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13 【2】
運転する英一に道案内をするうち、覚えのある景色に囲まれていく。
雑然と並ぶ家々と、排気ガスでくたびれた街路樹たち。坂の上とは違う俗世そのもの。
最寄りの時間貸駐車場に車を置く。
英一が後部座席から皮のセカンドバッグを取り出していた。普段使いの鞄ではないが、気分を変えてのことだろうか。
かつて自分が住んでいたマンションへ歩いて向かう。
「懐かしいな、このへん、永遠とよく散歩したんです」
道案内をする俺は妙に饒舌になっていた。見えるものすべてに思い出があるのは事実だが、今はそんな話をしている場合ではない。
空気を読まずテンション高く笑う俺とは反対に、彼の口数は少なくて、明らかに変なのに止められない。
「あそこのお宅は犬を飼ってるんですけど、永遠はすごく怖がってて。いつも遠回りして登下校していました。でも、いつからか平気で通るようになって、成長したのかなと思ったら、走り抜けることを覚えただけだったんですよ。あの子、高校生になっても犬が苦手で、克服したいからって犬柄のパジャマを俺に──」
俺の口はせわしなく動き、まだ喋っている。頭はぜんぜん別のことを考えているのに。蔵乃とどう話せばいいだろう、うまく喋れるだろうか、彼女は本当にいるんだろうか、とか。
足が重い。疲れているわけでもないのに。
「照近さん、」
一歩後ろを歩いていた英一が、静かに俺を呼んだ。
ぴたりと喋るのを止める。
「私が代わりに話してきてもいいんだよ」
優しく落ち着いた声が、今は少しだけ憎く思う。そんなふうにされたら、すべて投げ出してしまいそうになる。
振り返れずに歩きながら答えた。
「だめですよ、ここまで来たんですから」
「だめなんかじゃないよ」
ざわざわと、胸の中で俺の弱さが顔を出す。甘えてしまいたくて、情けなさに泣きそうだ。顔が熱い。きっと赤くなっている。
「だめなんです」
任せたほうがきっと万事スムーズに進むだろう。英一や周囲への迷惑も最小限で済むかもしれない。
でも、また何もしないことを選んだら、絶対に後悔する。
どんなに無様でも、どんな結果になっても、俺は自分の言葉であの人と話さなければならない。
「わかった。じゃあ、こうしよう」
歩調を早め、英一が俺の隣に並んだ。当たり前のことをするみたいに、俺と手を繋ぐ。
「え、なん、え?」
じゃあこうしよう──それがなぜ手を繋ぐことなのかわからない。いつまで繋いでいるつもりなんだ? というか今、手汗でびっしょりなのに。
でも振り払うのも悪い気がして、オロオロしつつそのまま歩いた。
「そろそろ着くころだよね。あのマンション?」
ハッと前を見る。目的地はもうそこだった。
見飽きた大きいだけの建物、見飽きた手入れの半端な植木、見飽きた古いエントランス。
マンションの入り口はオートロック式で、鍵を通すか住人にロックを解除してもらわなければドアは開かない。
ロビーインターホンの前に立つと、俺はゆっくりとボタンに触れる。長らくを過ごした部屋番号が画面に表示されていく。
「…………」
あとは呼び出しボタンを押すだけだった。
「あら」
久しぶりに聞く女の声が、後ろからした。
反射的に身体がすくむ。
振り返ると、スーパーの袋を両手に持った蔵乃が立っていた。
電話でばかり話していたから、最後に会ったのはずいぶん前の墓参りのときだ。記憶よりもずっと小さくなっている彼女の姿に驚いてしまう。
「射場……さん」
「あなた、老けたわねぇ。新年の挨拶にしては遅いけど、来てくれたの? そちらのかたは今の旦那さんかしら? ああ、立ち話なんて失礼よね。さぁ、上がって」
挨拶しようとした俺の言葉をさえぎり、蔵乃はマイペースに喋るだけ喋ってオートロックを開けて屋内へ入っていった。
ドアが閉まってしまう前に慌てて背中を追う。
出会い頭に罵られる覚悟でいたから、なんだか拍子抜けだ。
「最近はね、健康のために歩くようにしてるの」
エレベーターを素通りして階段へ向かう蔵乃が、ふと立ち止まって俺を見た。正確には俺の手元を。
思わず繋いだ指の力を緩める。
「あなたたちは荷物が軽そうね」
「土産のひとつも無くてすみません。袋、俺が持ちます」
会ったときにすぐそう言うべきだった。急いで彼女の手からスーパーの袋を受け取る。
昔ならば考えるより先にできていた行動が、意識しなければできない自分が意外だった。
「そういうつもりで言ったわけじゃないのよ? ありがとう。助かるわ」
ふうふうと息を切らして階段を上がる蔵乃にゆっくり着いていく。
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