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料理を練習したいというナツメからは、どんなものが作りたいのかあらかじめ聞いてある。『酒のつまみにもなって、疲れている人が栄養がとれるもの』とのことだった。
「パートナー想いですよね」
ナツメはそんなに酒を飲まないと言っていた。料理を上手くなろうとしているのも自分のためではない。
すべて彼の女夫 のためだ。
「彼女、いつも仕事から疲れて帰ってくるんだよね。そのくせ酒が好きで夕飯がおつまみなの」
「いますね、酒があるとご飯食べない人……」
口ぶりこそ迷惑そうだが、表情は愛おしげだ。ナツメはパートナーの困ったところも好きなのだろう。
「身体に良くないと思ってご飯作るんだけど、無理して食べてくれてるの伝わってくるんだよね。美味しくないから。……掃除でもなんでも、家事をやればやるほどがっかりさせてるよ」
「料理の作り方、いつもどうやって調べてるんですか?」
「レシピサイト。検索したら出てくるから」
「ああ……」
彼が挙げたのは一般人による投稿レシピが数多く掲載されているサイトだった。
よくある落とし穴だ。
投稿レシピは説明の省略が多く、環境の違いや家庭の味が強く出るので初心者には向かない。あれは作りながら軌道修正できる人が参考にしてようやくなんとかなるものだ。
「コツさえつかめば大丈夫ですよ」
野菜を洗っていると、ナツメがキッチンカウンターにスマホスタンドを置いた。背面をこちらに向けてスマホをセットしている。
「作ってるとこ、動画で撮ってもいい? やり方を忘れたときに再生したいからさ」
「もうメモの時代じゃないんだなぁ」
「そーだよん」
録画ボタンを押す音が聞こえた。
「では、作りましょうか」
ステンレスの調理トレーを二人で見下ろす。洗って水気を拭いた大根、ゴボウ、にんじん、しょうが。
隣には手羽元が入ったパックがある。
他には、調味料として料理酒やしょうゆ、鷹の爪、胡麻の袋などなど。
「これでなに作るの?」
「冬ですし、大根と手羽元の酢煮なんてどうかなと」
「すに?」
「酢を使った煮物ですね。酢は疲労回復になるし、料理が痛みにくくなるのでいいですよ。地味な料理ですけど……」
「お酒に合いそう」
「そうですね。ビールとか、日本酒に向いてます」
「おー」
「大根は胃に優しいし、手羽元はタンパクだけでなくコラーゲンもとれます。二人は美容にも気をつかってるでしょう?」
「そこまで考えてくれてたんだ」
大根を手に取り、まな板の上で輪切りにしていく。
一切れ手に取って、側面に包丁を当てて皮をくるりと剥いた。
「えっ!? 待って待って、真似できる切り方して」
隣で同じように大根を一切れと包丁を持ったナツメが顔をキュッとしかめる。
桂剥きはダメらしい。
ならばと輪切りをまな板に置き、側面の皮を切り落として見せる。
それならできると、ナツメも同じように大根を処理していった。
「大根の皮は厚めに切るときんぴらにできていいですよ」
「じゃあ、結果オーライ」
「その厚み、大正解ですね。千切りにしてお皿に避けときましょう。──皮を剥いたほうは半月切りにします。それから、手羽の処理ですが……」
さくさくと手順を説明していく。
手羽元には味が良く染みるよう切り込みを入れ、フライパンで焼き色をつける。
肉を熱している間に、ゴボウとにんじんも切っていった。
「ぜんぶ酢煮に使うの?」
「にんじんはきんぴら用です。ゴボウは酢煮に入れます。少し入れると味が深くなって美味しいんですよ」
「隠し味だ。少しって、どれくらい?」
「これくらいですかね」
斜め切りにしたゴボウを、水にさらす前にまな板の端に寄せて見せる。
「めっちゃ余るじゃん」
「残りのゴボウは、にんじんと一緒に千切りにします。マヨネーズであえて、サラダにするんです」
「どんどんおかずできるじゃん……スゴ……」
「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。酢煮はゆで卵を一緒に煮ても美味しいですよ。洗い物が増えますが……」
「やろうやろう!」
ナツメが自ら鍋を持ってきて、水を張り始めた。
鼻歌が聞こえる。料理を楽しんでくれているようで何よりだ。
フライパンの火加減を見て他の食材や水、調味料を加えていく。
いつもなら目分量だが、ナツメのためになるべく軽量さじを使って見せた。
酢煮のフライパンが煮立つのを待つ間、別のフライパンできんぴらの調理を進めた。
ゆで卵も同時に。
まな板を片付けてボウルを用意し、そこではサラダを作った。
「手際良すぎて真似できそうにないよ」
「自分のペースで作っていいんですよ。競争じゃないんですから」
酢煮のアクをとり、きんぴらにはゴマをふりかける。
「あ、ご飯も炊けたみたい」
炊飯器の音にナツメが振り返っていた。
自発的にしゃもじを取り、炊き立ての白米を軽く混ぜてくれた。ありがたい。あらかじめほぐすとさらにおいしいのだ。
キッチンはすっかりいい匂いに満ちていて、二人して腹が鳴る。
「汁もの忘れてました。適当に作っちゃいますね」
余ったにんじんと、冷蔵庫のキャベツとたまねぎをサッと切る。スープマグに入れ、水に鶏がらスープの素を混ぜてレンジでチンした。仕上げに胡椒とごま油。
完成した料理から皿に盛り、残りはタッパーに入れた。
カトラリーの準備も進めていく。
英一は出先で一泊する予定だから、俺とナツメの分だけでいい。
「料理スキルってオメガの義務教育だったりする?」
「まあ、そうですね」
嫁ぎ先で恥をかかないよう、初めに叩き込まれる。
正月くらいしか出番のない飾り切りの練習までしたものだ。
「盛り付けまでキレイだし、お店やれそう。やりなよ、開業資金もあるんだから」
「あはは、おだてても何も出ませんよ。俺は英一さんに食べてもらうので満足してます」
「服の話聞いたときも思ったけど、尽くすねぇ。ほんと、良妻~ってカンジ。母さんで痛い目見た父さんがいかにも好きそう」
手元を見下ろすナツメの横顔からは感情が読み取れなかった。
「ナツメさん、あったかいお茶と冷たいお茶、どっちがいいですか?」
「冷たいの」
「はい」
冷蔵庫を開けて冷茶のポットを取る。
「確か、前の旦那さんもアルファだったんだよね。それなりに売れた画家らしいじゃん。……昔からそうなの? 照近さんって」
ふと投げかけられた質問の意味がすぐには理解できなかった。答えられずにいると、言葉が付け足される。
「アルファの機嫌とるのって楽しい?」
引っかかる言い方だったが、もしかしたら俺の心配をしてくれているのかもしれない。
オメガがアルファに気を遣って窮屈に暮らしていないか、とか。
「英一さんは、顔色をうかがわないといけないような人じゃないですよ。料理は俺がやりたくてやってることですし……ナツメさんだって、打算抜きでパートナーのために今こういう練習してるわけじゃないですか」
「……まーね。──ねぇ、お腹すいたよ。早く食べよー」
ナツメはスマホスタンドを回転させ、カメラをダイニングテーブルに向けた。
「まだ撮るんですか?」
「こっからは思い出作り」
「現代っ子ですねぇ」
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