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5 【3】
安心しはじめていた矢先、洗髪になると泡を落とすため何度もうなじを撫でられた。
悪意がないことも、触れられた程度では何も起きないことも理解しているのに、ざらりと濡れた手がそこを撫でるたび悲鳴をあげそうになる。
(人に触られるの初めてだからって……こんなに緊張しなくてもいいのに……。頭ではわかってるけど、急所だし……どうしても……うぅ、怖い……!)
歯医者で歯を削られているときと同じ心地だ。
なるべく顔に出ないよう耐えたつもりだったが、どうだろうか。
(慣れろ、慣れろ、慣れろ……!)
必死に自分に言い聞かせる。
確かめようもないが、店内の客の中には俺と同じオメガがいるはずだ。その人が平気でいられて、俺が無理なはずがない。
スタッフから何度か雑談を振られ、受け答えをしたような気もするが集中できなくてまったく記憶に残っていない。
ドライヤーが終わり、仕上げのカットとスタイリングも済んでクロスが取り払われるころにはドッと疲れていた。
「お、いいんじゃない?」
隣から声がかかって、見るとナツメはまだ仕上げ作業中のようだった。俺より髪が長いから仕方がない。
ナツメやスタッフたちから新しい髪型をほめてもらうが、喜ぶ気力がなくて曖昧な態度しかとれなかった。
ひと足先に会計を済ませて、待合スペースのベンチに座る。
スマホを見るふりをして深呼吸していた。
胸の奥がどろどろと重く、息苦しい。耳鳴りがする。
「大丈夫?」
現れたナツメは俺を見るなりそう言った。疲れが顔に出ていたかもしれない。
誤魔化す返事をしようとしたとき、彼の視線が俺の肩あたりに行くのが見えた。
突然うなじの皮をつままれてビクリと身体を固くする。
俺が驚いたことに驚いたナツメは、目をしばたかせた。
「短い毛がついてたから……」
「す……すみません。ありがとうございます。行きましょうか……!」
勢いよく立ち上がった瞬間、ひどいめまいがした。
耐えきれずにしゃがみ込んでしまう。
「照近さん、体調悪い? 吐きそう?」
「ちょっとめまいがしただけです。すみません、なんでもないんです。慣れない場所で緊張してしまっただけで……少し休んだら良くなると思うので……すみません」
若いベータであるナツメには俺がなぜ調子を崩したのかわからないだろう。
説明することで担当してくれたスタッフに気を使わせたくない。
「顔色すっごい悪いよ。待ってて」
ナツメはスタッフに話を通し、俺を支えて店の奥に連れていってくれた。
おそらくスタッフの休憩室だろう。申し訳ないと思いながら、ソファで休ませてもらう。
「父さんに迎え頼んであるからね」
どこかに電話をかけていると思ったら、英一宛てだったようだ。
どんどん話が大きくなって恥ずかしい。
申し訳なさでいっぱいになりながら礼を言った。
「すみません、みなさんに迷惑をかけて……」
「こういうときもあるよ」
しばらくすると英一が到着した。
自分が情けなくてうつむいていると、背中を撫でられる。
「照近さん、立てるかい?」
「はい……」
支えられながら立ち上がった。
密着すると、親しみのある柔軟剤の香りがした。体調不良の副産物なのか、嗅覚が過敏になっている。今はありがたかった。馴染みのある匂いにホッとするから。
「話に聞いていた友達がナツメだったとはね」
「父さん久しぶり。細かいことはまた。──照近さん、またね」
■
運転席の英一が心配そうにルームミラーを覗く。
後部座席の俺はぐったりしたまま動けない。
一過性のストレス反応にしては、気だるさがしぶとく続いている。
「何があったの?」
「話せば長いというか…… 」
「喋るのがしんどかったら、無理して話さなくていいよ」
「……古いオメガはうなじをあまり人に触らせないんです。最近の若い人はそうでもないようなので、わざわざ言うことじゃないと思っていたんですけど……」
「ああ。だから照近さん、美容院が始めてだったんだね。身体がびっくりしちゃったのかな」
おおむねを察したらしい。相変わらず頭の回転が速い人だ。
「でももう、大丈夫ですから」
「そうは見えないけど」
迷惑をかけたくない。早く回復しろと身体に言い聞かせるが、思うようにならなかった。
(それにしても、気分が悪くなったにしては……しつこいというか、なんだか……)
熱っぽい。
違和感がある。
ただの体調不良じゃない、もっと他の、経験したことのある身体の反応だとじわじわ気付き始めていた。
(これ……ヒートだ……。そんな、なんで)
抑制剤を飲んでいるのに。
うなじを触られて、本能的な危機を感じたから?
いや、初めの体調不良は間違いなくただのストレス反応だ。ヒートなんかじゃない。
(……英一さんが、来たから?)
危機を感じているときに、心許せるアルファの──英一の匂いを感じ取ったから……?
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