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第4話
そしてあっという間に数日が経ち、街が一年で一番活気付く街祭りの日がやってきた。
準備等で朝から結構賑やかだったが、時間が経つにつれて外からやって来た人も増えていき、日が沈む前だというのにもうどんちゃん騒ぎだ。
エディとニーナは手伝いのため既に出払っており、家には僕一人。祭りの日は薬屋は閉めているからお客さんも来ないので、外の声が少し漏れ聞こえるくらいで店内は物静かである。
僕は店のカウンターの椅子に座り、窓から見える外の様子を眺めながら小さく息を吐いた。
祭りを一緒にまわりたいとエディに誘われてから今日までの数日、普段通りを装っていたがその実めちゃくちゃ意識してしまっていた。
いやわかってる。意識するほどのことじゃないって。エディも何か企みとか裏があって僕を祭りに誘ったわけではなく、純粋に僕と回りたいと思ってくれただけ。
そんなのわかりきってる……のだが。
デートという言い回しとか、祭りを一緒に回りたいと思う人は僕以外いないとか。時間を置いた今でも思い出すだけで顔が熱くなるようなことを言われて、普通の心境でいろというのが無理な話だ。時々エディの言葉とか行動にドキッとさせられることはあったが、ここまで意識してしまうのは初めてで自分でもどうしたらいいかわからない。
エディはいつも通りだったから、意識してるのは僕だけなんだろうな。
もうずっとこんな感じで、ちゃんと祭りを楽しめるだろうかともう一度ため息をついてカウンターに突っ伏したとき、店の出入り口のドアが開く音がした。
慌てて顔を上げるとそこには、以前会った時より幾分か顔色はいいが疲れた様子のレイさんが立っていた。
「レイさん!」
「悪い、邪魔するぞ」
ドアを閉めると騒がしい外の音が遮断されまた静かな店内に戻る。
カウンター下にしまっている予備の椅子を取り出しレイさんに差し出せば、彼は深く息を吐いてそれに座った。
「どうしたんですか? 確か今日、レイさんもお休みなんですよね?」
しばらく忙しそうにしていたレイさんだったけど、ようやく落ち着いて今日は病院を他の医者に任せて暇をもらったらしい。
それなのになんでそんな疲れた顔してうちにやって来たのだろう。また栄養剤を貰いに来たのかな。
「仕事で来たわけじゃないんだ。……悪いがちょっと避難させてもらえないか。ご婦人たちがしつこくてかなわん」
レイさんはくたびれた表情で言った。
「あぁ……なるほど」
レイさん、主に年上の女性に好かれるからな。祭りで浮かれた人たちにもみくちゃにされていたのだろう。
お疲れのレイさんにコーヒーを出せば、「ありがとう」と言ってそれを飲み、今度はほっとしたように息を吐く。
「ノアも休みなのに、悪いな」
「いえ、暇してたところなので大丈夫です」
「ん。そういえば今日はエディと回るんじゃなかったか?」
「えっ、なんで知ってるんですか?」
レイさんとはここ最近はまともに会話もできていなかったので、僕からエディとのことを話してはいない。だからレイさんが知っているとは思わず驚いていたら、レイさんは「エディから聞いた」と僅かに笑みを浮かべた。
「やっと誘えた上に了承してくれたって、嬉々として報告してくれたよ」
「そ、そうなんですね……」
まさかわざわざレイさんに報告するほど喜んでくれていたとは。嬉しいような恥ずかしいような、むずがゆい気持ちになる。
「エディはあと少ししたら帰ってくるので、それから回るんです」
「そうか。今回はいつにも増して他の街からの参加者が多いから、はぐれないようにな」
確かに、窓から見える行き交う人々はいつもより多く、見慣れない人ばかりだ。しかもなんとなく女性が多いように感じる。
これもエディの効果かな。
そうやってレイさんと雑談をしながらコーヒーを一杯飲み終えた頃、店の裏口のドアが開き、少し息を切らしたエディが顔を出した。
「あ、おかえりなさい、エディ」
「ただいま。レイさん来てたんだ」
「避難させてもらってる」
「あぁ……なるほど」
レイさんの苦労を察したのだろう、エディは僕と同じような反応をしてレイさんに同情の視線を向けた。
「そんなことより、お前たちは出かけるんだろう。ノアは準備してきたらどうだ」
「うん。あ、でもエディは帰って来たばっかりで疲れてるよね。少し休んでから行く?」
「ううん、平気。早く行こ!」
わくわくしているエディに急かされ、僕は自室に戻り外出の準備をする。準備と言っても、財布と買ったものを入れる用の袋をポシェットに詰め込むだけなんだけども。
必要なものを詰めたポシェットを持って店の方に戻れば二人はカウンターに腰掛け談笑していた。
エディもレイさんもすらりと背が高くきれいな顔をしているから、並んでいる二人を見たらまるで美しい絵画を目の前にしているよな錯覚に陥る。こういう光景は数えきれないくらい見てきたが、何年たっても見慣れないものだ。
しかしいつまでもぼーっと眺めていても仕方がないのでお待たせと声をかければ、エディがわかりやすくぱっと顔を輝かせこちらに駆け寄ってきた。
「行こうノア」
「俺は留守番してる。お前らより先にニーナが帰ってきたら、面倒見ておくよ」
「あ、ありがとうレイさん。いってきます」
「いってきます」
レイさんに見送られながら、二人で店の正面から外に出る。
窓から見ていて分かってはいたけど、小さな街にしてはすごい人の数だ。
「まずはニーナが手伝ってるパン屋に行こう。大盛況みたいだよ」
「そうなんだ。完売する前に行かなくちゃね」
あと、エディが誰かに捕まる前に。
現に今、少し離れたところにいる女の子二人がちらちらとエディを見て声をかける機をうかがっている。なかなか解放してくれない子もいるから、できれば声をかけられる前に移動したい。
「それじゃあ行こうか」
「ノア」
僕が歩き出そうとしたとき。エディは僕の前に手を差し出した。
真意がわからず手とエディの顔を交互に見ていたら、エディはふっと笑みを浮かべた。
「はぐれると大変だから」
「あ……」
相変わらず少しひんやりとしているエディの指が僕の手に絡まる。
祭りの誘いを受けたときみたいに心臓がドッと鳴って、エディが触れているところからじわじわ熱が広がっていく。
誰もが魅了されるほど顔のいい男と僕みたいな普通の男が手を繋いでいる絵面は、なんとも奇妙じゃないだろうか。
アンバランスさがちょっと申し訳なくて、僕は子どもじゃないぞとさりげなく手を引き抜こうとした。……のだけれど。寸前で動きを止めた。
エディのスキンシップが激し目なのはまぁ、通常運転で。元々警戒心の強かった彼がここまで気を許して触れてくれることを僕は非常に嬉しく思っていた。でもいつからか嬉しさだけじゃなくて、侘しさというか、もの悲しさを感じることが増えた。
その感覚になるのは決まって、エディの温もりが離れていってしまうとき。
口には出せないけど僕は、エディにもっと触れていてほしいと思ってしまっている。
そのことに気付いたのはつい最近。抱きしめられたり撫でられたりしたら嬉しいのに、妙に照れて焦って、動きにくいからとか、苦しいからとか理由をつけて離れてもらう。そうしたら途端に寂しくなって、もっとくっついていたかったな、なんて矛盾を抱えるのだ。僕を拾ってくれたおじいちゃんも褒めるときは頭を撫でててくれてたけど、こういうちぐはぐな感情を持ったことは一度もない。
初めての感情ばかりで相当動揺しているのか、行動をうまいことコントロールできずにいる。今も反射的に手を離そうとしてしまった。本心では繋いでいたいと思っているのに。
たとえ離してしまっても、「じゃあ服の裾でも掴んでて」なんて言って、エディはいつも通り笑っていてくれるだろう。でもきっと僕はまた寂しくなって、離した手前自分から手を繋ぐなんてこともできず、悶々と後悔することになる。
年に一度のお祭りで、せっかくエディが誘ってくれたんだ。今日くらい、自分の気持ちに正直に行動しても、罰は当たらない……よね。
そう言い聞かせ躊躇いつつも、僕は彼の大きな手を握り返した。エディは一瞬目を丸くしたけどすぐに嬉しそうに笑顔を浮かべ、「行こうか」と僕の手を引いて歩き始める。
人も多いし騒がしいしで話をしながら歩くなんてことは難しく、今僕たちの間に会話はない。でも、はぐれないようにしっかり繋がれた手のぬくもりとか、僕が人とぶつからないよう庇いながら前を歩いてくれている背中とか。エディに大事にされていると感じるだけで、胸がぽかぽかとあったかくなる。
ふっと口元が緩んで、たぶんだらしない笑みを浮かべながら、僕はエディと同じくらいの力で彼の手を握った。
それからニーナがお手伝いしているパン屋さんでパンを買ったり、果物に飴がコーティングされてるお菓子や雑貨を買ったりと、エディとお祭りを楽しんだ。
暫くしてそろそろ休憩しようという話になり、僕たちは広場の端にあるベンチに腰掛けた。
広場では街の人が楽器を演奏し、それに合わせて踊ったり歌ったりして各々自由に楽しんでいる。
「広場ってこんなに賑わうんだね」
「うん、いつもこんな感じみたい。広場は僕も初めて来たよ」
何年もこの街にいるのにおかしな話だけれど、僕自身も祭り当日はなにかと忙しくしていて、こうやって客として参加するのはほぼ初めてであることについ先ほど気が付いた。僕がそんな感じだから、特にエディはずっと仕事ばっかりでお出かけもさせてあげられていない。
今後はもう少し休みを作って、三人で出かける機会を作ろうかな。ニーナもきっと遊びたい盛りだろうから。
そんなことを思いながらエディと他愛ない話をし、騒がしい祭りの雰囲気には似つかないゆったりとした時間を過ごす。
不思議なことに、エディと話していると時間の流れが穏やかに感じるのに、気が付いたらかなり時間がたっているなんてことが結構あって。今も祭りであることも忘れて話し込んでいたら、いつの間にか広場に人がごった返していた。
「さっきより人、かなり増えてるよね?」
エディも異変に気付き、きょろきょろあたりを見渡している。
なにか催しでもやるのだろうか。二人で顔を見合わせ首を傾げたときだった。
暗かった周りが一瞬明るくなると同時に、ドーンと身体に響く程の破裂音がした。
驚いて顔を上げると、赤や青といった彩りを放つ光が夜空に広がっていて、消えてしまいかけたときにまた二度、三度と続けて光が黒を照らした。
周りからわっと歓声が上がる。
毎年、祭りの終盤に見られる花火が打ちあがり始めたのだ。
そんな時間になるまでエディと話し込んでしまっていたらしい。
「わぁ……!」
合間無く次々打ちあがる花火に目が奪われる。毎年自分の家の窓からぼんやり眺めるか音だけを聞いていたため、こんな手の届きそうな距離で見るのは初めてだ。
あ、今、星形の花火が上がった。
色も形も工夫されていて飽きがこない。なにより、眩いほどの輝きなのに一瞬で消えてしまう儚さが美しい。
きっとみんなその儚さに目を奪われ、夢中になるんだ。
かく言う僕も思わず立ち上がって空を見上げている。
「エディ見て、きれいだよ!」
この興奮を共有したくてエディの方を振り向きそう言う。子どものようにはしゃぐ僕を見て、彼は一瞬目を見開いた。
「……うん、きれいだね」
けれどすぐに柔らかい微笑みを浮かべると、立ち上がって僕の隣りに並んだ。
「ノアと一緒に見られて嬉しい」
「僕も……。誘ってくれてありがとう、エディ」
こうやって二人で並んで夜空を見上げなければ、花火がきれいだと知ることもなかっただろう。
小さな兄妹と出会って共に過ごし始めてから数年たつが、気付かされることばっかりだ。
「ノア」
聞き馴染んだ心地よい声で名前を呼ばれ隣りを見る。エディもこちらを見ており、赤い瞳と目が合った。
花火の光に照らされている彼の表情は、僕を祭りに誘ってくれた時のように緊張で少し強張っている。そして何かを言いたげに、けれど躊躇うように瞳が揺れていた。
「……俺、ノアが大切だ」
自然と、胸の中心がぎゅっと締め付けられるような声色だった。嬉しいことを言ってくれているのに、どうしようもなく切なくなってしまう。
なんでそんな悲しそうにしているのかがわからなくて、けれど僕も伝えなければと思って口を開く。
「僕も、エディのことが大切だよ」
「うん。ありがとう、すごく伝わってる。……でもごめん、俺、欲張りだから……ノアから『それ以上』のものをもらいたいって、思ってしまってる」
「それ以上、って?」
首を傾げた僕の正面にエディが立った。僕よりも背が高いから視界が遮られ、花火が見えなくなる。といってももう、花火は見ていなかったんだけども。
そして彼の大きくしなやかな手が、僕の両手を握った。
いつもはひんやりとした指先が、いやに熱く感じた。
「ノアが好きだ」
突然の告白に、僕は思わず目を見開いて固まった。
「言っとくけど、友情とか家族愛とかじゃないから。手を繋ぎたいとか口付けをしたいとか、そういう意味だから」
「へ……」
早口にまくし立てられた内容に思考が止まりかける。
ひとつひとつ整理していくには衝撃度が強すぎて、なかなか困惑のスパイラルから抜け出せない。
落ち着け、僕。冷静にならなきゃ。
どくどくと大きく胸打つ鼓動を落ち着かせるため深呼吸する。
エディは、僕のことが好き。家族とかに対するものじゃなく、恋愛感情として。
冗談、もまずはありえない。エディの真剣な表情を見ればわかる。そもそも彼はそんなたちの悪い冗談を言う子じゃない。
本気で……僕のことを好いてくれてるんだ。
「……ごめん、急にこんなこと言って」
「! あ、いや……」
思わず考え込んでしまい、エディの声ではっと我に返る。
何か言わないと、と思って、「なんで、僕のことを?」と一番疑問に感じた、でもよくよく考えれば恥ずかしい質問をしてしまった。
「うーん、そうだなぁ……」
やっぱり答えなくて大丈夫、と言おうとしたけど、エディが慎重に言葉を探すよう目を伏せたので直前で呑み込む。だってあまりにも真剣な表情だから、それに水を差すのも悪い気がしてしまって。
「最初は確かに家族愛だったよ。でもいつからか、ノアの言葉や仕草、表情のひとつひとつが心の奥底にぐっとくるようになったというか……どうしようもなくかわいい、愛おしいって思うようになったんだ」
や、やっぱりものすごく恥ずかしいやつだった。
自分の顔に熱が集まって、赤くなっているであろうそれを隠すように俯く。今が夜でよかった。昼間だったら俯いていても顔が赤くなっているのがばればれだったろう。
すると不意に、僕の手を握っていたぬくもりが離れていった。そろりとエディを見上げてみれば、彼は少し悲しげな雰囲気を見せ、しかし一瞬でもとの穏やかな空気感を漂わし、にこりと笑みを浮かべた。
「ノアが俺をそういう意味で好きじゃないってことは、わかってる。でも覚えておいてくれると嬉しい。それでいつか、心の整理ができたときに、返事を聞かせて」
告白をされたのなんて初めてで、なんて声をかけていいかもわからないのでろくに言葉も紡げていない。そんな僕に呆れることもなく、エディはいつか答えを聞かせてほしいと猶予をくれた。
誠実に伝えてくれたんだ。僕も、真剣に考えるべきだよね。
「……うん……わかった」
彼のお願いに頷くと、エディはほっと息を吐きだした。緊張感がなくなって、でもほんの少し、言いようのない空気が僕たちの間に漂う。それを断ち切るよう、エディは明るい声で「帰ろうか」と言って、僕に背を向けた。
いつの間にか花火は終わっていて、広場にいる人も先程より随分少なくなっていた。この後は確か広場で後夜祭が行われるのだが、今の僕らの雰囲気じゃそれまでここに留まるなんてのも難しいだろう。
家に向かって歩き出したエディの背を追う。少しだけ距離をあけて隣りを歩く。
帰り道は、当たり前だけれど、手を繋ぐことはなかった。
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