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第6話

 声を震わせながら、エディが告白してくれた。  その内容をゆっくり自分の頭の中に取り入れながら、これまで感じてきた違和感を線で繋いでいく。  やっぱり、そうだったのか。  施設に入っていない浮浪児は、文字の読み書きもまともにできない子が多い。けれどエディもニーナも、出会ったときから難なくできていた。その時点で、二人はただの孤児ではないと気付いていた。そしてちょっとした振る舞いや考え方から、平民ではなくおそらく貴族の子どもであることも。  そんな貴族の子どもがなぜ浮浪児になってしまったのか、理由はわからない。けれど二人の様子を見るに、深い事情があって身分を隠しながら何かから逃げてきたのだと予想した。身分を隠しているのは詮索されたくないからだろう。僕はとりあえず気づかないふりをし、二人を見守ることにして今に至る。  だいたいの予想は合っていたが、でもまさか、王族であるとは思わなかった。その部分だけは、結構驚いている。  実は、レイさんも二人が貴族の子どもだと気付いている。当時は僕の次に二人と接する機会が多かったから、会話をしていくうちに気付いたらしい。二人を引き取ると決めた際に、「お前が思っている以上の厄介事に巻き込まれるぞ」と忠告までしてくれた。今思えば、レイさんは王族であることも感付いていたのかもしれない。  結局忠告は聞かず二人との生活を始め、知らないからなと呆れていたレイさんも、今ではよき相談相手になってくれている。なんだかんだ、二人のことをすごく気にかけてくれていたから。  そして昨夜遅く。家にやってきたレイさんから、エディとニーナが病院で交わしていた会話を聞いた。だから、エディが聞いてほしいと言っていた「大事な話」が、自分たちの身分の告白であることも予想がついた。  しかし、僕に身分を明かすということは、二人がここを出ていく決意をしたということでもある。  自分たちの身分を誰かに明かせば、その分周りにバレるリスクが高まる。見つかれば捕まってしまう状況に置かれている二人にとってそれは最も避けたいことだっただろう。僕に伝えて弱みを作ってしまった時点で、彼らはここから去る他ないのだ。  エディとニーナは再び俯いて、エディに関しては手が白くなってしまうほど拳を握り込んでいた。  彼らの最大の秘密を僕に打ち明けるのは勇気が要っただろう。今一番不安を抱えているのは二人だ。その不安を少しでも取り除くことが、僕のやるべきことだ。  二人の傍に寄り、エディが握り込んでいる拳にそっと触れる。エディはびくっと肩を震わせ、顔を上げた。いつもは宝石のようにキレイな赤い瞳が、今は不安げに揺れている。 ニーナの頬も撫でれば、彼女の目が涙で潤んでいった。 「不安に思うことも、後ろめたく思うこともないんだよ」  僕には、二人にどんなことがあって追われる羽目になったのかはわからない。彼らが王族であることが言えなかったように、隠したい内容であるのは間違いないだろう。だったら無理に話すことはない。 「話してくれてありがとう」  知らなくたって、僕たちが家族であることに変わりはないんだから。  二人を安心させるように笑いかける。するとエディは今にも泣き出しそうな顔をした。そして拳を開き、かわりに彼に触れていた僕の手を優しく握る。 「ノア、俺は……」  そうやってエディが何かを言いかけたときだった。 「ノア、エディ、ニーナいるか!」  勢いよく裏口のドアが開いたかと思ったら、息を切らし鬼気迫った顔をしたレイさんが家に駆け込んできた。仕事が忙しくなれば眉間に皺を寄せ険しい顔はするが、こんな切羽詰まった表情をすることはそうそうない。 「レイさん⁉ どうしたんですか?」 「まずいことになった。今街に王族の馬車が来てる、軍を引き連れてだ」 「え……⁉」  エディとニーナがさぁっと顔を青くさせた。 「街の連中に、『ベージュ髪の少女と、白髪赤目の青年は何処か』と聞き回ってる」 「そ、そんな、なんで……いくらなんでも早すぎる……!」  軍を引き連れた王族の馬車……。きっとエディとニーナを捕らえに来たんだ。 「レイさん、その人達は今どこに?」 「街の広場くらいだ。バカ正直に居場所を吐いた奴がいれば、あと五分もしないうちにここに着くだろう」 「……っ」  レイさんから聞くやいなや、僕はキッチン横にある棚を開き、その奥から麻袋を引っ張り出した。そしてそれをエディの胸に押し付ける。 「数日分の非常食と飲み物、それから薬が入ってる。これを持って二人は逃げて」 「えっ⁉」  エディとニーナがここで暮らすようになってから、いつかこんな日が来るんじゃないかと思って用意しておいたのだ。役に立ってよかった。 「で、でも、ノア――」 「早く、時間がない!」  二人の背中を強引に押して裏口の方まで連れていく。ドアを開け、念のため付近に誰もいないことを確認し振り返る。 「今なら大丈夫。わかってると思うけど、街を出て真っ直ぐ行けば森に着く。森を西に抜けていけばすぐ国境だから、そこを目指して」 「っ、でも俺たちが逃げたらノアが……!」 「僕のことなんか気にしないで。……エディにはやるべきことがあるんでしょう?」 「!」  エディは、言葉にしたことはなかったけれど、ずっとニーナを守ることを一番に考えてきた。年端も行かない時期に何らかの理由で家を追い出され、一人では生きていけない妹を守ることを、自分に課せられた使命だと思っているのかも知れない。その他にも、僕が想像も及ばないものを背負っているんだと思う。  彼はこんなところで止まっている場合じゃない。  僕の言葉を聞いた瞬間、エディの瞳にぐっと力がこもった。  その時、店の方のドアがどんどんと強くノックされた。きっと王族騎士たちがやって来たのだ。 「さぁ、行って」 「ッ……」  エディはニーナを抱えて駆け出す。  僕の横を通り過ぎる直前、こちらに目を向けたものの何も言わず、悔しげに唇を噛み家を飛び出した。 「…………」  二人の背中が小さくなっていく。  忘れまいと、その姿を目に焼き付けるべくじっと見つめた。しかし視界が滲んで、すぐに見えなくなった。  きっと、もうこれで最後だろう。  ゆっくりとお別れを言う暇もなかった。その覚悟は持っていたけど、いざそんな状況になってしまったら、言いたかったこと、してあげたかったこと、まだまだたくさんあったのにと後悔が積もる。  しかし後悔しても、エディもニーナも、ここには戻ってこない。僕たちはこの先、会うこともない。  瞬きをしたとき、一粒の雫が溢れた。頬を伝って地面に落ちる前に、僕はそれを袖で拭う。  泣いちゃだめだ。  エディはニーナを抱えてちゃんと森の方角に向かっていった。見たところ誰かにつけられている様子もなかった。きっと、大丈夫。あの子達なら、無事に逃げられる。  僕は静かにドアを閉め、ドアに額を当て深く息を吐いた。 「お前も一緒に逃げるべきだった」  ことの成り行きを静かに見守ってくれていたレイさんが悔しそうな声色で言った。後ろを振り向くと、彼は眉間に皺を寄せ僕を睨みつけるよう見つめていた。 「王族の馬車ということは来ているのは国王だ。今の国王は容赦ない。エディたちを匿っていたと確信も得ているだろう。このままだと最悪、殺されるぞ」 「……わかってる。でも……」  例え彼らと一緒に逃げたとしても、僕は足手まといにしかならない。  気にかけるものが増えれば、それだけ判断が鈍ってしまう。もし何かを捨てて逃げなければならない状況になったとき、真っ先に切り捨てるべき僕を、エディは切り捨てることなんてできないだろう。  僕はエディの枷になりたいわけじゃない。  だから、少しでも彼らが逃げる時間を僕が稼ぐ。そのほうがよっぽど役に立つはずだ。 「王族騎士だ! 店主に話がある!」  先程よりも大きく店のドアがノックされた。  僕は心を決め、店の方に歩き出す。 「待てノア」 「……知らせに来てくれてありがとう、レイさん。レイさんもここにいたら危険だから、僕が表で話している間に裏口から病院に戻って」 「馬鹿言うな。知っていながら俺も黙っていた、共犯だ。俺もここに残る」 「だめだよ。レイさんがいなかったら、誰が街の人たちの怪我を治すの? ……この街にはレイさんが必要だ」 「そんなの、お前だって……――!」  レイさんは引き止めるため僕の腕を掴んだ。  しかし僕の表情を見て、言葉をぐっと飲み込む。 「ありがとう、レイさん。僕ほんとうに、レイさんに感謝してるんだ」  レイさんがいなかったら、きっと僕はとっくの昔に生きる気力を失くしていたと思う。エディやニーナも大切だけど、同じくらいレイさんのことも大切だ。  エディとニーナを引き取ると決め、レイさんが「厄介なことに巻き込まれる」と忠告してくれたとき、当然僕もそんな予感がしていた。二人の過去は僕が抱えられるほどのものじゃないくらい大きく重たいものであることも。  共に過ごしていく中でも、二人を追い出す機会はいくらでもあった。  でもしなかった。できなかった。  彼らが抱えている大きな秘密の存在と、自分が抱えているリスクの大きさを知りながらも……二人と過ごす幸福な日々を捨てるなんて選択肢、僕にはなかった。  僕のわがままの末、レイさんまでも危険に晒すなんてことはしたくない。それにさっきも言ったように、この街にはレイさんが必要だ。  数秒お互いの目を見つめ合って、レイさんは観念したように大きくため息をついた。  こうなったら僕は意地でも譲らないって、わかっているからだ。 「ッ、クソ、お前はいつもそうだ。俺の言うことなんか聞きやしない」 「うん……ごめんね」  レイさんが僕の腕から手を離す。  僕はもう一度お礼を言って、お店に続くドアを潜った。 ***  ノックされているドアを開け外に出れば、鎧を纏った兵士何人かと、更に奥に大きくて豪勢な馬車が店の前に停まっていた。兵士の鎧と馬車のキャビンには王族の紋章が描かれているので、やはりこの人達がエディとニーナを街の人に聞き回っていたという連中なのだろう。 「貴様がこの薬屋の店主か」 「えぇ、そうです。なにかご用でしょうか?」 「我々は人を探しにやって来た。ベージュ髪の少女と、白髪赤目の青年に覚えはないか」 「…………」  さすがは王族騎士と言うべきか、ただそこに立っているだけなのに威圧感がある。街の自警団とは比べ物にならない。  でも、怯んでなんかいられない。レイさんがここを出ていくのと、エディたちが遠くに逃げるまで僕がここをどくわけにはいかないんだ。 「その方たちがどうかしたのですか?」 「質問に答えろ。我々はその二人に用があるのだ」 「……えぇ、覚えはあります。たしか以前、うちの店で買い物をしていきましたね」 「同じ特徴を持った兄妹がこの薬屋に住み込みで働いていると情報は得ている。小細工などせず知っている情報を話したほうが得策だぞ」 「知ってる情報もなにも……僕はこのお店をひとりで切り盛りしています。人を雇ったことなどありませんよ?」 「貴様、これ以上嘘を並べ立てるのであれば容赦はせんぞ!」  僕と対峙していた兵士とは別の人が、持っていた剣を構え僕に突きつける。  いつの間にか街の人たちも僕と王族騎士たちを囲むよう周りに集まっていて、僕が剣を突きつけられたと同時に悲鳴が上がった。 「切られたくなければ正直に答えろ。貴様はあの兄妹と共に暮らしていた、そうだな? 今二人はどこにいる」 「…………」  ちらりと人混みに目をやる。そこにはこちらを心配そうに見ているレイさんがいて、無事に家を抜け出せたことにほっとした。 「先程も言ったように、彼らはこのお店にお客として来ました。だから居場所なんてのも知りません」  僕より幾分か背も高くガタイもいい兵士が僕の言葉を聞いた後、後ろに控えていた兵士たちに目配せした。すると二人の兵士が僕の腕を後ろで拘束し、先程剣を突きつけてきた人が僕の傍に立った。 「これが最後のチャンスだ。兄妹の居場所を言え。今なら命だけは助けてやるぞ」  自分たちの探し人がここにいると、確信を得ていたくせに。回りくどい言い方ばかりして。最初からこうしていればよかったのに。  強い力で拘束され、身動きをすると更に押さえつけられ痛みが走る。せめてもの抵抗と、僕を尋問する兵士を睨みつけた。  平民の僕に楯突かれたのが気に食わなかったのか、兵士は手を振り上げ、パンっと音が大きく響くほどの力で僕の頬を叩いた。 「きゃぁっ!」 「ノア……!」 「もうやめて! ノアを離して!」 「黙れ! 貴様らも叩き切るぞ!」  その一喝で、周りからの抗議の声が止む。  これ以上は街の人たちにも被害が行きかねない。  ……そろそろ時間切れか。  短かったけど、少しは稼げたかな。 「おいお前、さっさと居場所を言え!」 「…………」  叩かれた衝撃で脳が揺れたのか、少し目が回っている。口の中も血の味がするから口内のどこかを切ってしまったみたいだ。  じんじんと頬が痛む。この感覚、いつぶりだろう。ここ数年は誰かに暴力をふるわれるなんてことなく、ずっと平和に暮らせていたからな。  ……楽しかったなぁ。  おじいちゃんに拾われて、普通の生活を送れて。おじいちゃんが死んでしまってから寂しかったけど、ノアとニーナが来てくれて。ずっとずっと楽しかった。毎日がぽかぽかして、幸せだった。 『ノアが好きだ』  ふと、エディの言葉が蘇った。  美しい花火が打ち上がり、暗い空が彩り輝いていたあの日。  真っ直ぐに僕を見つめ、真剣な表情で、自分の思いの丈をぶつけてくれたエディの姿を思い出す。  応えないことが、正解だと思っていた。  大切な人とのお別れほど、辛いものはないとわかっていたから。  辛いことは少ないほうがいい。  そうすれば、『独り』の傷は浅く済むと思っていた。  でも……。  こんなにも胸が苦しくなるなら、変な意地なんてはらずに伝えてしまえばよかった。自分の正直な気持ちを、包み隠さず全て……。  エディのことになると臆病になって、後悔ばっかりしてる。誰かに背中を押してもらわないと、前に進めもしない。  こんな自分、もううんざりだ。  ――だから僕は、もう後悔のないよう、僕の役目を全うする。 「知りません」 「!」 「僕は……何も知りません」  顔を上げ、力強く告げた。  兵士は目を見開く。きっと、死に怖じ気付いて居場所を吐くと思っていたのだろう。  だが僕はこの人達の思い通りになんかなってやらない。エディたちの安全を脅かすこの人達なんかの言うことなんか、聞いてやるもんか。  兵士は大きく息を吐き出す。そして淡々と、なんの感情もなく一言、「やれ」と呟いた。 「ノア、そんな……!」 「なんて馬鹿なことを!」  周囲がざわつく中、剣を持った人が僕の前に立つ。  人をかき分け間に入ろうとしてくれていたレイさんが、他の兵士に止められているのが見えた。 「クソっ、ノア!」  兵士が剣を振り上げた。躊躇いのない表情に、きっと今までも楯突いたたくさんの人を斬ってきたのだろうと想像がついた。  僕は目を閉じ、深く息を吐く。  レイさんも、街のみんなも、余所者だった僕を受け入れてくれてありがとう。  おじいちゃん、お店、最後まで守れなくてごめんね。  ――エディ、ニーナ。  どうか無事に逃げ延びて――幸せになって。  そう強く願い、僕の首に剣が今にも振り下ろされようとしたときだった。 「止まれ」  バンッという大きな音と共に、よく通る低い声が響き渡った。 「陛下……!」  街の人だけでなく、王族騎士の人たちからも声が上がる。  ただ事でないざわつきに、おそるおそる目を開けて辺りを見渡せば、馬車の方から明らかに王族騎士や街の人たちと着ている服も空気感も違う男が歩いてくるのが見えた。  あの人、もしかして……。 「陛下」 「下がれ」  剣を構えていた兵士、そして僕を尋問していた兵士を右手とたった一言で制したその人は、目の前で立ち止まり僕を見下ろす。 「もしかして、チャールズ国王様……?」  先ほどとは違った意味でざわめきが大きくなる。  そうだこの人、チャールズ様だ。新聞で姿を見たことがある。  王族の馬車がある時点でこの人がいるとわかってはいたが、なぜ表にまで出てきたんだ?  しかも、これから平民を処刑しようと場に。  ニーナよりも明るいクリームイエローの髪をさらりとかき揚げ、なんだか暗い色のしたブルーの瞳で僕を上から下まで値踏みをするよう眺める。  そして大きな手で僕の顎を掴み、顔を無理やり上げさせられた。  先程殴られた方の頬と切れた口内がぴりりと痛む。 「お前、隣国南部の出か?」 「!」  ぼそりと呟かれた言葉に僕は思わず目を見開く。  どうして、チャールズ様がそんなことを知ってるんだ? 「その金色の瞳と黒髪は特徴的だからなぁ。なるほど……よし。この者を捕らえて城へ連れ帰れ」 「え⁉」  驚愕の命令を下した後、チャールズ様は身を翻し馬車へと戻っていく。 「へ、陛下! この者はニコラ様とエディ様を……」 「私の言うことが聞けないのか?」 「っ! い、いえ……」 「それにどうせ逃したあとだ。ここは国境に近いからそっちに行った可能性が高い。国境周辺を探させろ」 「はっ!」  王族騎士たちが機敏になにやら動き始め、何手かにわかれ去っていく。  僕は状況についていけないまま馬車に乗り込むチャールズ様を呆然と眺めていたが、僕を拘束していた兵士たちが僕の腕に縄を固く締め、無理やり歩かされた。  そしていつの間にか用意されていた、古いが頑丈そうな格子のついた馬車の荷台に突き飛ばされるよう乗せられる。 「ノア!」 「! レイさん……」 「おい、離れろ!」  兵士に止められながらも必死にこちらに手を伸ばすレイさんが、鉄格子の間から見えた。  僕も手を伸ばそうとしたけど縛られているため出来なくて、言葉を交わす前に荷台の扉が閉められ外から布をかけられる。  そしてすぐに馬車が動き出したかと思ったら、ガタガタと大きく揺れたために僕はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。  なんとか体を起こし、ぐらぐら揺れながらもなんとか壁に寄りかかって一番ましな体勢を取る。そしてやっと頭が冷静になっていき、まともな思考が戻ってきた。  これは、囚人を運ぶ用の馬車なのだろうか。というか……僕は助かった、のか?  ……いや、あくまで今は、だ。  なぜあの国王が僕の処刑を止めたのかはわからないがほんの少し延命しただけ。何をされてもエディたちのことを喋るつもりはないから、いずれ殺されることに変わりはない。  チャールズ様は、国境周辺を探せと兵士たちに命令していた。エディたちの向かった先だ。見つかる前に国境を超えて隣国に入ることができればそう簡単に手を出せなくなる。  上手いこと捜索を掻い潜ってくれるのを願うしかない。 「…………」  どうにか縄を解けないだろうかと腕を動かそうとするが、固く縛られているのでやはり解くのは無理そうだ。むしろ動かそうとする度皮膚に縄が食い込んで痛みを発する。  諦めて、僕は体から力を抜いた。  ……なんだか、疲れた。  この馬車はどこに向かって進んでいるのだろう。外が見えないから検討もつかない。  一度は覚悟を決めて、死を目前にしても恐怖などなかった。でもこうやって一人きりになって考える時間ができたら、唐突に死への恐怖が湧き上がってきてしまった。  体が震える。落ち着かせようと深呼吸しても、そんなことで恐怖は拭えない。  僕は、ひとりっきりで死ぬのだろうか。  冷たい場所で、誰にも看取られず寂しくこの世から消えるのだろうか。  ……怖い。独りは嫌だ。 「ふ、ぅ、ッ……」  懸命に堪えていた涙が溢れた。  それを拭ってくれる人が隣りにいないことが、僕の心を更に空虚にさせた。

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