了する美貌の持ち主だ。  それからはるんるんご機嫌なエディと共に食器を洗ったり翌日の準備をして眠りについた。

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