52 / 52

12 【4】

 目を覚ますと朝八時だった。珍しく寝坊したことを理解し、飛び起きる。  大慌てで身支度を済ませてリビングへ向かった。  すると、英一が知らない若者とお茶を飲んでいる。 「だ、誰!?」 「おはよう、照近さん。こちらは山田くん。今朝うちの庭に侵入して写真を撮ろうとしていたから、もっと近くで撮りなよって庭を案内したんだ。わざわざ夜行バスで中部から来たんだって」 「なんですって?」  ソファで小さく座っている若者──山田は、気まずそうに俺へ会釈した。 「すみません、俺もう帰ります」 「まあまあ、お茶がまだ残ってるよ。ゆっくりしていきなさい。連絡先教えてくれる?」 「…………はい」  差し出された紙とペンを受け取った山田は、素直に電話番号を記入している。  英一はスマホを手に持っていて、番号が偽者ではないかすぐに確認する気満々のようだった。  異様な空気を察しつつ、混乱した俺はとりあえず言った。 「えーっと……、朝ごはんは、三人分で良かったですか?」    ■  いつもなら毎朝炊いていたが、寝坊したからやむを得ない。冷凍の白米をレンジで解凍して茶碗に盛る。  せっせと盆へ皿を並べていった。ご飯、海苔、味噌汁、ししゃも、鮭、笹かまぼこ、卵焼き、きりぼし大根、ひじきの煮物、漬け物、生姜の佃煮、なすの煮浸し、パプリカと水菜のサラダ、みかんのヨーグルトがけ……。  テーブルに運ぶと、山田は戸惑った顔をしながら盆全体を凝視していた。 「魚苦手じゃないですか? 肉もありますよ」 「え、あ、大丈夫です……。い、いただきます」  食卓を囲む三人は箸を手に取り、それぞれのペースで朝食を食べ進める。  相当腹が減っていたようで、山田は夢中で皿の中を空にしていった。  最後の一口を終えると、俺たちがまだのんびり食べていることに気付いて頬を赤らめる。 「ごちそうさまです。……うまかったっス」 「おそまつさまです。山田さんは、なんでうちを撮ろうとしてたんですか?」  もしかしたら英一が既に聞いたかもしれないが、気になってたずねた。  山田は両手でお茶のグラスを持ちながら、もじもじして答える。 「ネットで話題になってるんで、現場の写真を撮ってアップすれば……英雄になれると思って……」 「え……英雄?」  悪の秘密基地を調査したとか、そういうイメージに繋がるのだろうか。  よくわからない価値観だと思ったが、彼には重要なことなのだろう。 「私もさっきね、いろいろ教えてもらったよ。今の人たちにとって、ネットの存在って大きいんだね。彼がどんな書き込みをしたのかも見せてもらったけれど──」  いろいろ、という英一の言葉にドキリとする。彼も、山田から教えられてあのネットのページを見ただろうか。  ガタンと音を立てて、山田が椅子から立ち上がった。深々と頭を下げる。 「すっ……すみませんでした! もうしません! 軽い気持ちだったんです。写真も消します! だからどうか、親には……!」  俺と英一はモグモグと飯を食べながら視線を交わす。  警察ではなく親と言うあたり、かなり若い。大学生くらいかと思っていたが、もしかしたら高校生かもしれない。どちらにせよ、まだまだ子供だ。  英一も同じように感じているのか、通報するそぶりはなかった。 「今日は外まで送るだけにするよ。でももし、今後も同じことをしようとしたり、私らのことをネットに書いたら……わかるね?」 「はい。すみません……」 「学校は休みなの?」 「サボりました」 「親は?」 「仕事で家にいません……」 「そう。帰りのお金はある?」 「はい。お年玉で……」 「そんなお金で他人の家を見に来たの?」 「…………」 「私の言いたいこと、わかる?」 「はい……」 「お金と時間の使い方は考えなさい」  俺はハラハラしながら話を聞いていた。若い山田を怒らせたら力で勝てないかもしれないのに、英一は肝が据わりすぎだ。  だが、うつむいたままの青年からは敵意が発せられることはなく、むしろ気の毒に感じるほど落ち込んでいるように見えた。自分の軽薄な行いを心から恥じている。 「ええと……お昼ごはんも、少し持って帰りますか? マクルーバもまだたくさんあるので」 「マク……え?」 「鶏肉のスパイスごはんみたいな……。今更ですけど、アレルギーとか大丈夫でした?」  頷きが返ってくる。  俺はキッチンに行き、棚から使い捨てのフードパックと割り箸を引っ張り出した。  俺が弁当を詰めている間に、英一が食卓の上を片付けてくれる。 「英一さん、永遠のぶんも包んじゃうのでちょっと時間くださいね」 「じゃあ洗い物が終わったら山田くんとコーヒーでも飲んでるよ」  洗い場の水栓が開けられる音がした。  直後、山田もキッチンへおそるおそる歩いてくる。 「あの、手伝います……」 「本当? 最近の男の子って本当に家事に抵抗がないんだね」  見ると、山田が洗い終わった皿を拭いていた。 (客人に手伝わせるなんて、英一さんらしくないな)  驚きはするものの、英一は山田の意思を尊重したのかもしれない。罪悪感が少しでも軽くなるように。 「山田さん、人の家のことなのに手伝わせてすみません。ありがとうございます」  そう伝えると、控えめながら笑顔をようやく見ることができたのだった。

ともだちにシェアしよう!