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第2話 晴れた日の空の色

 泉堂(せんどう)賀久(がく)とはじめて口をきいたとき、剣崎(けんざき)山桜桃(ゆすら)は七つだった。初等科一年の、冬のことである。  名門私立の教室は、家の色で塗り分けられていた。公家の血を引く子は公家の子と固まり、旧大名家の子はその子ら同士で遊ぶ。軍人の家には軍人の家の輪があって、実業の家の子はどれほど金があっても末席が定位置だった。弁当を食べる友達も、放課後の遊び相手も、生まれた家で決まった輪の中で回る。誰が教えるでもなく、子供は親の格付けを、驚くほど正確に写し取る。  泉堂賀久は、どの輪にも入っていなかった。  財閥の長男である。金で成り上がった、新しい家。それだけなら実業の子らの真ん中に座れたはずだが、ひとりだけ異分子でもあった。外つ国の子のように、髪が薄茶で目が青いのである。めかけばら、という言葉を山桜桃はこの教室で覚えた。意味は知らない。親たちの声を写した子らが、写した声のまま、ささやくのを聞いただけだ。  弁当の時間、泉堂賀久は窓際の自分の席でひとりで食べる。隣には誰ひとり座らないから、隣はいつも空いていた。  冬のある日、山桜桃は弁当の包みを持って席を立ち、その隣に座った。軍人の家の子らの輪に自分の居場所はあったが、深い考えがあったわけではない。 「なんで、ここにすわる?」 「あいてたからだよ」  それで話は済んで、ふたりで弁当を食べた。翌日も空いていたので、黙って座る。首も座らぬ時分から知っている友達を押しのけてまで、七つの山桜桃が持ち合わせた理由はそれで全部である。友達の一人が山桜桃になにか言ったが、聞き流した。  家柄など山桜桃には興味がない。ぽつんと座る賀久の隣にいたほうが、こちらも居心地が良さそうだと感じて、そのとおりにしただけだ。  参観日の朝だった、と思う。廊下に並んだ親たちの目が、教室のひとつの席にばかり集まった日の昼、弁当を食べながら賀久がぽつりと言った。 「おれのみためは、へんだ」 「へんじゃないよ。はれた日の、そらの色だ」  卵焼きを飲み込んでから答えた。褒めたつもりもなく、山桜桃は言う。賀久はしばらく黙って、それから弁当の続きを食べた。この話は、それきり二度と出ない。  賀久とのことは家では話さなかった。母からは幼いころからの友達についてばかり聞かれたし、父は山桜桃と日常の会話をすることはないからだ。    ◇  昭和四十五年、春。山桜桃は八つになったばかりだった。  誕生日の翌週、剣崎家お抱えの病院まで連れて行かれた。バース性の簡易検査である。上流の家に生まれた子は八つの春に血を採られる、その決まりごとが、山桜桃にはただ痛かった。医者は「ちくりとしますよ」と笑ったが、ちくりでは済まない。針が抜かれてから、こらえていたぶんまとめて泣いてしまう。 「山桜桃ちゃん、よく我慢なさいました」  母が座っている長椅子まで駆け寄ると、抱き寄せてくれた。着物の衿から白粉(おしろい)が匂う。泣き止むまで、母の節高く長い指が、同じ調子で背中を叩いてくれている。  この年、母はまだ生きていた。  結果の報せは十日ほどで届いた。オメガの可能性が高い。電話を受けた父の声が、廊下の奥まで変わって聞こえた。国内に百人といない宝が、剣崎の家に生まれたかもしれないのだ。その晩は祝いの膳が出て、山桜桃はわけもわからないまま、父に頭を撫でられる。家を出ている長兄からも、すぐに祝いの電報が届いた。  翌日から、家の中が少し変わった。廊下を走っても、女中たちはもう叱らない。かわりに、庭の木に登ろうとすると飛んできて止められる。触れば壊れるものの扱いだと気づくには、山桜桃はまだ幼すぎた。  当時の山桜桃は、いまからは考えられぬほど華奢な子供だった。手足が細く、肌の色も白く、女児のような線をしている。奥二重の切れ長い瞳が大人びた印象ではあるが、オメガの見込みと聞いて疑う者は家の内にも外にもいなかった。  麻布行きが決まったのは、それから半月と経たないうちである。    ◇  当日の朝、母がいちばん時間をかけたのは山桜桃の着るものだった。レースの襟がついた白い上着に、膝丈のズボン。仕上げに衿元へ濃紺のリボンを結んで、鏡の前に立たせる。よその人が見れば女児と取り違えかねない装いだが、母の趣味である。よくお似合いですこと、と母は鏡の中で満足げに笑ってくれた。  鏡の中の母は衣紋(えもん)を抜いた首がすっと長く、白粉は喉仏の影までていねいにはたいてある。山桜桃は服のよしあしが分からない。母が嬉しそうなら、それでよいとした。  行き先は泉堂家だという。賀久とは弁当の時間以外であまり話さないが、山桜桃にとってはいちばん会話する友達だ。  縁談の席だとは聞かされていたが、意味までは分かっていない。乳飲み子の妹を子守りに預けて、母とふたりで出かけられる。雛菊(ひなぎく)につきっきりの母を独占できて、内心はしゃいでいた。  車の中でも、母は山桜桃のリボンを二度直す。 「賀久ちゃんと、仲良くなさいね」 「がくとは、なかよしだ」  母は目を丸くして、それから声を立てずに笑った。学校の話をあまりしない子だから、知らなかったらしい。  麻布の丘は坂の多い町である。長い塀に沿って車が登り、鉄の門が音もなく開いた。門から玄関まで、桜並木の私道が続いている。花はちょうど満開で、風のたびに白い花弁が黒塗りの車体を叩いた。  大人は奥の座敷へ通された。子供は庭で待つようにと言われ、女中がひとり付く。上着の背を軽く払われて、山桜桃は庭石の道へ送り出された。  庭は学校の校庭より広かった。池があり、築山(つきやま)があり、桜の大木が枝を池の上まで差し伸べている。花明かりで、庭全体がうっすらと明るい。  桜の下に母が大切に飾っている西洋の陶器人形のような少年が立っていた。泉堂賀久である。  がく、と呼ぶのは組でも山桜桃だけで、いつからそうなのかは互いに覚えていない。賀久のほうも、山桜桃をゆすらと呼ぶ。名字は長い、というのが理由だったはずだ。  賀久は近寄ってきて、山桜桃を頭のてっぺんから爪先まで眺めた。 「制服のときと、ちがうな」 「おかあさまがにあうって」 「ああ、にあっている。きれいだ」  きれい、は花や掃除をした部屋にいう言葉だ。山桜桃はぴんと来ないまま、「そうか」とだけ返した。それより築山に登りたい。よそゆきを汚せば叱られる。叱られるのと登るのを天秤にかけて、登らないほうへ傾けるくらいの分別は、八つなりにあった。 「ゆすら、こっち」  賀久が先に立って歩く。連れて行かれた縁側には、もう菓子の皿が出ていた。白い落雁(らくがん)と薄紅の落雁が、同じ皿に行儀よく並んでいる。ふたりで縁側に腰掛けて、同じ皿から取って食べた。落雁は口の中でほろりと崩れ、あとに甘さだけが残る。賀久が薄紅ばかり取るので、山桜桃は白ばかり食べた。どちらが先にそう決めたのかは、これも覚えていない。  池の鯉に、賀久が落雁のかけらを投げてやった。緋色(ひいろ)の背が水面を割って、花弁ごと吸い込んでいく。 「けっこんしたら、ゆすらはうちに住む。きょうは、そのやくそくをする日だ」  賀久が鯉を見ながら教えてくれた。訊いてもいないことを、決まった話として言う癖がある。山桜桃は落雁を(かじ)りながら考えて、悪くない話だと思った。 「がくの家は、ひろいからな」 「そうだ、ひろい」  それで話は済んだ。  間近で見ると、賀久の目は青い。教室でも、若い女の先生がたまに賀久の顔をじっと見ることがあった。やはり晴れた日の空に似た色だな、と思う。思っただけで、意味は探さなかった。髪が薄茶で目の青い級友は、山桜桃の世界にただそういうものとしている。  渡り廊下の向こうを、子守りに抱かれた幼子が横切った。黒い髪の女の子で、こちらには目もくれずに奥へ消えていく。妹のやよいさまです、と女中が教えてくれた。  あまり似ていないな。  思ったのはそれだけで、山桜桃は次の落雁に手を伸ばした。賀久は鯉を見ている。  やがて皿には薄紅がひとつ残った。賀久が皿ごと、山桜桃のほうへ押してよこす。 「こんどは、ふだんの服でいい。お山はそのとき、のぼろう」  次に来ることは、もう決まっているらしい。あの山に登って遊べることは山桜桃にとって願ってもないことで、小さく頷く。最後の落雁はふたつに割って、半分ずつ食べた。    ◇  座敷に呼ばれたのは、皿がほとんど空になった頃である。  床の間を背にして、泉堂の当主である泉堂宗一郎(そういちろう)が座っていた。五十がらみの恰幅(かっぷく)のいい男で、笑うと目が糸のように細くなる。父の時雨(しぐれ)が客座の上手に着き、母がその後ろに控えていた。入り際、山桜桃は母に教わったとおりに挨拶をする。剣崎山桜桃です、と手をついて名乗ると、当主はほう、と目を細めた。器量よしだ、噂にたがわぬ、という声が頭の上で交わされる。  子供ふたりは並んで下座に座らされ、山桜桃は畳の縁の柄を行儀よく眺めていた。  話は子供の頭の上で進んだ。両家の釣り合い。名簿への届け出。結納の時期。許嫁、という言葉が大人の口から何度も出て、山桜桃はその響きだけを覚えた。書類の話が長くなると、母が背中に手を添えて姿勢を直してくれた。上座の当主は上機嫌に盃を重ねている。下座の息子へは、一度も目を向けない。 「よいお子をお持ちだ。オメガの許嫁を頂けるとは、泉堂の果報ですな」 「家門の誉れです」  時雨は盃を受けて、機嫌がいい。いずれ夫婦になるのだなあ、と当主が言い、座がそろって沸いた。山桜桃もつられて笑い、隣を見ると、賀久は笑っていなかった。 「むろん」  当主が盃を置いた。 「本判定は、第二次性徴期に。それまでの約定ということで、よろしいですかな」 「異存はないが、いらぬ用心でしょう。抱えている医者からも、まず間違いないだろうと太鼓判を押されているのですよ」  時雨の声には号令の芯があった。異存のあろうはずもない、めでたい席である。障子越しの花明かりが、座敷をうっすらと桜の色に染めていた。  本判定という言葉がどんな意味を持つのか、八つの山桜桃は知らない。  隣で賀久が青い目だけを動かして、こちらを見ていた。

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