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13 【4】
そうだ。俺は覚悟してきてるんだ。
ここで決着をつけないと、蔵乃は暴走し続ける。
「ごまかさないでください。あなたがやっていることは嫌がらせです。記事のことも、引越しも……それに」
俺がテーブルのノートパソコンへ視線をやると、蔵乃はすぐに意図に気付いたようだった。
彼女のほうからそれを開いて見せてくる。
「これね、永遠ちゃんのお古をもらったのよ。だいぶ昔にね。もてあましていたけれど、最近やっと使うようになったわ。今はインターネットの時代だものね」
もともと電源は切っていなかったようで、自動的に画面が点灯した。そこに映し出されたのは、直視も耐えがたいあのおぞましいページだった。
俺の表情が歪むのを見て、蔵乃の目に愉悦の色がにじむ。
彼女は自分の行いを隠す気がないどころか、見せつけて喜んでいる。叩きのめして溜飲を下げたいのだ。
「ここにはね、私のことを理解してくれる人がいっぱいいるの。あなたのことを心配する人も多いわよ。見たことある?」
「……はい」
「これがね、世間様の正直な目なのよ。旦那さんの前で恥をかかせるわけじゃないけれど、反省するなら早いほうがいいわ」
「反省……ですか」
「そうよ」
「俺は、それほどまでの罪を犯したんでしょうか?」
「自覚がないのね。かわいそうに」
蔵乃は後ろを振り返り、閉じていた仏壇を開いた。
「幸日に同じことが言える? あなたはこの子を裏切ってないって、自分のしたことを恥じてないって、言ってごらんなさいよ」
「っ……」
「この子は不幸せだった。生きていたころも、死に目も、死んだ後も、あなたのせいでね。こうなるとわかっていたなら、結婚させなかったのに」
「ち……がいます。幸日さんは」
「違わないでしょう。幸日の人生は無意味になってしまった。台無しよ」
「そんなふうにっ、貶 めないでください!」
怒鳴られて蔵乃は驚いているようだった。だが、俺が仏壇に向き直るのを見て調子を取り戻す。
「そうよ、そこで頭を下げなさい。あなたはかわいそうな幸日にお詫びすべきよ」
「……いいえ、幸日さんはかわいそうなんかじゃありません」
幸日の遺影を正面から見たのはいつぶりだろう。まだ顔色が良く、小さな永遠と三人で散歩ができていたころの写真だ。
俺は幸日に挨拶をした。
「射場さんは自分や他人をかわいそうがって、周囲を思い通りに動かそうとする。そんなの親切でもなんでもない。それに比べて、幸日さんは本当の意味で親切な人です。あなたの優しさは俺には大きすぎて、気付くのがずいぶん遅くなってしまった。そのあとも、そんな俺が受け取っていいのか怖かった。──生きているうちに、そういう話をするべきでした」
顔を伏せて目を閉じる。悔いても悔やみきれない。
蔵乃が言うように俺が罪滅ぼしをすべきだとして、それは頭を下げることではなく前を向くこと……だと思う。
だってあの人は、俺を自由にしようと突き放してくれた。
「幸日さん、ありがとうございました。俺は俺の人生を歩みます。……自分で選んだ人と一緒に」
周囲が期待する「正しさ」に逆らっても、それは間違いじゃない。アルファであることより、夫であることより、人として俺に接した幸日がそう示してくれた。彼は立派だった。
顔を上げ、英一を振り返る。彼がいてくれたから、俺は今こうしていられる。
「はぁ……」
長いため息が聞こえた。蔵乃が能面のような顔でこちらを見すえている。つまらないものを眺めるような冷たい目だった。
「あなたと私の何が違うの?」
ノートパソコンを膝に抱え、蔵乃は座椅子ごと俺から背を向けた。都合の悪い話など聞きたくないとばかりに。
人差し指でキーをひとつずつ押す音がする。俺の悪口をネットに書き込んでいるようだった。
「わからせてあげなくちゃ……」
ぶつぶつと小言を言っているが不明瞭でよく聞き取れない。パソコンにかじりつく姿はいっそ痛々しく見えた。
「射場さん、そんなことはもうやめてください」
誰のためにもならない。蔵乃にとっても。
だが、呼びかけへの反応はなかった。
「思うところがあるのはよくわかります。俺はここにいますから、直接言ってください。射場さん」
「…………」
静かな部屋にゆっくりとしたタイピングの音だけが響く。
俺はもう何度か名前を呼び、根気よく待ってみたが手を止める様子はなかった。
投稿を終えても、また次の文章を書き始めていた。彼女の呪詛は止まらない。
「射場さん、幸日さんのためにも、お互いが幸せに暮らす方法を話し合いましょう」
やはり返事はなく、彼女の肩越しに見える画面には現実からかけ離れた妄言が映っている。
どんなに頑固でも、育ての親として少しでも俺に情があるなら話し合える……そう期待していた自分に気付いた。見積もりの甘さをようやく実感する。
(この人には、どうやっても俺の言葉は届かないんだ。まるで……形が同じ人間なだけで、中身はまったく違う……)
言葉を尽くしてもわかりあえないなら、どうしたらいい。
せっかくここまで来たのに。英一にも見守ってもらったのに。
己の無力さに打ちひしがれる。
「──ご挨拶が遅れて申し訳ありません。射場蔵乃さん」
黙っていた英一が、声を発した。
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