22 / 30

5 【2】

 待ち合わせ場所のカフェテラスに行くと、ナツメはココアを飲みながらスマホをいじっていた。  声をかけて同じテーブルに着き、やってきた店員へホットコーヒーを頼む。 「おはよおはよ。美容院の予約までまだちょっとあるから、ゆっくりしてこ」 「おはようございます。あとこれ、荷物になっちゃいますけど良かったら……」  ハンドバッグサイズの紙袋を手渡す。中には昨日焼いたクッキーとその作り方を書いたメモが入っている。  袋の中を覗き込んだナツメは、まぶしいくらいパッと笑顔になった。 「クッキーだ! レシピもある! 間食で肌荒れするって話覚えててくれた感じ?」  お礼を言いながら早速ひとつ食べようとするのを止めた。店の人の目がある。  大事そうに紙袋を抱えるナツメを見ながらコーヒーを飲んだ。 「そうそう、今度、英一さんと出かける約束もしたんですよ」 「それって、デートってこと? あのおじさんが義理の付き合い以外で外に出ることってあるんだ!?」 「おしゃれをしたなら外に出ないともったいないから、と言ってくれて……」 「へぇーっ! 努力報われてるじゃん。良かったね」 「ナツメさんのおかげですよ」 「こういうのって『なる』のは簡単だけど、『維持』は難しいんだよ。いま照近さんがキレイなのは、照近さんががんばってるから。──今日のコーデもいい感じだよ!」 「英一さんが褒めてくれると、嬉しくって」 「健気~。人を好きになると綺麗になるって本当だよねぇ」  ナツメのスマホが鳴る。予約の時間が近くなったことを報せるアラームのようだった。  そろそろ行こうかと二人で席を立つ。    ■  案内された美容院は、アンティーク調の美しい店だった。物が多くてごちゃついているが、統一感はあり独特な世界観を作り出している。 「友達がやってる店でさ、小さいけど良いとこだよ。予約けっこー入ってるし、インフルエンサーとかも通ってるんだ」 「交友関係広いですよね、ナツメさんって……」 「まーね」  それにしても、店員が強気なロング縦ロールのヘアスタイルなのがインパクトありすぎる。  俺の髪の行く末はおまかせになっているわけだが……。 「あれにならないですよね?」 「ならないならない」  手の空いたスタッフが店の奥からやってきた。 「ナツメ、お待たせ」 「忙しいとこありがとね。よろしくー」  親しげな会話を聞くに、彼がナツメの友人なのだろう。  それぞれスタイリングチェアへ案内される。隣同士の席だ。  ナツメの後ろには例の友人スタッフが、俺の後ろにはその後輩らしい男性スタッフが担当として立った。  鏡越しに挨拶をする。 「よろしくお願いします。ナツメさんのお友達を担当できるなんて光栄です」 「えっ。ただの主夫です。こういったところは始めてなので、お手柔らかにお願いします……」  隣のナツメがスマホスタンドをドレッサーに設置していた。動画撮影モードにしたスマホを取り付ける。  誰も止めないあたり、撮影OKの店らしい。 「撮るんですか?」  カメラの向き的に俺も入っていそうだ。 「ビフォーアフターの記録は大事だよ。思い出!」  スタッフたちはニコニコしていた。ヘアスタイルという刹那の芸術を記録に残してもらえるのは嬉しいことなのかもしれない。 「じゃ、髪ちょっと見ますね。失礼します」  声をかけられてすぐ、髪に触れられる感覚があった。  髪質やクセ、痛み具合を見ながら完成系の希望がないか一応聞かれたが、改めてお任せする意思を伝える。 「長さは程々にすっきり整えましょうか。前髪、ほんの気持ち短くしてもいいですか?」 「はい」  緊張しながらそう答えると、カットクロスを巻かれた。  襟の形を整える指がうなじに触れる。  ぞわ。 (あ……れ。この感じ……結構……苦手かも……)  一瞬触れたきり、それだけだったのに全身の毛が逆立つような不安に襲われた。  うなじはオメガにとって重要な箇所だ。  絵本やドラマでは『運命のつがいと結ばれるための秘密の場所』と表現され、極端な話、オメガの性器とも言える。  ところが、最近のオメガはそれほど重要に思っていないらしい。人によっては気軽にファッションタトゥを刻むし、親友同士の甘噛みツーショットなるものが流行ったこともあった。  俺の接触から守るクセは、化石のような価値観らしかった。  スタッフは俺がオメガだと知らない。俺も伝えるほどのことじゃないと思っている。言ったところで気を遣わせるだけだ。  配慮してもらうより、こっちが慣れていくべきだろう。 (いい機会だと思おう。触られるくらい、大したことないんだから……)  切り始めてしまえば、うなじに手が触れることはなかった。

ともだちにシェアしよう!