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9 【5】
家に着くころには完全に酔いが回ったらしく、照近はぐでんぐでんだった。
異様に軽い身体を支えながら家に入り、ソファへ横たえらせる。
キッチンに行って水のペットボトルを開け、ストローを一本差し込んだ。
リビングに戻ってうとうとしている照近を起こす。
「寝る前に飲んでおきなよ。明日がつらくなるよ」
「はい……」
薄く目を開けてちうちうとストローを吸う姿を見守った。
(照近さんもちゃんと人間なんだな……)
あんなに表情の変化が少なく、ガードが硬いと思っていた人が、こんなにも無防備になっているのは変な感じだ。
「頭と胃がそれぞれの方向にぐるぐるしてる」
「吐いてもいいよ、それはそれで楽になれるだろうし。今夜はうちで休んでいきなさいね」
一人暮らしなのは聞いていたから、本人の承諾だけあれば家へ連絡する必要はないだろう。
「でも、帰らないと」
「朝には送ってあげるから。それならいいかい?」
「うー」
蓋を閉めたペットボトルを頬に当てながら、照近は真っ青な顔で頷く。
しかし、明日の朝に家へ送ったところで、昼前には仕事でまた私の家に来ることになる。
彼の事情をふまえると、体調不良で休むことなく無理して来そうである。
彼のことを知れば知るほど、考えることがある。
彼は毎日のようにうちへ通い、長い時間を過ごしている。考えようによっては自宅の滞在時間と大して変わらないのではないだろうか。
自分しか寝起きしないマンションの家賃に苦労していると言っていたし、ならば私たちの暮らしには、もっと効率良く収まる形があるように思う。
「ここで暮らせばいいのに」
軽い気持ちで発言したつもりだったが、声にした途端、妙に緊張した。
照近のほうを見やるとばちりと目が合う。
「嫌ですよ」
先ほどまでの呂律の回らなさはどこへ行ったのか、迷いのないはっきりとした返事だった。
思ったよりも自分がショックを受けていることに気付き、目が泳ぐ。
「そ……うだよねえ。アハハ」
「また独りになったら、耐えられない」
うつむいた照近がそんな言葉を付け足すものだから、私は心臓をどきどきさせて言葉の意味を咀嚼する。
「それって」
「吐きます゛」
「わあ」
用意しておいたゴミ袋を無視し、力を振り絞ってトイレへ走る彼を追いかけた。
ひざまずき、便器に向かって吐く背中をさすってやる。
(飲ませすぎたな……。申し訳ないことをした)
グラスを空にすると会話が終わってしまう気がしてどんどん注 いでしまった。二度とやるまい。
「うぐうぅ……」
胃を空にして落ち着いてきた彼をソファへ運び、汗だくの額に張り付いた髪を退けてやる。
汗を拭くものを取ってこようと立ち上がったとき、声が聞こえた。
「きのう、挿れられそうになったとき」
「え」
思わず振り返る。
力無くソファへ体重を預けている照近が、ぼんやりと私を見ていた。
「……あなたのこと、思い出したんです」
「昨日って、その、襲われたときってこと?」
質問への返事はなく、彼は淡々と途切れ途切れに言葉を続ける。
目は合っているように思えるのに、会話はあまり噛み合っていなかった。
「何があったかなんて、話さなければわからないことなのに、こんなことを許す俺を、英一さんはどう思うんだろうなんて、考えたら、どうして、突き飛ばしちゃった。ふふ、そりゃ、怒りますよね、ふふふ、こんなオメガ」
「照近さん!」
笑いながらぼろぼろと泣き出した彼を見て、慌てて震える身体へ手を伸ばす。
強引に抱き寄せていた。そうしなければ、今にも崩れて壊れてしまいそうに見えた。
「英一さん、俺、あなたといると幸せで、怖い」
照近はかすれた声で「ごめんなさい」と繰り返している。私に謝っているのか、誰に謝っているのか、何に謝っているのか、わかりようもない。
「大丈夫。大丈夫だよ。誰もキミを責めたりしない」
抱きしめ返してはこない彼を、私はひたすらなだめていた。
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