27 / 30
6 冬の日【1】
デートの日が来た。
いや、デートと言うほどのことではないのかもしれない。
だが英一もいつも以上に身だしなみをきちんとして、浮かれているように見える。
二人して肩に力が入ったまま目的地に着いた。
このエリアにはグルメやファッションの店舗が集まっているほか、映画館や美術館などのエンターテイメント施設、広場やシティホテルもある。好きなところに行こうと言われたが、若くないからあちこち回るつもりはない。
まだ昼間だから客足はほどほどだ。
静かなカフェラウンジでお茶をしながら、人が行き交う外の景色を眺めていた。
「現代ってこうなっていたんだねぇ」
唐突に、英一がしみじみとそんなことを言う。
なんだか抽象的な言葉に首を傾げる。
「過去からタイムスリップしてきた人みたいなことを言いますね」
「実際、そんな心地がするんだよ。街の景色も、人の服装も、価値観も……すっかり変わったね。今は。自分がどれだけ仕事しか見ていなかったか、こうしてやっと自覚する」
「その理屈なら、俺もあんまり人のこと言えないです。流行 りからすっかり置いていかれて。無関心なうちは気付かないですよね」
紅茶のカップを見下ろした。褐色の水面から甘い匂いが立ちのぼって鼻腔をくすぐる。
フルーツフレーバーの紅茶も、知らないうちに世間の当たり前になっていた。その味がするのかと思っていたら本当に香りだけで驚いた。
「ねえこの紅茶、マスカットの味しないよ。香りだけだ」
英一も同じことで驚いている。
「フレーバーティーってそういうことみたいですね。こんなに香りがするのに、果汁が入ってるわけでもないなんて不思議……」
「ミルクを入れたらめちゃくちゃにならないかな?」
「やってみたらいいんじゃないですか?」
「簡単に言うなぁ」
おそるおそるミルクピッチャーをつまんで紅茶に流し込んでいる。カップを口に運ぶと、英一は顔をしかめていた。目がキュッと細くなって、絵文字みたいな顔だなと思った。
せっかくだから、俺も同じことをする。
乳白色に近づいたそれを飲む。ミルクのせいで香りも爽やかさも飛んでいた。英一と同じ表情になる。
「なるほど」
「うん、勉強になったね」
なんとも言えない味わいになった紅茶を飲み干し、椅子の背もたれに深く身体を預けた。
「そういえば、タイミングがわからなくなる前に渡しておきたいものがあるんだ」
英一がコートのポケットから小箱を取り出し、テーブルに置いた。俺の方へ推しやる。
「俺に……ですか?」
白の化粧箱を開けると、そこにあるのは腕時計だった。
クラシックな丸みのあるフォルムで、薄くてすっきりしている。シンプルな文字盤には知らないブランドロゴがあった。控えめな印象ながら力強い気品を放っている。
「最近、おしゃれを楽しんでいるみたいだから、こういうのも似合うかなと思って。私が勝手に選んだもので悪いけど」
俺が目をしばたかせて美しい機械を見つめていると、英一が不安そうな顔をした。
「着けない派だったかい?」
「着けたことないだけ派です。必要になることがなかったから……」
英一が俺に選んでくれたということが嬉しかった。
本当に触ってもいいのか戸惑うほどの立派な時計だが、勇気を出して手に取り、左手首に巻いてみる。
留め具の扱いがわからず苦戦していると、英一が手伝ってくれた。
ほんのりとした心地よい重みが手首で輝く。
着けた姿を見せたくて、腕を軽く上げる。
「嬉しい、ありがとうございます。社会人みたい」
「なんだか不思議な感想だね。よく似合ってるよ」
英一の優しい眼差しが照れくさくて、肩をすくめて笑った。
■
カフェを出た後は、個展を見ることにした。
同じ建物内での開催を掲示で知ったため、俺も英一も内容をよく知らない。
展示会場に着いてやっと、有名な人形作家の作品展示だと理解した。
『稀代の人形作家。アルファの家系に長男アルファとして生まれ、屋号を継がずに作家として大成。紆余曲折の人生──』
老年の男性の写真と共に、そんな紹介文が入り口に設置されている。
若者は興味がない企画なのだろう。会場には年配の人間がちらほらといるだけで閑散としていた。
見物人より人形のほうが多い。
展示台には高さ三十センチほどの人形が等間隔に並んでいる。昔の着物を着ているものもあれば、現代的な服装の人形もあった。どれもが生活のある人間を小さく固めたように見えて、傷付ければ血が流れそうだ。
「桐塑 人形だって」
「伝統工芸ってちっともわからないですけど……どの人形も生々しいですね」
アルファの人形は凛々しい表情のものが多い。ベータやオメガの人形は慎ましい仕草で、美しいものから愛らしいものまである。
整然と並ぶそれらを眺めていると、俺はなんだか怖くなる。
(とても口には出せないけど、アルファの人形だけ意図的にどれも顔が似てる気がする。明らかに違う人物を作ってるのに。不気味だな……)
俺の視線を追うようにしながら、英一がぽつりと言った。
「この人の気持ちがわかるような気がするよ」
展示の終わりに着き、そのまま出口を通って雑踏の中へ戻る。
ともだちにシェアしよう!

