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第9話
幸せを、貰いすぎたツケが来たのだろうか。
どうして運命というやつは、大切な人との別れを唐突に突きつけるのだろう。
母のように盾になることを選んだノアを、俺はどうして守ることができないのだろう。
俺はずっと守られてばかりだ。俺は誰も守ることができないのだろうか。そうしてずっと後悔を抱えて生きて行くのだろうか。
ノアの家を飛び出し、言われた通り西に進んで、森を抜けた先に教会が現れた。
尋ねればどうやらそこは隣国から亡命してきた人たちの一時的な保護施設となっているらしい。
俺たちは無事に国王軍に見つからずに国境を越えられたのだ。
「お兄ちゃん……ノア、殺されちゃうの?」
ニーナが言った。
後宮から逃げてきた日のように、何も答えることができなかった。
「嫌だよ……ノアまで死ぬなんて嫌だ」
泣き出してしまったニーナの頭を撫でる。
ノア……俺たちを死の淵から救い出し、居場所をくれた人。
俺の大切で、大好きで、心の底から愛しいとおもう人。
「…………」
もう、後悔したくない。失うのは嫌だ。
「ニーナ、俺戻るよ」
「! 私も――」
「ニーナはここにいてくれ。きっと危険だから。ニーナまで傷ついたら、俺は俺を許せなくなる」
「…………」
「大丈夫。必ず迎えに来る」
そう言って笑いかける。
ニーナは一瞬泣きそうに顔を歪めたけど、服の袖でごしごしと目元を拭い、強く頷いた。
「……わかった。いってらっしゃい、エディお兄ちゃん」
俺も頷き返し、もう一度頭を撫でてから教会を飛び出した。
戻った森の所々に、王族騎士の影が見えた。こんなところまで追ってきたらしい。でもこの森は深く、歩き慣れない人が気軽に入ったら迷ってしまう場所だ。しかし俺ならば大丈夫。何度もノアと一緒にここに来たんだ。
兵の目をかいくぐりながら、俺はなるべく早く森を抜けた。そして街へ戻る道を駆け抜け、もうすぐで日付が変わってしまいそうという時間に街に辿り着いた。
街にもところどころに兵が残っていて、特に薬屋周辺には多く見張りがいた。
薬屋には戻れない。
ならばこの街で、ノアと同じくらい信頼できる人のもとへ行こう。
また兵の目をかいくぐりながら、俺は街唯一の病院へ向かった。
この時間はもう病院も閉まってる。いるとしたらレイさん自身の家だろう。
病院と医薬品倉庫を通り過ぎ、そこに隣接されているレイさんの家に物音をたてないよう近付く。そして裏口の扉を、小さく三回ノックした。
誰も出て来ない。もしかして留守か? それとも兵を警戒して出てこないようにしてるとか。
どうしよう、ここに長く留まるのもまずいよな。
身を屈めながら次の策を考えていたときだった。突然口に手を当てられ、誰かに後ろから拘束されてしまった。
まずい、捕まった⁉
なんとか拘束から抜け出さなければと、後ろにいるであろう人間に蹴りをいれるため足を振り上げる。
「バカ静かにしろ、俺だ!」
しかし耳元でした囁き声に俺はピタッと動きを止めた。俺を拘束した人は静かに素早く裏口のドアを開け、俺を家の中に連れ込んだ。
口から手が離され、同時に拘束も解かれる。慌てて後ろを振り向けば、そこにはレイさんが立っていた。
「レイさん……!」
「お前、なんで戻ってきた」
いつも険しめな表情をしているが、今は一等険しい。ぐっと眉間に皺を寄せ、俺を射殺さんばかりの勢いで睨みつけている。
「ノアを助けたくて戻ってきた」
「……はぁ、クソ、なんでこんな……」
レイさんは大きくため息をついて片手で髪をかき上げる。怒っているときとか、どうしようもなく苛ついているときの仕草だ。
「やっぱり、遅かった……?」
「殺されてはない。捕まって、連れて行かれた。国王がなんか言ってたが、うまく聞き取れなかった」
「!」
よかった、殺されていなかった。いやでも安心はしていられない。
捕まったって、一体どういうことだ。どうして捕まえた。あの男なら、その場で切り捨ててもおかしくないのに。
「どこに連れて行かれたかわかる?」
「兵士が後宮につれていくと会話していた。そこ牢獄でもあるのか?」
「後宮……?」
なんでそんなところに?
あそこは牢獄なんてない。あの男が捕まえろと命令したなら王城に連れて行くはずだ。王城なら地下牢があると聞いたことがあるからそこに投獄するのが自然だ。何を考えている?
……いや、時間がない。とりあえず手がかりはそれだけだ。後宮に行くしか無い。
「ありがとうレイさん。俺行くよ」
「待て、お前わかってるのか、死にに行くようなもんだぞ」
「わかってる。でも後宮は俺が暮らしてた場所だから侵入くらいはできる」
「暮らしてたって……お前、やっぱり王族かよ」
「え、気付いてたの?」
「半信半疑だった。ったく、だから厄介だって言ったんだ、俺は。おかげでこんなことにまでノアは巻き込まれた」
苛立たしげに吐き捨て、レイさんは近くの椅子にどかっと腰掛ける。
こんな状態のレイさん、見たことがない。それくらいノアのことを心配してるんだ。
レイさんにとってノアは弟のような存在だ。ぶっきらぼうな性格だからわかりにくいけど、ノアのことを本当の家族のように大切に思ってる。近くでみてきたから、俺はよく知ってる。
その大切な家族が、目の前で捕まり連れて行かれたのを見て、きっとレイさんは自分の無力さを痛感しただろう。俺にも似たような経験があるからわかる。
レイさんが今苛立っているのは、俺に対してもだろうけど、一番は無力な自分自身に対してだ。
「……ごめんね、レイさん」
「…………」
「必ずノアを助け出してここに帰す。約束する」
「…………」
そう宣言すれば、レイさんはゆっくり俺を見上げた。
「お前もだ」
「え?」
「お前もここに帰ってきて、これまでのこと、俺にもきっちり説明しろ。それがお前の義務だ」
「……ふはっ」
その言葉に思わず笑えば、明らかに怒ったレイさんが立ち上がり俺の胸ぐらを掴む。
「何笑ってんだ」
「だってレイさん、俺にも生きて帰ってこいって言ってくれてるんでしょ?」
「っ……」
本当にこの人は、ずっと昔から不器用な人だなぁ。
俺から手を離し、今度は力なく椅子に座る。深く深く息を吐いて、俯きながらも小さな声でポツリと呟いた。
「ノアを頼んだ」
俺はそんなレイさんを、強く抱きしめた。
「――うん」
そうして俺は日が昇らないうちにレイさんの家を出た。
ここから後宮まではしばらくかかる。でも悠長にはしていられない。今この瞬間にも、ノアは危険な目にあっているのだから。
必ず助け出す。
もう絶対、失ったりしない。
――失ったりするもんか!
強い決意と覚悟を胸に、俺は走り出した。
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