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15 つがい遠慮無用【1】
天気が良いので窓を開けてのんびり家の掃除をしている。
英一は朝から庭のメンテナンスにいそしんでいるようだった。俺のための花壇スペースも用意してくれるらしい。
リビングのテーブルに置いていたスマホが鳴る。見ると、永遠からのメッセージだった。
[ 今度ライブする! ]
最近は楽器も始めたらしく、店が休みの日は音楽友人と集まっているようだ。練習風景が時折こうして送られてくる。
写真の永遠は楽しそうで微笑ましい。
ソファに腰掛け、簡単な返事を打ち込んでいく。
──このごろの蔵乃は、高級老人ホームへの引越しを控えて永遠によく連絡しているらしい。
永遠は何も知らないふりをして、ほどほどに話を聞いてあげている。無理に返事をする必要はないと伝えてあるが、今のところは様子を見るとのことだった。
新生活のことで頭がいっぱいなのか、俺のことは話題に出ないらしい。その調子であってほしいものだ。
「平和だ」
メッセージを送信し、無意識にそう呟いていた。
頭の中にあったさまざまな悩みがいつの間にか消えて、穏やかに暮らせている。
だが、人生というものは一筋縄ではいかないようにできているようだ。
古い悩みが消えると、新しい悩みが現れる。
目下の悩みは、ヒートだ。
(気のせいじゃないな、これ……)
首元にじわりと汗がにじむ。暑くて袖をまくった。
朝起きたときから違和感はあった。こんな日がしばしばある。
風邪でもない、疲れでもない。ムラついている。
軽いものなら前もあったが、身体を持て余すほどは最近からだ。
(薬を飲んでるのに抑えられないなんて……。英一さんに会ってしまう前に部屋に戻ろう)
スマホを持って自分の部屋へ向かった。
重いヒートではないが、アルファを刺激するフェロモンは少なからず出ているから。
最後に身体を重ねたのは冬の夜だ。英一は健康体だし、遠慮する理由もないのに、あれ以降そういった機会がない。彼は性欲が薄いのかもしれない。
そうだとしたら、こんな俺を見てどんな反応をするだろう。幻滅するかも。
「はぁ……」
こうなると何も手につかない。ベッドにばたりと横たわり、目をつむった。
昼寝してしまえばきっと落ち着く。
何度も寝返りを打った。こういうときに限って寝付けない。
時計の音がいやにはっきり聞こえる。五分が三十分くらいの体感だった。
──熱い。乾く。さみしい。
(ダメだ。シャワー浴びよう)
重い身体を起こして部屋から出る。一階の気配を探りながら階段を降り、風呂場へ歩いていく。
服を脱いで浴室に入り、ぬるま湯を頭から被った。風邪をひいて迷惑をかけるわけにもいかないから冷水は避けた。
汗を流せて多少は気が紛れるも熱 りはとてもごまかせない。
(こんな昼間から……)
英一に触られたくてたまらない。考えないように意識するほど頭の中がいやらしいことでいっぱいになっていく。
滝行モドキもむなしく、ヒートはひどくなるだけだった。
オメガのフェロモンが浴室に残ると英一に良くない。窓を開けてから出る。
脱衣所で身体を拭き、いそいそと服を着る。肌に布が擦れる感覚さえ悩ましく感じた。
自分で処理してしまえば話は早いのだが、どうにも後ろめたくて気が進まない。
そのとき、スリッパの足音がしてハッと息を呑む。
とっさに扉の鍵を閉めようと手を伸ばすが、間に合わなかった。
扉が開き、英一と鉢合わせてしまう。
泥と汗を流しに来たのだろう。彼は驚いた顔で俺を見た。ヒートの匂いに気付いている。
「ち、違うんです……違わないけどっ……。離れてください、今はちょっと……!」
後ずさりながらそう言うと、案外あっさりとした返事が返ってきた。
「……そう、ごめん。来客用のシャワールームを使うね。そのあとは自分の部屋に行ってるよ」
驚いた顔のまま、けれども冷静な声で、英一はくるりと身体の向きを変えた。静かに立ち去っていく。
俺はその場にへたり込む。
ホッとしたような、残念なような。
「ああぁぁ……。どうして俺はこうなんだ」
結局、浴室に引き返して冷水を被った。
この後、どんな顔して英一と喋ればいいんだ。
なんとか芯まで冷やし、ヒートが落ち着いてからリビングに行く。
英一の姿はなかった。俺に気を使ってまだ部屋で待機しているらしい。
もう大丈夫だと伝えなければならない。引き返して階段を上がる。
彼の部屋の扉をノックした。
「英一さん、さっきはすみません……うぇっ!?」
扉が開くなり部屋に引き込まれ、ベッドに押し倒される。
目をしばたかせながら英一を見上げた。
「え、あの……」
「……今はって言っていたから、心の準備をする時間がいるのかと思っていたけど、違った?」
真剣な顔をしていた英一が照れくさそうに目を泳がせる。
俺までつられて恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
「いや、あの……あの……。……よろしくお願いします……」
やっとの思いで身体を落ち着かせたのに、彼を前にした途端 無駄な努力になってしまった。
首筋にキスをされ、小さく匂いを嗅がれた。彼には俺のフェロモンがどう感じられるのだろう。
「本能が薄いほうだと思っていたのに、照近さんといると自分がアルファだと思い知るよ」
喉を甘噛みされて身体が震える。彼らしくない挑発的な行為に、俺が感じたのは恐怖ではなく興奮だった。その口元ばかり見つめてしまう。
今にもうなじを差し出しそうになる。
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